09 その他

2008年10月31日 (金)

またまたダイエット

 与論島と韓国と中国と広島で食べすぎ、かなりテニスをするのにまずい体重になってきていること、ひと月後に人間ドックがあることなどを考え合わせ、広島から帰った日をもって、ダイエットを開始した。
 ひとたびダイエットを開始すると、それなりの成果を挙げる場合が多い。今回もうまくいけばいいのだけれど。

 ふと、「太り方・やせ方」の国別の違い、なんてことを考えた。
 ここ2年で4回訪問した韓国は、お金持ちは太っていて、庶民は普通かやせている、というイメージである。住んでいたニューヨークは、エリートは普通で、庶民は太っている、という印象である。日本は、お金持ちが貧乏人かにかかわらず、太っている人は太っているし、やせている人はやせている、と言えそうである。
 韓国は、開発途上国のパターンに近いようにみえる(開発途上国じゃないけどね。)。アメリカは、飽食の末、差別化を図る社会階層が出てきている姿なのかもしれない。日本は、飽食だとしても、そこそこのところでバランスがある程度取れている、というところだろう。

 ついでに、若い女性と中年男性(私!)が、やせようという気持ちを持つ理由は、前者は、9割以上(99パーセント以上?)容姿のためであり、後者は、9割以上、健康のため、であろう。
 中年男性が、「健康」と「容姿」のため、という気持ちを持てば、ダイエットの成功率もより高くなるような気がする。でもなー、「容姿」のために今更がんばろう、なんて気にはなれない。この歳だとやせてもなんら変わらるようには思えないし。ちょっとさびしいような・・・。

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2008年4月14日 (月)

氷河期が来る?

 今日の某新聞には、70年代に、氷河期が来るかもしれない、と言われていた、という記事が載っていた。
 私自身、記憶があるのだけれど、「氷河に飲み込まれた家」とか、「氷河の行進」とか、そういう報道を目にしていた。

 また、当時、子供向けの雑誌で、寒冷化したら、ベーリング海峡を堰き止め、寒流が入ってこないようにして、日本を暖かくする、なんてアイデアが掲載されていた。子供ごころに、イギリスはどうなっちゃうんだろう、くらいのことは考えた。

 ご存知のとおり、氷河期が来るという予想は、思い切り外れた。

 「地球温暖化」を騒ぎ始めたのは、今から20年前くらいで、そのまた10年前には、「氷河期が来る」と騒いでいたわけだから、「どっちなんだ!」と言いたくなるような気持ちだった。だから、前のブッシュ政権が、石油業界からの圧力で、二酸化炭素による温室効果を認めない、と批判されていたけれど、その気持ちはわからないでもなかった。弁護するつもりはないけれども。

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2008年3月20日 (木)

誰が新聞を読むのか?

 誰が新聞を読むのか、というと、私の家では、高校一年生の子供である。
 高校生というのは、基本的に規則正しい生活をしていることもあるだろう。

 自分はというと、インターネットで済ませる。新聞に骨太の記事は、ほぼないので、知りたいテーマは月刊誌を拾い読みする。また、国際面は、CNNなど英語のニュースの方が余程充実しているのでこちらを利用する。
 なお、パートナーにとっては、新聞は広告が必要なだけである。あとは、子供が主要な記事についてブリーフをしている(?)。興味があったら、インターネットである。
 高校生が大学生になったら、新聞を取るのをやめようか。習慣的に新聞をとるのは、時間的にも環境的にも無駄である。

 テレビについても似たような状況である。
 テレビは、小学一年生の子供がみるけれど、あとのメンバーはみない。見るモノがない。たまにDVDをみる。
 プロ野球のジャイアンツ戦の視聴率が、ヒト桁台になってようだけれど、これは、同じ生活パターンをしている人が少なくなった、ということだろう。高齢者は野球を見るかもしれないけれど、子供は自分でやった方がいいし、ちょっと大きくなると、野球なんぞをみるくらいなら、DVDをみたり、携帯でメールのやりとりをしている方が楽しいようだ。
 少なくとも、どんなにテレビ広告がなされても、かなりの比率の家庭では、効果はない。

 しばらく前、あるテレビ局の論説委員とお話をしていたら、テレビは、サラ金とパチンコに救われている、と言っていた。そういえば、一度見ただけでは何の宣伝かわからないコマーシャルが流れていたのをみた。よくよく考えると、パチンコだった。新聞のチラシにもパチンコ関係がよく入ってきている。しかも、パッと見て、パチンコだとはすぐにはわからない。

 結局のところ、新聞を読んだり、テレビをみる層は、サラ金やパチンコを利用する層に近い、ということになってきているのではないか。

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2008年3月16日 (日)

中心市街地活性化・・・

 東北の地方都市にある大学を訪ねた。

 その市では、中心市街地の活性化が課題になっているとのことであった。
 中心市街地には、隣接した商店街が4つ並んでいるのだけれど、それぞれの商店街の協力関係が「ない」とのことだった。むしろ「仲が悪い」らしい。

 人口が15万人程度である。足を引っ張り合ってどうするつもりだろう。ただでさえ、衰退モードにあるというのに・・・。地方には地方なりの事情があるのはわかるけれども、地縁を協力関係に持ち込めないとなると、街の魅力が失われる。そういういうところに、自治体などが公共事業を行っても、無駄に終わってしまうだろう。

 と、書きつつ、地方だけの問題じゃない、ということに気がつく。

 ある哲学者は、「対話」のない日本社会を嘆いているけれど、それがヒントになるかもしれない。意思決定ができるメカニズムなり、作法なり、文化なりを作り出さないとまずいのではないか。

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2008年3月15日 (土)

