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2009年5月31日 (日)

医師国家試験・・・

 ある先生によると、桜陰は、7割が医師を希望している、とか、灘は、医学部志望者が多く、その結果、文系がギリギリ一クラスができる程度、といったことがいわれている。
 実際、1990年当時、私大の医学部の偏差値(河合塾)は、45~70くらいの間にあった。数年前から、すべて60を超えている。

 医師国家試験がおおむね90パーセントの合格率を維持しているところをみると、ここ15年くらい、かなり難しくなってきているといえる。かつて、大学入試で偏差値が45であっても合格できる試験だったけれど、現在では、みんな、偏差値60程度、つまりは、受験秀才ばかりになった。

 そのため、医学部では、私大を中心に、医師国家試験対策が、かなり派手に導入されるようになった。
 その結果、地方の国立の医学部の試験の不合格が、一時、増えたのだけれど、地方は地方で積極的に受験対策に取り組むようになった。

 なにか、こう、医学部の受験予備校化が進んでしまっているような気がしている。臨床研修がそれなりにあるから大丈夫だろうけれど、いいのかな、と思う。

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2009年5月30日 (土)

人生に必要なことは、テニスから学んだ???

 人生に必要なことを、一部、テニスから学んだ、かもしれない。
 いくつか挙げてい見る。

(1)成長には初期設計が重要
 テニスについては、最初に身につけたフォームが変なものだったら、なかなか上手になれない(一生なれないかもしれない。)。逆に、最初に覚えたフォームがよかったら、一気に上手になったりする。
 一方、落語を想像すると、初期設計がおかしくても、師匠を真似て、訓練を積み、「芸風」を磨き上げる、という成長の軌跡をたどる場合がありそうである。
 おそらく仕事は、その両方だと思う。

(2)ラケット選び
 テニスにおいては、ラケットは、自分のプレーのスタイルにもかかわる大変重要な要素である。
 けれど、ラケットを変えたからといって、満足のいくテニスができるか、というと全く違う。
 テニスプレーヤーにとって、ラケットは、パートナーなわけだけれど、自分の満足・不満足をパートナーのせいにするかどうか、という問題が生じる。
 で、ラケットをたびたび変える人は、お付き合いする相手をたびたび変えるように思えてならない。

(3)彼の判定方法
 人間を判定するためにいくつか方法があって、特に女性にお勧めなものがある。
 彼がテニスをしていて、自分がテニスが下手だとする。その場合には、テニスを教えてもらってみる。テニスを教えるのは、ものすごく忍耐がいる。何回かテニスをおしえてもらっても、ずっとイライラせずにいる人は、きっと、長期にわたってやさしく接してくれる人かと思いわれる。

(4)自分を信じる
 テニスって、上級レベルでは、グラウンドストロークは、上下角プラスマイナス4度くらいでアウトとセーフが分かれる。「4度」って人間が、計算して調整できる正確さではない。
 で、どうするかというと、体に覚えさせる。体に覚えさせても、試合などになると、「脳がどうしろ、こうしろ」と、マイクロマネジメントを行う。計算して調整できないのに、である。その結果、ミスを連発してしまう。
 じゃあ、どうすればいいか、というと、大枠を思考で決めたら、あとは、自分の体に任せるしかない。要するに、「自分(の体)を信じろ!」である。

(5)内部感覚
 テニスで上達する人は、自分なりの内部感覚を上手に育てている人、ということになる。感覚をつかんでいることが重要である。しかし、その感覚って、言語的なものではなく、他人に伝えることはほとんど不可能に近い。
 しかし、指導者は、外側だけをみて、指導する。これだと上手な指導とはいいにくい。
 たまに達人は、外側だけをみて、その人がどういう感覚でプレーをしているのか、見破ることができる。そういう指導者に出会えれば、大変な幸運である。
 仕事上も、そういう人に出会えたら、大変幸運である。

 他にもいろいろあるけれど、このくらいで。

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2009年5月24日 (日)

ドコモの元社長(2)

 ドコモの元社長と1時間半、サシでじっくりお話をした。
 いろいろと学ぶところが多い。

 学生時代の講義で、印象に残っていたのは、辻清明先生とのことだった。故辻先生は、大変すばらしい学者だけれど、お話が面白いとは思えないので意外だった。
 読書は、乱読・多読・つまみ食い、だそうで、読書を通じて学ぼうという気持ちは強いものの、難しい本をじっくり読む、ということはしないらしい。
 電電公社(現NTT)のエリート教育のおかげで、社会貢献を考えるようになったということで、エリート教育のよい面を強調している。
 国家公務員でいうと、上級職(現Ⅰ種試験採用)扱いの同期25人のうち、しっかりしたリーダーに成長したのは1割くらいだろう(要するに、3人程度)。
 そういう3人に共通するのは、上司からみて「うるさい」こと、仕事に対して、根本的な疑問を呈すること、そして、言ったからにはやりきること、である。
 ひどい上司はいる。しかし、そうした上司に当たったときに、度量が分かる。
 運の良し悪しはある。自分は運がよかった。副社長に嫌われて追い出されたこと、追い出された先が業績が悪い、つぶれるかもしれない、と言われていたドコモだったこと、そのタイミングが、インターネットが発達し携帯電話との融合が進められるタイミングだったこと、などである。

