07 国連

2008年11月 3日 (月)

グローバルファンド

 グローバルファンドについての勉強会を開催した。
 いろいろ話したのだけれど、ポイントは次のよ

・事務所はジュネーブの本部のみ。現在、400人くらいいるグローバルファンドの職員のうち、日本人は一人しかいない。保健の専門家が多い。
・資金供与の業務に専念。ただ、評価には積極的で、供与額の5%から10%をそのために使うことが目標とされている。
・かなりまとまった資金量のため、受け取り国からは歓迎されている。小さなものでも、100万ドルくらいの供与額となっている。イヤマーク資金は例外的にしか受け取らない。
・職員はWHOの職員のステータスを持っていたが、本年末をもって独立し、スイスの民間団体となる。独立については、グローバルファンド、WHOの双方に基本的に異存がない。
・独立の結果、国連の年金基金などから脱退することになる。また、レセパセも発給されなくなるが、スイス国内では特権免除を受けている。出張では一般旅券を使用することになる。これは日本人とっては問題はないが、一部の国の人にとっては大変である。

 グローバルファンドが独立するのはいいけれど、国連関係機関でなくなり、日本人を増やそうという機運が日本側にしぼんでしまうのが少し心配である。日本も数百億円単位の拠出を行っているので、もう少し頑張ってほしいところである。

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2008年3月24日 (月)

JPOの名簿・・・

 国連のJPOとして勤務した経験のある人たちの名簿を作成しようと思い立った。
 個人情報保護の関係もあって、政府がとてもやりにくくなっているから、である。

 名簿を維持することは、それなりに作業が必要だけれど、それ以上に意義はある。名簿があれば、集まったり情報交換するための基盤になる。そう、ネットワークのためのインフラになりうる。
 特に、国際協力の分野のように、多くの人がてんでばらばらに勤務している場合にはそうだ。同期のネットワークなども、相当の努力がないと維持できない。

 そこで、参加対象を同期にこだわらずに広げつつ、自発的参加を基本にすることにして開始した(しつつある。)。

 どれくらい集まるかわからないけれども、まあ、やってみよう。

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2008年3月19日 (水)

国連への拠出が第2位ではなくなった

 ユニセフの職員(非日本人)とお話をした。
 日本のユニセフへの政府による拠出額は、10位くらいなのに、未だ2位くらいの気持ちでいるようだ、なんていう話をしていた。
 彼は、そうは言わなかったけれど、滑稽な姿が眼に浮かんでしまう。

 国連の通常予算・PKO予算等への拠出は、義務的なものだけれど、日本の拠出は16パーセント余りで長年2位であり続けている。PKO予算等が増え、ODAの総額が減少する中で、ユニセフなどへの拠出額が減少してしまうのは必然の成り行きである。

 ODA小国としての振る舞いを考えないといけないのかもしれない。

 これまでは、無色透明に近いお金を出して、「国連やユニセフを支えています」ということだけでも、額が大きいこともあって存在感を示せていたけれど、このまま無色透明に近いようだったら、単に「いなくてもそんなに困らない国」ということになってしまいかねない。

 こういう時に必要になるのは、やっぱり人材育成ということになるんだと思われる。

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2008年3月18日 (火)

2008年国連競争試験(筆記試験)実施状況等

 国連競争試験の過去問づくりをしている。
 とりあえず、2008年度分がまとまった(協力してくれた方々には感謝。)。

 こういう作業というのは、その国の出身者を国連に増やそうとしている国では、政府がやっていたりする。対策講座をやっている国もあったりする。
 日本政府はそうしたことはしない。実施協力者である以上できない、という見解を示しているようである。

 この状態を放置していると、日本人(だけ)が不利!ということにもなりかねない。したがって、国連とも外務省とも立場上関係のない人(私)がやっているわけである。

 それを勘違いして、抗議をしてくる日本人がいる。
 例えば、「外務省に問い合わせても過去問はない、と言っているのに、HPに載っているのはどういうことか。」といったものである。また、「模範解答を掲載すべきだ!」という抗議もあったりする。自発的活動にケチをつけられてもねえ・・・。
 あとは、私の管理しているMLに試験の直前に「情報をください」という投稿を行うと、「書類審査で落ちた人(筆記試験を受けられなかった人)の気持ちがあなたにはわからないのか!」という抗議もあったりする。

 この歳になると、こういう抗議も、「いろいろな人がいるなー」と余裕で受け流せる。興味深くさえある。

過去問はこちら。
http://homepage3.nifty.com/clubjpo/2008NCE.htm

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2007年11月22日 (木)

建物の構造をなんとかした方が・・・

 国連本部の建物は、幅が狭く、ガラス張りで、南北に長い、ってのが、一つの問題かと。
 夏の場合、午前、日が当たる東側の部屋は暑いので冷房をガンガンかけるのだけれど、西側では、日が当たらず冷房がきついため、とっても寒く、足元のヒーターをつけていたりする。午後はその逆。

 ほんの目と鼻の先で、冷房と暖房が同時に使われるのは、とっても無駄ではないかい? 