水田の水張り

 富山から山形まで電車(一部汽車?)で移動した。
 水田は雪解けとともに渇いた状態になっているけれど、水を張った張っているところには、白い鳥(鷺?)が、くちばしでついばんでいる。聞くところによると、冬の間に水を張っておくことは、農薬をなくすための一つの手段になりうるそうである。
 というのは、鳥が害虫(の幼虫?)を冬の間についばみ、害虫による害を減らし、また、フンによりリン(だったかな)などの養分を供給をしてくれるそうである。
 そう思ってみていると、やはり、水を張っている水田に鳥の姿が多い。

 かつては、トキ(朱鷺)もそうして暮らす場所を確保していたのではないかと想像した。

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2008年3月11日 (火)

出張・・・

 出張中である。
 海外出張を可能な限り回避する努力をしていたら、結局、先方の政治の大変動があってそれどころではなくなり、ホッとしていたところに、国内出張が入ってしまった。年度末でとっても忙しいのに・・・。

 出張では、富山の2つの市を巡り、新潟のちいさな町と山奥の村を訪ね、山形の大学で議論する、というもの。1時間~3時間の面談、打合せ等が都合7回・・・。
 可能な限り短い期間で設定することにし、2泊3日で乗り切ることにした。スケジュールがタイトで大変である。

 これから、新潟の村に行く。鉄道利用だけれど、一日に片道6本しかない。鉄道として維持するよりも、高速バスなどを運行させた方が効率的なのではないか、と素人には思われる。行った先で聞いてみよう。

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2008年3月 9日 (日)

葬式宗教・・・

 「日本には、宗教を持たない人が多いからねえ。葬式は仏教でやったりするけど。」といった話はよく聞こえてくる。したり顔で言われるのはあまり好きでないし、「こいつわかって言っているのか」と感じる言葉が並んだので、「どうして葬式仏教になっているのか」と質問してみたことがある。

 結論からいうと、その場にいた、国際協力関係のみなさん(もちろん日本人)の誰も答えを知らなかった。意外だった。「どうして葬式仏教になっているのか」くらい、中学生でも知っていることだと思っていた。というか、私は中学3年生の時に習った。

 仮に知らなくていいとしても、キリスト教やイスラム教の知識をひけらかすのであれば、これくらいのことは知っておくべきだろう。また、国際協力関係者は、日本の宗教について説明する場面に遭遇する確率は高かろうから、こういう基礎知識くらいもっておいて欲しいと思う。そうでないと、無用に「日本はいい加減だ」という情報を流すことになるかもしれないし、それ以上に、「こいつ、何も知らない」というレッテルを貼られることになっているかもしれない。なお、こういうレッテルって、本人が気がついていない場合が多いから、いよいよ不幸である。
 

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2008年3月 3日 (月)

無事カエル

 「無事カエル」というのは、青年海外協力隊の訓練施設の入り口に飾られているカエルの置物である。国際協力業界ではそこそこ有名である。

 と思っていたら、交通安全のための「無事カエル」というのが、埼玉県の菖蒲高校で1978年から作られていた。布製でかばんにぶら下げたりするくらいの大きさである。そしてそれが、今年の全国高校総体のマスコットに指定されたとのことである。そのために、埼玉県内の190余りの高校で3万個が制作される予定となっている。

 このマスコットを活用して交通安全運動に大きな貢献をした、ということで、菖蒲高校は、何度か警察署に表彰されてきている。そういうこともあっての全国高校総体のマスコット選出である。なお、菖蒲高校は、あと2年で閉校になるそうである。

 いい話である。

 ところで、WHOによると、世界で毎年100万人以上の人が交通事故で死亡しており、途上国における大きな保健問題となっている。日本でも、1950年代には、車が100台あたり死者1名くらい、なんて状況だったりした。日本の警察は、交通事故を減らしていくノウハウについては大きな蓄積がある。こういう部分で途上国に協力できないか、と思う。

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2008年3月 2日 (日)

分断・・・

 NYにいたとき、イギリス人外交官とよくお話をした。
 シェークスピアとかサミュエル・ジョンソンといったまじめなこととか、OO7とかゴルゴ13といったふざけたこととか。
 あるとき、朝鮮半島の話になり、私はなんとはなしに「統一した方がいい」という発言をしたところ、「分断したままの方が日本にとっていいんじゃないか。統一して日本にどういう得がある?」という趣旨の発言が返って来た。

 イギリス人だから「アイルランドは分断したままがいい」くらいに考えているんだろうな、と思ったけれど、それはさておく。

 私の頭の中には、分断が津軽海峡でなくて、朝鮮半島で行われたのは、韓国や北朝鮮の人たちにとってとばっちりじゃあないか、という意識がどこかにある。また、安全保障上の最重要の接点を抱えている国や地域の負担は大きいけれど、韓国にそれを押し付けて自分たちはぬくぬくしていていいのかい?という気持ちもある。したがって、件のイギリス人外交官の意見には賛成できかねる。

 イギリスから見たら朝鮮半島は歴史的にみてもほとんどかかわりがなく、そこに生きる人たちに共感するきっかけをもっていないため、日本の短期的利益に限定した議論を行うことができるのだと思われる。逆に、日本からみると近いし歴史的な問題もあるしで、幅広い視点から議論をしていかなければならない。

 こういう意見の相違のありようはいたるところで見られるけれど、基本的には後者の態度であるべきだと思うし、前者の態度をとる人には、しっかり説明していかなければならないだろう。

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2008年2月29日 (金)

