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2009年7月 3日 (金)

論語・伯牛・専門家

「伯牛有疾、子問之、自扁孰其手、曰、亡之、命矣夫、斯人也、而有斯疾也、斯人也、而有斯疾也」
という、論語の中でもクライマックスのひとつ、とされる場面がある。

 だらだらした小説を読んでいる身には、たったこれくらいで、クライマックスなの?と言いたくなる。ちなみに、前後に関係する文章はない。

 といいつつ、何回も読み返し、ある程度は理解できた。

 何回も読み返した理由は、年に1、2回、会う機会のある中国文学の大家が、しばらく前、「私には、孔子の涙が見える」と語ってくれたから、である。

 専門家といわれる人たちがいるけれど、専門家を専門家たらしめているものは、おそらく、普通の人には見えないものがみえる、というところにあるように思うけれど、まさにこの方は、分かりやすい例といえそうである。

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