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2007年11月 8日 (木)

国連との付き合い方(EUがうらやましい)

 イギリスやフランスは、日本よりも国連代表部の職員が少ない。しかし、会議場では日本よりも存在感がある。権限の委譲がなされていて、効率的に仕事をしているから、というだけではない。イギリスやフランスには、EUというほとんどの利益を共有できる強力なグループがあり、EU各国で協力し合うことが可能である。それ以上に、持ち回りのEUの議長国が頑張って対応してくれる。EUの議長国になったら、本省から支援がくる。
 したがって、フランスは、自国が特に問題と考えていることだけ、対応すればいい。

 日本は、1国ですべてを担当する。恒常的な連合を組む相手がいない。そういう状況に置かれている国は案外少ない。しかも、日本は単独行動主義を取っているわけでなく、組めるものなら組みたいと考えている。
 要するに、東アジアの国際秩序や、経済力や政治体制の違いなどが、グループ形成を阻み、代表部の仕事を忙しくしてしまっているわけである。こればっかりはどうにもならない。。。

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2007年11月 6日 (火)

国連の方がまともかも(定員)

 戦後、日本は、社会保障などの行政サービスを充実させながら発展してきた。行政サービスの充実は、行政サービスに従事する公務員の仕事の増加を意味するけれども、国家公務員の人数はほとんど増えなかった。地方公務員は漸増しているけれども、戦後になって初めて本格的に地方自治が始まった上、人口もここ60年で倍近くまで増えてきており、増えない方がおかしい。国家公務員が増えなかったのは、定員法のおかげである。この法律のおかげで国家公務員は増えなかった。この法律の基本は、定員の範囲内で人員を融通することである。外務省は増え、農水省はかつての半分程度に減らされてきている(しつこく繰り返すけれど、人口に対する公務員数の比率(軍人を除く)は、日本はアメリカの半分以下である。特殊法人等の人数を増やしても日本の公務員の人数はたかが知れている。)。
 定員法により、政府に新しいマンデートが与えられても自ら実行することは困難になった。そのため、政府は多くの特殊法人や公益法人をつくることになった。これが天下りなんていう人事慣行と結びついているものだから、問題が複雑化している。いずれにせよ、新たに特殊法人等を作るのはほぼ不可能でそれどころか廃止される、というのが現状である。
 財政の危機的状況、定員法、特殊法人等の新規設置ができないこと、などを勘案すると、新しいことに果敢に取り組むという気持ちがなくなってしまう。これが現在の霞ヶ関の人たちの大方の気持ちかと思われる。その上、公務員批判に晒されているものだから、やる気を出して仕事をせよ、というのは無理である。

 国連の場合、定員という考え方はない。マンデートに従って人員を配置するという考え方である。新たにマンデートが生じ、それに財政的な裏づけ(人員を含む)が必要な場合には、審査する機構が曲がりなりにも存在している。それによって、マンデートと予算と人員につながりが確保されている。マンデートが加えられて、予算はそのまま、なんていうことは、国連にはない。日本の場合は、政治の立場からすると、マンデートは加え放題、予算と人員はそのまま、という状況である。いいのか?
また、適正人員の配置という考え方が徹底している。例えば、PKOの改革についてのブラヒミレポートは、つまるところ、PKOの職員が普段残業せずに仕事をできる人員は何人か、というところが最も大きなポイントの一つだった(コンサルタントが週の残業時間を調査していた。)。

 日本政府も、マンデートとそのための資源という観点から全体の定員を見直す、ということを行ってはどうか。定員を増やしたくなければ、一部のマンデートを政治に廃止してもらえばいい。これまでのように、「とにかく人数を減らす」というやり方で政治主導を発揮するのはもったいないし、行政官のモチベーションや行政サービスの質の劣化が進んでしまう。できれば、政治主導は、「やらなくていいことをやめさせる」ってところに発揮し、その結果として公務員が減る、という順序だといいのだけれど。