オフセット 環境 イスラム

 二酸化炭素を排出したら、その分相殺する(オフセットする)という発想は、イスラムからきたのではないかと疑っている。
 イスラムでは、善行の量が悪行の量を上回ったら天国にいける、という発想をしている。そのため、悪いことをやったら、いいことをやり相殺する。教祖が商人だったこともあって、こういう発想になったように思われる。
 ただし、イスラムの、善行の「量」は、主観的である。したがって、いい加減な尺度しかないけれど、環境オフセットは違う。「何グラム」という明確な尺度がある。
 もし、仮に、有力なイスラム法学者が二酸化炭素を出すことは悪であるという解釈を出し権威のあるものとして受け止められたら、12億人に一気に環境オフセットが広がるかもしれない。
 想像するとなかなか楽しい。
 

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2008年2月26日 (火)

学校・・・

 来年度は、家族全員が、学校のお世話になる。
 小学生、高校生、大学生、大学院生ということだけれど、中学生がいたら、ポーカーでいうところのの「ストレート!」だけれど、残念ながら、メンバーは4人である。
 
 とりあえず、向こう3年間の私の目標は、「よい論文を書くこと」である。
 のんびりした週末が消滅してしまいそうなのが、ちょっと残念かも。

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2008年2月25日 (月)

考える手順

 この社会において、何事かをやろう、と考えている人はだいたい、次のような手順をいくものだと考えている。手順でさえない単純なものだけれど、とりあえず書いてみる。

1.人間を理解しようと努力する。
 人間を理解しようと思ったら、方法はいくつかあって、自分の内面を振り返るのと、小説や哲学・倫理学や歴史に触れること、の二つだろう。人との交流ももちろん重要な要素である。

2.社会を理解しようと努力する。
 社会を理解しようと思ったら、人間理解を深めることと、社会特有の現象を理解することとの二つの観点が重要だろう。人間と社会をパラレルに捉える視点とパラレルでなく捉える視点があればいい、くらいの意味である。ここも歴史や政治思想史、哲学・倫理学に触れることが必要だろう。

3.そうした中で何が問題なのかを考え、自分が何ができるかを考える。
 人間と社会について、自分なりの理解を元に、何が問題なのかを捉える。その上で、自分が何ができるかを考える。

 こういう思考手順は、当たり前すぎて学ぶ必要のない手順かもしれない。ただ、自分自身を振り返ると、こうした手順を自覚的に考えたのは、マキャベリの君主論をはじめて読んだときである。マキャベリは自分なりの人間観と政治史を踏まえて、君主というか統治の在り方を述べている。なお、学生時代、彼の人間観に合致する人間にはなりたくない、と強く思った。

 その次はアダムスミスの道徳感情論と国富論である。念のためだけれど、彼は倫理学者であるし、単純な自由放任主義者ではない。むしろ限定的自由放任主義者といっていいと思う。新自由主義者が「アダムスミスの子どもたち」を名乗っているけれど、彼のごく一部を拡大して継承しているに過ぎないだろう。それはともかく、スミスもやはり人間観察が基本になって、豊かさと国際平和を目標にしつつ、社会を構想している。

 さらには、デカルトとルソーである。デカルトが上記1.、ルソーが上記2.と3.を受け持っている、と理解している。
 今振り返ると、大学時代って本ばかり読んでいた、しかも、繰り返し同じ本を。

 話は変わるけれど、私が国家公務員や国際公務員のキャリア開発について説明するときには、「若いうちからスキル、スキルっていうな。教養が重要だ。」という趣旨の話をするのだけれど、イマイチ理解してもらえない。教養主義が没落し、「スキル、スキル」っていう大人ばかりになったからだ、と思う。いいのか?

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2008年2月21日 (木)

医師不足/自動改札???

 医者の卵の話によると、小児科医をあきらめた人たちが口々にいうのは、「子供の診療をしようとしていたのに、仕事の7、8割が親の対応に取られている」というものだそうだ。

 日本は、今やクレーマー社会になってしまったけれど、そうして社会的コストが上昇した一例かと思われる。

 話は変わるけれど、大阪の某鉄道会社に長く勤めていた人にこういう話しを聞いたことがある。

 かつて自動改札機がなかった頃、改札で金額が不足した切符を手渡した人を改札の駅員が呼び止めた場合、東京では「すみません」とペコペコしながら戻ってくるけれど、大阪では、かなりの頻度で「ちゃんとはろうたやろ!!!」と怒鳴りつけられ、そのまま去っていく。自動改札機を導入については、人員削減につながるため、東京主導の労働組合は反対したけれど、関西の労働組合では、人員削減反対よりも、「改札業務はいやだ。」という意見が勝ち、東京よりも早く導入がなされた。

 大都市圏で救急車のたらい回しが、どうも大阪で頻発しているようにみえるのと関係がありそうな気がする。
 いちおう大阪出身としては、なんか複雑な気分である。

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2008年2月19日 (火)

欧州はレンガ、日本は粘土?

 ロシア研究で有名な袴田教授が、「欧州はレンガ、日本は粘土、ロシアは砂」といったたとえ話をしていた。
 その意味はだいたい次のとおりだと解釈した。
 欧州は、個人主義が基本だけれども、秩序感覚があり、ある程度安定した社会秩序を築くことができる。個人は固いブロックのようなものだけれど、組み立てが可能である。
 日本は、集団を優先させ個人の表出を嫌う社会であり、個がないため粘土になっている。そうして、安定した社会秩序を築くことができる。
 ロシアは、個人主義が基本だとしても、秩序感覚がないため、利己主義、ミーイズムに陥っており、安定した社会秩序を築くのは難しい。その結果として、ロシア正教や共産主義といったイデオロギーにより枠組みを作っていかないと安定した社会秩序をつくることができないのではないか、と述べている。

