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2009年6月25日 (木)

テニス・ラケット・・・

 私の愛用する、プロスタッフ(6.0)が、ついに生産中止になってしまったので、慌てて2本購入した。現在、全く同じラケットを5本持っていることになる。

 このラケットは、四半世紀前に発売されたもので、技術が日進月歩しているにもかかわらず、ずっとマニアックな人気を保ってきた。
 このラケットの特徴は、とにかくフェイスが小さい。85平方インチのフェイスは、現在、販売されているラケットの中でもっとも小さい。

 この小ささがよい。わずかでもスイートスポットを外せば、「がびーん」という負担が手や腕にかかる。いつも真剣に向き合っていないと、しっぺ返しを食うわけである。少々、マゾヒスティックな気がしないでもないけれど、そこがいい。

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2009年6月16日 (火)

「市場原理主義者になる大学、ならない大学」

 先日、市場原理主義者になる大学、ならない大学がある、なんて放談をしていた。

 私の出身大学も、「ならない大学」らしい。確かに、プロパーは、市場原理主義でなく、外から来た人たちに市場原理主義者が多い、という状態といえそうである。

 原因を考えてみた。だいたい次のとおりかと思われる。ただし、まじめに経済学を勉強している人のみ限定の議論である。

①労働経済学の影響力が強い。
 労働者のことをしっかり研究すると、きっと市場の不安定さから労働者をいかに守るか、ということも重要なテーマになり、単純に市場万歳!とはなりにくい。

②経済思想史をまじめに習う
 卒業するときには、アダムスミスが倫理学者だと知っていたし、ケインズよろしく、経済学は「モラルサイエンス」であるという考え方をもっていた。ワルラスが、「(自分は)正義の議論をしてない」と留保をつけていることも知っていた。つまり、効率だけが正義ではない、と考えていた。

③T先生・・・
 大先生であるところのT教授は、市場から外れている人たちの存在をしっかり意識する(独自の)モデルを繰り返し学生に教え込んでいた(刷り込んでいた)。

④創立者
 創立者の社会思想に影響された。

 「なる大学」については・・・想像してください。

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2009年6月15日 (月)

面接・・・

 プライベートでというか、ボランティアで、面接慣れしていない人に面接の練習をすることがある。これは、まあ、気楽にできる。相手もやり直しができるし、質問者である自分もやり直しができる(念のためだけれど、仕事での面接に関係ありそうな人の面接の練習には付き合わない。)。

 一方、仕事で担当する面接は、たいへんきつい。比較的短い時間内に、評価を下さないといけない。そのため、頭の中はフル回転である。やれやれ。
 一日面接をしたら、夜、何もやる気が起きなくなるくらいに(精神的に)疲れる。おそらく、私は面接は向いてない。

 ただ、きつい面接でも、いくばくかの楽しみはある。
 ひとつは、第一印象と結果の判断の比較である。第一印象にひきずられないように散々注意されるうちに、第一印象とどう食い違ったか、それはなぜか、ということを考えるようになった。
 考察の結果は、大したことはなく、一致することも多いが、逆転もある、ということである。ただ、一致しやすいタイプと一致しないことも多いタイプというのもあり、このあたりの妙がなかなか楽しい。

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2009年6月14日 (日)

公共事業とか

 伊丹空港というのがあって、住民が「出て行け!」というものだから、神戸に空港を作ろうとしたら、神戸市民が反対し、結局、苦労の末、泉州沖に、関西国際空港ができた。
 その後、伊丹空港周辺の住民は、今度は、「出て行かないで!」と叫び始めた。おかげで、伊丹空港は閉鎖できなくなった。やれやれ。
 さらに、空港に反対した神戸市民が神戸に空港を作ってくれ!と叫び始めた。おかげで神戸に空港ができた。

 以上のとおりの成り行きなんだけれど、「関空があり、伊丹があり、神戸がある」というのは、行政が悪いからだ、ということになっている。
 うーん。いつものこと、といえばそうなんだけれども。

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2009年6月13日 (土)

ひとまず終了・・・

 過去5週間、各府省の新人140名弱が参加する研修を回していた。かなり疲れた。
 最後のカリキュラムは、成田空港問題を扱ったケース・スタディだった。
 
 実際に成田空港問題に携わった方からケースの講評をいただいた後、最後は、成田にかかわるご自身の壮絶な体験で締めくくられた。私自身、涙が溢れそうになるのを止めるのに必死だった(何度聞いても、涙が出そうになるお話、というのはある。「使命」というのは、しみじみ「命を使う」ということなんだな、と思う。)。

 研修員から、「すごい先輩がいてくれて、本当に公務員を選んでよかった」という感想があったけれど、やっぱり立派な人がいる組織で活躍できる機会を与えられるのは、名誉なことなんだろう。

 研修員は、月曜日から、バトル・フィールドと言っていいような職場に復帰する。大変な苦労があったとしても、幸せな職業生活を送って欲しいと切に願う。

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2009年6月 2日 (火)

受験への最適化の進行

 家族というものが、大学などの受験に対して、「最適化」しているように思える。
 もっと、寄り道があっていいはずだ、とも思う。

 この結果の一つとして、「ひととおり、社会のことについて思いをめぐらせてから大学に入ってくる、という学生が減っているのではないか」という危惧である。実際、社会科学系などの学科での教育が少々やりにくくなっているそうである。社会科学は大人の学問だから・・・とあきらめている先生もいたりする。いいのか?

 

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2009年6月 1日 (月)

リーダーシップ論・・・

 リーダーシップは極めて重要である。誰も疑わない。
 したがって、リーダシップ「論」も、極めて重要である。
 しかし、リーダーシップ論は、日本だけでなく、世界的にみても、学問的な発展が十分になされていない分野とされる。

 その理由はおそらく、次のようなことかと思われる。
 リーダーシップは、権力の行使をする人やその機能について扱うものだけれど、「権力=悪」という図式があり、研究自体にためらいがあるように思われる。とくに、政治的リーダーシップを論じる際には特にこのことが問題になりやすい。

 リーダーになろうとする人は、自分の頭で、リーダシップのあり方を考えていかないといけないわけで、結構大変そうである。

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