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2007年11月 5日 (月)

国連の方がまともかも(マンデート)

 日本には法律が1800くらいある。だんだん多くなっている。法律が多い、ということは、行政府の仕事が多い、ということとほぼ同義である。したがって、行政府の仕事はどんどん累積していくことになる。行政府の仕事は、民間部門の仕事とパラレルになっている部分も大きいので、行政府の仕事が増えると、多くの場合、民間部門の仕事も増える。やれやれである。
 国連の場合、ものすごい数のマンデートがあるし、国連総会だけで、毎年300くらい決議がある。決議の多くは、繰り返しが多いので、新しいマンデートは案外少なかったりするけれども、いずれにせよ、マンデートは増えていく。これで国連が困るかというと、そうでもない。国連はプログラム予算なので、資源が割り当てられていないことは、やらなくてよい。加盟国が、「どうしてやらないんだ!」と批判したとしても、「資源が割り当てられていない」と開き直ることができる。これが常識的対応だと思われる。
 大手の新聞の一部は、「公務員は仕事が増えたら人を増やせという。けしからん。非常識だ。」と批判する。公務員の仕事のほとんどは、法律で定められているからやっているものである。つまり、公務員は民間企業と違って、新しい仕事ができた際、従来の仕事を勝手にやめるということはできない。このことを忘れた議論は不毛である。なんとかならないか。

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2007年10月31日 (水)

国連の方がまともかも(調整)

 霞ヶ関においける調整コストは膨大である。府省内も大変だし、他省庁との関係だともっと大変である
 あるとき、旧労働省で興味深い決裁文書をみせてもらった。その決裁文書は、福祉施設を建設するためのものだった。驚いたことに、その決裁文書には、50以上の判子が押してあった。旧労働省には、規制が多い上、小さな補助金からの支出を求める場合もあり、それらの担当部局との調整ができないと施設の建設はできない。
 事前説明の上、決裁文書を回す、という慣例があるわけだから、何十人という人に説明して回る、ということになる。もちろん、省内での説明の前に、ニーズ調査や地方自治体との協議がある。
 50以上の判子は、別に珍しくないとのことである。それに付随する作業量といったら膨大である。
 この膨大な作業のなかに、イニシアティブとかモチベーションとかいったものが消失していくものと思われる。

 国連の場合、お金があるところがやる、勝手にやる、非効率という批判が高まったら、やっとそこで調整する、そんな調子である。そもそも、霞ヶ関のような手続きに我慢できる人はいないと思われる。その方がむしろ人間的だし、創意工夫も出てくるし、長期的にみたら無駄が少ないような気さえする。

 ゼネラリストによる専門家の悪口として、「専門バカ」という言葉がある。一方で、「調整バカ」という言葉を聞くこともある。理念がなく、調整がつきさえすればいい、という仕事ぶりを指すものだろう。なんとかならないか。

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2007年9月19日 (水)

国連の基金及び計画の人事

 あまり知られていないけれど、国連事務総長は、もともと職員の任命(採用、昇進、異動など)を好き放題に実行できていた。
 しかし、総会決議で、職員の同意等を前提に異動(昇進でなく横の移動)は自由にできても、採用・昇進に関しては、ルールに沿った対応が求められている(高級公務員及び事務総長室職員を除く。)。
 一方、事務総長から権限の委任を受けている基金及び計画の長については、総会決議による「好き放題の制限」にかからず、「好き放題」できている。本来は、総会の趣旨に沿って「好き放題」を自制すべきところではあるものの。。。(基金及び計画の執行理事会は、長による勝手な採用、昇進を国連事務局と同様に制限する決議を採択すべきだろう。)。

 つまり、基金及び計画では、長による恐怖政治を敷くために人事を使う、ということが可能である。
 ビジョンやリーダーシップがしっかりしたトップだとわざわざ恐怖政治を敷く必要はない。
 ビジョンやリーダーシップで引っ張っていた良い例としては、ユニセフのグラントやUNHCRの緒方さんなどを挙げたいところである。
 一方で、恐怖政治を敷くために人事を活用していたとしか思えない例がたくさんある。

 ビジョンやリーダーシップなど「長として必要な能力」を備えた人ではなくて、「長になるための能力」に長けた人が長になってしまうのは、仕方のないことだとは思うけれども。

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