 ステレオタイプといえばそうだけれど、分かるような気がする。

 欧州では、ニーチェのように「どうでもいい」という雰囲気のあるものを除けば、多くの哲学書にも秩序感覚が息づいているように感じている。秩序感覚は長い歴史を経て醸成されたように思う。
 日本については、民主主義や市場主義が入ってきても、もともと社会秩序が強く安定しているため、そうした価値を受入れても社会秩序が揺るがず、結果として受入が可能であった、と理解することができそうである。ついでに、俳句って、名句といわれるものほど、詠んでいる「私」が見えない、見えにくい。平安時代の短歌で、特に女性のものは、恋愛している「私」がよく見えている。日本では、時間をかけて「私」を消していく文学が育ったのではないか、と考えた。いかにも「粘土」社会の文学なのかもしれない。

 さて、ロシアならずとも、強い宗教的秩序でもない限り、途上国の多くは「砂」であるように思われる。砂のような社会に、民主主義や市場主義を導入するとどういうことになるのか、想像してみるのも必要なのかもしれない。

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2008年2月16日 (土)

社会企業家・・・

 日経新聞に、社会企業家の紹介があった。そういう記事をみるにつけ、いつもなんか、こう、違和感を感じる。 

 目立たず地道で誠実な「社会企業家」をかなりの数、知っている。
 一方、新聞などで取り上げられる人のなかには、本物!と思える人もいるのも確かであるけれど、地道な社会企業家と、立派さの質・程度が違うと思うことがよくある。また、社会企業家を名乗っている人のうち、とても品性がまともとは思えない知り合い(決して友達ではない)ほど、新聞などに出ることが多い、という明らかな傾向がある(サンプル数は、30くらいか)。
 10年ほど前、まだ若かった頃には、そういう人たちに、「本当に社会のためにやっているの?」とやんわりと問いかけることもあったりもした。今では、褒めてあげたらやる気を出すし、それなりに人のためになっているので、「ま、いっか」という態度を身につけるようになった(いいのか?)。

 マルクス・アウレリウスは、「人に善くしてやったとき、それ以上の何を君は望むのか。君が自己の自然に従って何事かをおこなったということで充分ではないのか。その報酬を求めるのか。」なんてことを書いていた。こういう倫理観に基づくかどうか、というところで社会企業家も二種類に分けることができるような気がしたりする。

 と、考えてくると、自分はまだまだ未熟であることを思い知らされる。自分が違和感をもっている当のものにならないよう気をつけないといけない。

 

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2008年2月15日 (金)

天下国家を論じる奴は・・・

 「天下国家を論じる奴はビールを売れない」なんてことを若かりし頃聞かされた。
 とあるビール会社の営業担当者の言である。

 天下国家より生活世界を重んじることにしつつも、天下国家をまじめに論じる人たちに対して心情的にも立場的にも近いので、多分、私はビール会社に就職しても、ビールを売る能力は高くないはずである。
 したがって、ビール会社には就職しない方がよい、と判断した。

 とは考えたものの、美辞麗句を並べたりしないところや、みもふたもない合理的な思考には好感をもった。
 一般になんらかのものを生産し販売している企業は社会に貢献しているわけで(ビールの場合は、おいしいビールを提供し顧客の満足を上げること。)、卑下する理由は全くなく、むしろ誇るべきである。

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2008年2月14日 (木)

フラガール

 映画「フラガール」を子供に見せた。
 16歳の子供は、ストーリーも楽しんだようだけれど、炭坑の閉山という背景の方をすごく気にしていた。

 石炭産業は世界的にみても、国家の屋台骨を支えるものの一つだった。
 イギリス産業革命は石炭があってはじめて起きたものである。そのイギリスでは、炭坑の閉山に伴う闘争が広がりを見せて泥沼化した。大変なことになった。
 日本でも炭坑が相次いで閉山されていく時期の悲しい話が映画にもなっているけれど、基本的には、当時の通商産業省と各企業ができる努力をしていって、イギリスのようにはしなかったし、ならなかった。

 以上のような話を子供としていたところ、果たして、今の日本の政府がそうしたきめ細かな政策・施策を実行できる能力があるのか、ちょっと考えた。多分、ない、というのが現在の私の認識である。
 

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2008年2月10日 (日)

ダラダラ・・・

 昨日(2月9日(土))は、家族4人のうち、3人が試験だった。
 臨床に出るための国家試験(医学部4年)、大学院の受験(博士)及び実力テスト(高校1年生)である。

 めいめいが一仕事を終了した後、全体がダラダラ・モードに入り、ゲームとテレビと漫画三昧になっている。
 この連休は、お出かけしなければ、ずっとこのまま終わりそうである。

 このままいくと、来年からの2年間は、家族全員が何らかの学校に籍を置くことになる。
 ちょっと忙しいかも。

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2008年2月 7日 (木)

苦しいときの笑顔・・・

 先日、マラソンで福士選手が、よれよれになり何度か転びながらも、微笑みを絶やさずゴールしたシーンが頭を離れない。

 苦しいときに微笑んでいる人って、本当に辛いんだろうと思う。
 自分自身も辛いときに、苦しい顔をするときもあれば、微笑むときもある。微笑むときの方が実は辛かったりすることを経験的に自覚している。

 福士選手は、多分、トラックで北京オリンピックに出場できるだろう。メディアに出てくる機会もあるだろう。仕事をしている身だから、いちいちテレビとか雑誌をチェックするこは不可能だけれど、あの微笑みの理由を聞いてみたい。

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2008年2月 2日 (土)

