農業・中国・フィンランド・国際協力
貿易の有効性を説明する原理は、比較生産費原理しかない。経済学ではそう習った。
簡単に言えば、ある国A,Bが、同じ投入で、二つの材、X、Yを生産する場合、例えば次のとおりだとする。
A国 B国
X 100 90
Y 120 80
この場合、B国は、XについてA国よりも生産性は低いが、国内では比較優位にある。結果Xをたくさん生産し輸出するのがいい、というものである。
で、中国と日本を比べた場合、農業は、中国の生産性の20倍といわれている(労働投入量等で測った場合かと思われる。)。そこまでいかなくても、中国の生産性よりもかなり日本の生産性の方が高い。しかし、為替レートがそのような日本の優位性を無くしてしまっている。
つまり、日本の農業は様々な問題はあるものの、経営努力をして世界的にみてもかなりの生産性向上を行ってきたが、工業製品の技術革新には追いつけず、国内の比較優位を失った。逆に言うと、教育水準の高さ、国民性等が、たまたま工業製品の生産に適合的であり、20世紀に工業国として覇を唱えることができたわけである。
中国よりもはるかに高い生産性をもつ日本の農業が、中国の農産品により駆逐されてしまっていいのかどうか、少し考えてみてもいいのかもしれない。
特に、環境制約が厳しくなっていくなかで、輸送に膨大なエネルギーを使うことが妥当かどうか、という議論も出てくる。外部不経済を考慮に入れた場合、中国からの農産品の輸入は妥当な選択と主張するのは難しい。
ついでに、フィンランドは、農業国から、重化学工業国を経ずに、そのまま知識集約型工業を発展させることに成功しつつある(成功している?)。経営学者は、一人のリーダーが存在したらかこういうことができた、というようなストーリーにしたがるけれど、私はそうは考えない。
農業をやったことのある人はわかるけれど、農業というのは知識集約型産業である。ノウハウの固まりである。そして、コミュニティの協力とか助言が大変重要である。これって、知識集約型工業に適合的な仕事の仕方ではないか?フィンランドにはそういう素地があり発展したものと解することが妥当だと考えている。
またまたついでに国際協力だけれど、これは、知識集約型産業である。つまり、国際協力においては、農業型に近いコミュニティを作ることが適合的な働き方の一つだと考えている。一つには、強いネットワークが極めて重要ということになるんだけれども。