 勉強になる。
  

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新インフルエンザ・・・

 ある大学病院の医師によると、
①インフルエンザの検査キットについて、全世界の7割を日本が使い、
②タミフルについては、全世界の半分を日本が使っている、とのこと。

 なにかこう、釈然としない。

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2009年5月19日 (火)

「ぼくの村の話」(尾瀬あきら)

 「ぼくの村の話」という漫画がある。15年以上前に、夏子の酒で有名な、尾瀬あきらが描いた。成田闘争を扱っている。
 全7巻を古本屋で購入して読んでみた。なかなかぐっとくるものがある。

 実際に成田空港問題を担当した大先輩によると、「この本は漫画だけれど、しっかり描いている。」とのことである。実際に成田の現場に直面したことはないけれど、バランスを大事にし、筆を抑えて描いている。

 この漫画の連載が終了する頃に、成田空港問題は急展開をしていく。件の大先輩は、反対派の方々の目線に立って粘り強く交渉し、思い切った決断するなど、大変な苦労をされた(テレビのドキュメンタリーは、背景を知るものにとっては、なかなか涙なしては見れない。行政官って、ここまで苦労しないといけないの?という気持ちになる。)。

 話は変わるけれど、その大先輩が敬愛する故S先生は、私が高校時代、夢中になって読んだ小説(フィクション)のモデルとなった人だったりする。小説の主人公は立派過ぎて、当時、まさかモデルとなる人物がいるとは思っていなかった。しかし、実際にS先生に会う機会があり、さまざまな場所での活躍を聞くにつけ、小説の主人公より立派!と思うようになった。

 S先生も大先輩も、目標にはとてもできないけれど、こういう人たちの存在を意識することは、なんらかの影響を自分の中に与えているように思う。

 ごくたまに、その大先輩とメールでやりとりをすることがあるけれど、大先輩のメールには、次のような言葉が添えられている。

 「心の田畑さえ開墾できれば、世間の荒れ地を開くこと難しからず(二宮尊徳)」

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2009年5月18日 (月)

世論って・・・

 世論調査というものがある。
 政治家は、おそらく、世論調査の結果を所与のものとして、自らの政策についての主張をつくろうとする。
 一方で、行政官は、世論調査の結果を、なんとか乗り越えて政策を実現しようとする。

 この2つの立場のギャップは大きい。
 議院内閣制の下では、本来はこういうギャップがないはずである。起きているのは、統治システムの運用のどこかがおかしい。

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2009年5月15日 (金)

報道を信じる・信じない

 マスメディアの報道をそのまま信じようが、信じまいが、その人の勝手!だとは思う。
 しかし、新聞からの(自社を含む)企業等への批判は「揚げ足を取っている」とか「マスメディアはひどい」といった論評をするのに、公務員批判だけは信じる人たちが多い。つまり、ダブル・スタンダードに気がつく程度の知的能力を備えていない。しかも、自分の方に正義があると信じているので始末が悪い。
 
 各府省の新人たちへの、先輩からの、「国民の無理解にくじけずがんばってほしい」という調子の励ましのメッセージを聞きながら、こういうことを考えてしまった。

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2009年5月10日 (日)

企業倫理/ドコモの元社長

 ドコモの初代社長の、大星公二さんの講義(?)をいまのところ2度、聞きに行った(あと、10回くらい聞きに行く。)。
 ほとんどマンツーマンに近い状態なので、「講義」といえるかどうか、微妙であるし、大変もったいないような気がしている。

 大星さんは、日本の企業の基準だと、かなり「乱暴」な方である。ただし、よい意味で。こういうトップだと、仕事をやりやすいだろうな、と推測する。

 また、ドコモの社長に就任する前から、社会貢献を強く意識されていた方なのだけれど、今流行っている、CSRといった話には、積極的な興味はないらしい。
 「CSR」なんて面倒なことを考えず、「やるべきことをやる」ということ「だけ」考えているタイプとお見受けする。
 その「やるべきこと」の中には、「お金を儲けたら、寄付する」「恵まれた立場にあるものは、恵まれない立場にあるものを助ける」といった事柄が含まれる。

 ビジネス倫理とかCSRとか、そういう話をする場合、論者は、「その方がお得」という話で誘惑(!)しようとする。利益至上主義の人たちには、そういう方法しか、対策はないだろう(利益至上主義の人たちを回心させるのは不可能だろうし。)。
 一方で、「その方がお得」という議論は、大星さんのように「やるべきことをやる」という人たちを遠ざけているように思えてくる。
 何とかした方がよさそうである。

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