一国一票とアウシュビッツとポーランド

 EUに詳しい人から、EUの意思決定における一国一票についての話を聞いた。
 大国は、人口比に従った投票数の配分をすべきだ、と主張しているとのことである。
 これに対し、ボーランドは、「戦時中、ユダヤ人の虐殺等でポーランド人は減った。そういう減った分も投票にカウントすべきだ。」というような主張を行ったそうである。びっくり。

 一方で、ポーランドは、EUの憲法に、「神」という言葉を入れろと主張していた。この神は、もちろんカトリックの神である。これは単純に多くの国々にとって迷惑な主張だったようだ。

 EUを維持していくのって、日本の首相の標語ではないけれど、「寛容と忍耐」が必要なんだろうな、と想像した。

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2008年2月 1日 (金)

特急を止めることのできるケース

 副検事が電車で寝過ごしてしまい、裁判に間に合わなくなるという理由から、特急を本来止まらない駅に止めさせた。JRは「社会通念の範囲」と説明している。
 では、裁判に間に合わなくなる、というのが、副検事でなく弁護士だったらどうだろう。ちょっと微妙な判断になるのではないか。裁判官だったら、副検事よりも、もっと迷うことなく「社会通念の範囲」と言えるかもしれない。うがち過ぎかもしれないけれど。

 もちろん、急病人への対応は十分「社会通念の範囲」に収まっている。
 これまでの新聞報道から察するに、入学試験で新幹線を止めるのは「社会通念の範囲」ということになっているらしい。

 知り合いの運輸業界関係者によると、入学試験で電車等を止めたりパトカーをタクシー代わりに使ったり、その他もろもろの運輸関係の記事に登場する高校生についてみると、ジェンダーの不均衡がみてとれるそうな。わかるような気もする(いいのか?)。

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2008年1月30日 (水)

原油高・・・

 原油高によるガソリン価格上昇は、生活者としては困るけれど、私としては歓迎すべき部分もないではない。

 朝、荷物がたくさんあるときなどは、1時間あまりかけて車で通勤するのだけれど、原油高が言われるようになってから、車が少なくなり通勤時間が平均して10~15分短くなった。自家用車で通勤している他の人たちも同じ印象をもっている。これはありがたい。

 想像するに、1割くらい車が減って、渋滞が解消し、1割くらい時間短縮によってガソリン消費が減る、という状況ではないか。ということは、しめて2割くらいガソリン消費が減る!ってことにならないか?

 ガソリン価格とガソリン消費の関係を調べればいろいろ興味深い結論が導き出せそうな気がする。

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2008年1月29日 (火)

貧乏に対する見解の相違

 私は、「貧乏というのは、本人の努力があっても抜け出せない場合が多く、怠けているというのが根本的な原因ではない。その人たちが受けてきた教育とか取り巻く環境が重要な要因となっている。」となんとなく考えていたけれど、そうでない人が多い、ということに気がついた。そうでない人というのは、「貧乏というのは、本人の努力の不足であり、怠けていることが根本的な原因である。」と考えているらしい。

 「そうでない人」の中には、市場主義者が多いだろうし、きっと平均以上の収入のある家庭出身が多いだろう、とかいろいろ考えた。よくよく観察すると、平均以上の収入のあるサラリーマン家庭の基本的な行動規範に結びついている、とさえ言えそうな気がしてきた。

 もう少し、人の話をしっかり聞く癖があったら、もっと早くこのことに気がついていたに違いない。。。

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2008年1月26日 (土)

水車のある風景・・・

 日本人の原風景には水車がある。風車ではない。

 エコの観点から風車が導入されているけれども、水車の方が効率的である。わざわざダムを作らなくても、川から水を引き込んで電力を発生させることが技術的に十分にできる。

 これが進まない理由は、水利権の問題である。環境のために水車をつくる、という場合にだけこの水利権は守られない、というような法律でもできないかしら、と思う。

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2008年1月17日 (木)

ミッシング・チャプター

 国際行政学がかつてはミッシング・チャプターと言われていた。
 行政学の学者は、主に日本の行政に興味を持つから、ということらしい。

 現在、気になっているのは、「公務員倫理」である。経営倫理やビジネス倫理と違って、公務員倫理はお金にならない。マーケットも小さい。したがって、参入する学者が少ないということなんだろう。

 奇特にも公務員倫理を頑張って研究している先生がいてときどきお話するのだけれど、彼の話を総合すると、「お金にならないけど、勉強になる」ということらしい。誰か手伝ってくれないかな。

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2008年1月15日 (火)

保育園・・・

 子供は二人とも3歳児くらいから保育園のお世話になった。
 愛情深く親よりも忍耐強く接してくれる保母さんには頭が上がらない。ありがたや、ありがたや。

 子供の小学校の運動会を見に来てくれていた保母さんもいる。子供も慕っている。子供が大学に入学するときにでも、再度、保母さんお会いする機会を設けたい。親はともかくとして、「いろんな人に支えられて大きくなったんだよ。」ということをしっかり受け止めてくれる貴重な機会になってくれるように思う。

 ただ、保育園の現状をみると、いろいろ考えさせられる。
 子供を預けて楽をしたいがために、調査期間だけパートに出たり、自営業で雇われていることにしてゼロ歳児から預ける、というパターンが目立つ。また、ゼロ歳児一人あたりに40万円/月くらいかかると聞いたことがあるが、パートに出て、月5万円~10万円くらい稼ぐために、40万円の税金を投入するのはバランスに欠く。それ以上に、育児放棄に近い非常識な親への対応に疲れ果てている保母さんもいる。
 保母さんから、「行き届いたご両親でありがたいです。」と言われて絶句したことがある。なんもしてないのに。。。クレーマー以外は感謝される世の中になってしまったのか。。。

