国家公務員に、新しい人事に関する評価制度が導入されつつある(試行中である。)。
人事に関する評価制度が導入される方向づけがなされたのは、このような理由からだと考えられる。
(理由1) 「よく働く人も働かない人もも同じ給与なのはおかしい。差をつけるべきだ。」
(理由2) 「優秀でないいわゆるキャリアが優秀ないわゆるノンキャリアよりも高いポストについているのは、ノンキャリアの職員のやる気を削ぐ。入り口主義はよくない。」
理由1について少し考えてみる。
新しい評価制度にこれらの問題の解決を求めるのは難しいだろう。なぜなら、これまでも国家公務員は評価は実施してきている。つまり、給与に差をつけることや、優秀でないキャリアの昇進を遅らせ、優秀なノンキャリアの昇進を早めるといった決断を人事当局が、それなりの理由をもとに行ってこなかったからである。つまり、評価制度の問題に帰するところは小さい。
また、若年層がまだまだ生活給をベースにしているような状態で、評価を結果に反映することは難しい。小さい違いが、金銭的インセンティブになるとは考えかれない。アメリカの企業のように平社員と社長の給与の差が100倍とか1000倍といったような大きな差を設けるのであれば、金銭的インセンティブを理解できるけれども。
もっというと、外資系等の人事関係者と議論をしていると、「評価なんて、不景気でリストラをするときの準備みたいなもの」くらいの結論に落ち着いたりする。要するに、好景気のときにコストをかけて評価を行い、不景気になったらリストラを迅速に行えるようにしておくわけである。多分、これが本音だろう。給与に細かく差をつけても、ほとんど効果がない(むしろ弊害がかなり大きい)ことを承知している。
建前(給与インセンティブ)と本音(不景気時のリストラ準備)を承知して対応していくことは必要だけれど、建前を本気で信じて、マネをするのはよくない(富士通の制度への批判する本があったけれど、建前を本気で信じて失敗した例のように思えてならない。)。
ついでに、日本の国家公務員制度は、アメリカのような特殊なものではなく(あえて、「特殊」と書く)、フランス、ドイツ、イギリスなどのように、若いうちに公務員として採用され、育成され、長期間勤務するシステムを採っている(ついでに、アメリカも、こうしたやり方をレーガン大統領の頃から採り入れようと努力してきている。)。こうした長期雇用の場合、短期的評価を行って職場をギスギスさせるよりも、長い目で育成していき、評価は自ずから定まっていく、という考え方の方が適合的である。公務員はたくさんの法律に囲まれていて、たとえば、一人の労働基準監督官を育てるのに、大変な年月を要することを念頭に置く必要がある。
理由2についてもまたまた少し考えてみる。
これは、国家公務員特有の問題である。
1985年まで、試験が、大卒、短大卒、高卒対象に分かれていて、それを、大卒(Ⅰ種)、大卒(Ⅱ種)、高卒(Ⅲ種)に再編した(この再編のひとつの理由は、短大卒対象の試験に大卒者の受験者が多数を占めるようになったからである。)。
1985年までの採用状況を単純化すると、「東大法学部と高卒」という図式だった。しかも、この「高卒」の優秀な者は、夜間の大学に通い、民間に転出するものも多かった。さらに、この「高卒」の人たちでも優秀な人たちは、局長の一歩手前まで昇進するものもおり、それなりに処遇されているようにみえる。
「東大法学部と高卒」という図式が融解し、「優秀でないⅠ種(大卒)と優秀なⅡ種(大卒)の並存」という図式が生まれた。つまり、理由2に示すような状態が生じ始めた。
これに対応し、各府省は、優秀なⅡ種職員を登用しようとしてきている。惰性で人事管理をやっていると、こうした変化に対応しないところもあるので、政府全体として取り組みを強めてきている。要するに、基本的には、その時々の状況に対応しながら運営しようと努力してきているわけである。
また、将来の幹部として育成されている者と、事務を手堅く実施することを期待されている者で、同じように優秀な場合にどちらを昇進されるか、といった問題である。前者は、極めて短いローテーションでさまざまな職務をこなし、法案を作成したり、他府省との調整を行いつつ、他省庁や外国での経験を積ませる。後者は、同じ部署に長くいて特定の業務に精通している。結論はいうまでもないのだけれど、前者のような仕事はそんなには多くなく、つまり、試験で選抜した者をそうした経験をさせることが妥当、ということになってしまう。
このほかにも並べても並べたりないくらい、評価を巡っての論点はある。
たとえば、国家公務員は、職務記述書をつくらないことで柔軟な組織運営を行っているけれど、のように、職務記述書がない組織で評価を行うことはかなり無理があること、評価を含むマネジメントの負担が小さい分、課長が部下のサブスタンスを中心とする指導に力を割くことができること、などなどである。
こうした問題を抱えながら、近い将来、新しい評価制度が導入されることになるけれど、上手に運用しないと、まずいかな、と少し(かなり?)心配している。
基本的には、評価制度は、人材育成のための手段に使って欲しいと願っているのだけれども。