 そんなことがあるものだから、育児手当を10万円くらいにして、かつ、保育園の費用を30万円くらいにしてしまい、さらに、母子家庭の支援を充実させればいいのではないか、と時々考える。

 しかし、現在では、保育サービスの数を充実させ、延長保育なし!という方向に進んでいるようにみえる(少なくとも私の近隣の自治体では。)。必ず5時ないし6時に迎えに来い、というのは、フルタイムで働く人には無理である。ということは、パートの人だけ保育園に預けなさい、と言っていることになる。
 いいのかなあ。。。

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2008年1月14日 (月)

問答無用文化

 仕事とは全く別な場所で、たまたま会合のようなものがあり、そこで飲み会があったりしたとき、参加者の一人と話しになった。公務員はけしからん、と強く考えている人だった。やりとりはこんな風。

「公務員の給与は高すぎる。」
「職種が類似する100人以上くらいの民間企業に合わせているけど、それじゃあまずいのかな?」
「民間は平均400万円くらいだ。公務員は何割も多い。どこか間違っている。」
「平均400万円というのは国税庁の資料であり、それには、パートとか、途中で失業した人も含んだ数字なのでどうしても低くなる。比較すべきでないのでは?」
「そんな理屈は通らない。どこか操作している。」

 これはまだましな方、というのが私の実感である。

 しっかりした理屈を示しても、「問答無用」と批判する人は多くなったような気がする。政治家とかマスコミといった、その職業の性格からして、「言葉」が大変重要な人たちでさえ、「問答無用文化」に染まっていないか。
 そうである以上は、どんなに行政府が知恵を絞っても、シンクタンクが頑張ったとしても、無駄であり、徒労である。
 いいのか?

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2008年1月13日 (日)

イベント!

 年末年始、とっても大きな飲み会の手伝いを2回と、普通の飲み会6回と、ホームパーティーを1回実施した。幹事率100パーセントである。1月12日でとりあえず大きな飲み会は打ち止めになり、ホッとしている。

 自分が幹事をする飲み会以外にほとんど参加しない。
 若い人に幹事を押し付けるのは趣味でない。それに、私が幹事をやると、日程調整などをほとんど行わず、自分で勝手に判断しても、誰も文句を言わない(言えない?)。例えば、「その日都合が悪いので別の日に」なんていう申し出があっても、「じゃ、またね。(来なくていい。)」で済む。つまり、作業が大きく軽減される。

 ただ、「飲み会に誘っても来ない奴」という評価が定着したのか、このところ、全く飲み会の誘いがなくなった(単に嫌われているだけかも。)。寂しいような気もしないではないけれど、楽である。

 一方で、他人が実施する講演会などに出席するのは大好きである。
 私にとっての講演会の楽しみは、「あまり人に知られていないけれどすごい人」の話を聞ける可能性があるところである。知られている人の話は本を読んだほうがしっかりまとまってていい。
 国際協力の話を聞きに行くこともあるけれど、ちょっと嫌だな、と思うのは、組織の宣伝がメインになっているものや、色々な講演会で同じ人が繰り返し出てくることである。このあたり一工夫があっていいような気がしてならない。

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2008年1月 6日 (日)

「偽」

 昨年末、昨年を示す文字を「偽」としたことが話題になった。
 マスコミがことあるごとに「偽」について言及した。一方で、「偽」が、マスコミに向けられている言葉でもありうる、ってことには自覚がないようだ。

 新年早々、マスコミでは深刻なテーマを取り扱っていたりするけれど、テレビの言うことなんか、新聞の書いていることなんか、誰も話半分にしか受取らない。

 これはすなわちマスコミが信頼されていない、時に「偽」そのものであったりする。

 例えば、インフルエンザの特効薬であるタミフルでの異常行動に対し、マスコミは、厚生労働省の対応が慎重すぎると、口汚く罵った。厚生労働省の説明を無視し報道しようとしなかった。この時点で既に「偽」である。
 その後、タミフルと異常行動の因果関係が疫学的にみて「確認できない」(むしろ低い)という調査結果が出た。謝るどころか、皮肉たっぷりのコメントをしたりする。ここで見られるような正当でない自己正当化も「偽」である。

 こういう話には枚挙に暇がない。どこかで止めてほしい。

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2008年1月 2日 (水)

エコ:一戸建てよりマンション!

 一戸建てでエコを強調するPRを立て続けにみた。なになに、CO2を20パーセント削減する、ということを売りにしている。

 こういうPRを見ると突っ込みを入れたくなる。そんなにエコを気にするんだったら、マンションにすれば?と思う。冷暖房効率をはじめとして、一戸建てに比べたらはるかにエコにいい。

 「エコのためにマンションに住もう」キャンペーンを誰か実施しないかなあ、と思う。

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2007年12月 3日 (月)

そんなの関係ねぇ!

 7歳の子供が、振り付きで、「そんなの関係ねぇ!」などとやっている。「こじまよしお」という海パン姿で出ている芸人のマネである。
 去年のこの頃は、「フォー!」なんて叫んでいた(もちろん振り付き。)。

 家人に「こじまよしおって、来年、いないだろうねえ。」と言ったら、子供が「こじまよしお、いなくなるの?」とのこと。意味が違う。

 で、子供に「去年、フォー!ってやってたでしょ?あの人どうしている?」と聞いたら、「フォー!って何?」だと。しつこく食い下がってみたものの、本当に覚えていないらしい。
 子供って残酷!

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倫理観・・・2

 昔は幽霊がいた。
 人を殺めたりしようものなら、夜ごとに化けて出た。

 悲惨な殺人事件を見るにつけ、幽霊を信じる人が少なくなったのかも、と思う。特に、子供って、幽霊を信じやすいと思うのだけれど、それがもしかしたら抑止力になっていたのかも、とか。

 神様も仏様も幽霊(様?)もいなくなった。
 これって、進歩なんだろうけれども、何か釈然としない。

 ハヴェルのいうような、自分という奇跡、存在という奇跡への畏敬といった感情に接続できたらいいのに、と思ったりもするけれども。

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2007年12月 2日 (日)

倫理観・・・

 子供の頃、祖母にしかられるとき、仏壇の前に連れて行かれていかれた。これって、私の世代でも相当の地方出身者でないと経験していないことだと思う。
 ついでに、友人のうちに呼ばれて、すき焼きを食べるとき、神棚に紙を張って、四本足の獣を食べている姿を神様に見せないようにしていた。

 仏壇もないし神棚もない状況というのは、人々の倫理観に影響を及ぼしているように思う。仏の目も神の目もなくしてしまったら、残るのは人の目で、人の目ばかり気にする形での倫理観しか残らない。

 「空気を読め」なんて言葉が流行るのと関係しているように思う。「関係ねえ!」という流行り言葉も人の目をすごく気にしている裏返しだろうし。いずれにせよ、人の目による倫理観って簡単に破られる。

 この気持ち悪さって、なんとかならないか。 

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2007年12月 1日 (土)

ミシュラン・・・

 いきつけの料亭がミシュランのランクに入っていた。。。
 若女将と一緒に仕事をしていたことがあり、お父様お母様とも仲良くさせていただいていて、一時帰国中の友達を連れて行くのにとってもいいところだったのに。。。
 やれやれ。

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2007年11月 3日 (土)

スーパーマンはいなくなった?

 かつて(20年以上前か?)、スーパーマンって映画とかテレビがあり、結構流行った、大変人気があった。地球の自転を止めて逆回しするくらい力があった。

 その頃、「そんな力があるんだったら、どうして戦争を止めないの?飢えている人を助けないの?変だ変だ変だ。」と言ったりして、友達に煙たがられていた。
 幼児向けヒーロー物で、世界侵略をたくらむ悪の組織が、幼稚園のバスを乗っ取って園児を人質に取るくらい変だ。幼稚園のバスを乗っ取っても世界は侵略できない。

 このところ、スーパーマン、もしくは、それに類するものをみない。スパイダーマンは、確かにすごい能力を持っているけれど、戦争を止めるような力はないし、貧困を解決する力もない。

 イラク戦争とか、そういう情報がたくさん入るようになってきて、スーパーマンが生きていける場所がなくなったのかも。

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2007年10月27日 (土)

オタク

 高校生の息子が急に、「Gペン」が欲しい、といい始めた。Gペンは漫画を書くペンである。そういや、いつもイラストを描いて遊んでいる。
 早速世界堂に買いに行った。ついつい、画材についての説明をしてしまった(昔取ったなんとやら。)。ついつい、いろんな画材を買ってしまった。

 中間試験も終わったし、試験結果が不振につき、ゲームを禁止していて、「あと2ヶ月は、アニメとイラストを描いて過ごすことにした」だと。延々とゲームをするよりもマシだけど、ちょっと心配である。

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2007年10月20日 (土)

イラク・・・

 ここ2,3日、イラクが気になる。
 構図がわかりやすいために、余計気になる。

 相変わらず南部は混乱状態の上、クルド人地域についても、トルコの動き次第でどうなるかわからない。
 米国の支援を受けているクルド自治政府は、自治政府での抗争を回避するため、クルド人過激派によるトルコ国内でのテロに対し何も手を下さない(結果として容認している。)。死者が100人を超えているトルコの世論は盛り上がり、トルコの国会が、クルド人過激派によるトルコ国内のテロ抑止を理由として、軍に対しイラクへの侵攻許可を出した(理由が明確なのでトルコを非難する気になれない。)。
 一方、米国にとってトルコは、基地や補給ルートを提供するなどイラク占領のために必須の存在である。しかし、その米国の議会の委員会でトルコによる第一次世界大戦中のアルメニア人虐殺に対する非難決議を持ち出している。このため、トルコで反米感情が盛り上がり、クルド自治政府を大切にしている米国に対する配慮がなくなりつつある。どうも米国議会は本会議採択を回避する様子。回避するくらいなら最初から出すなよ・・・あと、米国については、非難決議を行う資格の有無につき疑義が相当にあるし・・・。)。
 シーア派やスンニ派の地域は混乱中だけれど、クルド人地域はまあ治安も安定しているのに、トルコの侵攻でクルド地域まで混乱してしまったら・・・。イラクは国土全体が混乱状態になり、もう収拾がつかなくなってしまう・・・。イランなど周辺諸国だってのんびりしていられなくなるかもしれない。
 トルコが侵攻しなくても、トルコが国境を封鎖しただけで米軍に物資が届かなくなり米国による占領の遂行もままならなくなる(まさかシリアやイランからは入るまい。ヨルダンも無理だろう。)。

 つくづく、米国ってどうして侵攻したんだろう・・・って気がしてくる。現時点で、名誉ある撤退を目指しているのかもしれないけれど、それさえ無理な話になっているのではないか。理由なく失敗国家をひとつ作って「さようなら」というのはひどすぎる。

 以上はCNNのサイトを見た結果としての私の理解だけれど、日本のマスメディアの情報からは、何がなんだかわからない。
 国会で「給油した・しない」って話をするのも別にいいけれど、それよりも対中東政策も真面目に議論して欲しい。国会などでの議論がないと、これまでのマンデートの範囲内で、外務省だけで決められることしかできない。例えば、積極的に事態を沈静化させるような関与はできない。これは、日本の国益だけでなく、世界的な公益を損なう。また、日本への期待を裏切ることになる(期待なんてされていない?)。
 いずれにせよ、日本のマスメディアの中東情勢の報道の質の低さが、国会の議論の質を損なっているような気がしてならない。

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2007年10月15日 (月)

森田実・・・

 今朝、J-WAVEを聴いていたら、政治評論家の森田実氏が短いながらも出演していた。
 いつもどおり、政治家の資質、平和主義・経済重視路線を説いていた。

 電通批判をしたとかで、しばらくテレビなどのメディアから遠ざかっていたらしいけれど、復活の兆しがあるようだ。

 かれこれ10年以上前、森田氏に直接バイでお会いしいろいろお話を聞く機会があった。その際、森田氏は、「特定の派閥の批判を行ったため、様々な脅迫を受けた。新聞の取材もなくなった。暗い人たちがいるものだ。」とお話してくれた。ただし、「新聞とは違い、テレビは上層部の意志が現場で尊重されたないため、かえって出演依頼は増えた。」とのことだった。
 社の方針が現場に徹底できない、というところに、マスメディアたるテレビの長所があるのかもしれない、とそのときは思ったのだけれど・・・。

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2007年9月12日 (水)

利賀村(5) 散居

 利賀村の麓に広がる砺波平野のキャッチフレーズの一つが、「散居」である。
 屋敷森に囲まれた家屋が水田が広がる平野に点在している。

 これって、国土の効率的利用からすると、とっても非効率である。水道・電気・ガスなど、一つの家のために必要なインフラが多くなってしまう。このことで環境負荷も高くなってしまう。

 欧米では用地規制が日本より厳しいようだ。多くの場合、住宅がない地域に新たに建物を建てようとすると、「電気、水道、ガスなどは、自分で引け!」ということになる。城塞型の都市として発展してきた歴史的背景があるものと考えられる。

 国土交通省も、「コンパクト・シティ」を指向している。車の利用が必要ないような生活スタイルを実現できるような都市計画を指向している。環境面からみても、それがいいと思われる。

 自民党のある議員が、選挙区内にある、数戸しかない集落について、「これからは、そういったところまで面倒をみることができなくなる。移住してもらうことが適当」といった趣旨のことを発言していた。自民党の議員とは思えないような思い切ったことを言っている、と思ったのだけれど、あまり議論にならなかったのは、個人的には残念である。
 残すのか残さないのか、つまり、支援を続けるのかやめるのか、国や地方自治体の意志をある程度はっきり示した方がいいと思う。どっちつかずのまま、放っておかれるのは、いいことではなかろう。

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2007年8月 6日 (月)

ヤマト

 後輩のうちに行ったら、子供が後輩所有の「機動戦士ガンダム」のビデオににはまり、友人宅にお世話になった際には、「宇宙戦艦ヤマト」にはまった。
 このところ、この二つのアニメを中心とした名セリフを言い合って遊んでいる。
 「坊やだからさ」とか、「地球か、何もかも・・・」とか。
 7歳の子供に最も受けたのが、宇宙戦艦ヤマトに出てくるデスラー総統の「ヒス君、君は馬鹿かね」だった。

 この7歳が「もえあがれー、もえあがれー、もえあがれー、がんだむー」と歌っていたところ、ちょっと意地悪がしたくなり、「ガンダムが燃え上がったら、戦えなくなるじゃん」と突っ込んでみた。そうしたら、次のような返事が。

 「歌のことでそんなことを言うのはだめ。『君は馬鹿かね』」

 やられた。

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2007年8月 5日 (日)

地域開発・・・

 与論島は、沖縄返還前には最南端の島として観光ブームに沸いていた。今では見る影もない。
 どうみても観光で生きていく島だと思う。補助金たっぷりの第一次産業を主要産業と位置づける役場的マインドが理解できない。

 与論には、プリシアというリゾートがあって、そこが独り勝ちしているようにみえる。空港に近く、プライベートビーチもあり、施設内でのんびり過ごすことができる。要するに、プリシアは格安のツアーパックを組み観光客を囲い込むことで収益を上げようとしているようだ。折角、与論まで来て、プリシアの中で過ごすのは、とてももったいない、と思う。そんなことをしていると、リピータが少なくなり、先細りをしてしまうのではないか。

 一方、与論ファンは、「ビレッジ」をはじめとする旅館や民宿に宿泊する。格安ツアーでプリシアに宿泊し、さまざまな活動をプリシア以外で行う場合もある。こうした人たちは、現在の与論を満喫しているので、与論に多くの観光客が来ないほうがむしろいい、と考えがちである。確かに与論では観光客が少ないので、美しい砂浜を独占するという得がたい経験ができる。

 補助金・公共事業は先細りが見込まれる。それらにぶら下がっているくらいなら、折角の観光資源を活用するのがよかろうかと思う。

 「ビレッジ」を中心として与論を舞台にした映画「めがね」(小林聡美主演、かもめ食堂の続編、のようなもの)が9月下旬に上映される。与論としてもっと売り出せばいいのに、与論島内でみかけたポスターは6日間の滞在で二つだけ。地域振興をしている人は「盛り上がら無さ」にため息をついていたりする。この脱力感も与論の魅力といえばそうなのだけれど。

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2007年8月 3日 (金)

地域通貨・・・

 5泊6日の離島滞在をしてきた。
 移住した高校時代からの友人Yと奥様のお世話になった。これで4回目の滞在だけれど、Yの離島コミュニティへの根の張り方は半端ではなかった。仕事もそこそこ順調だし、それ以上に多くの人に愛されている。

 この島には、地域通貨なるものはないけれど、Y夫婦の積み立てた「地域通貨のようなもの」を費消しに行ったようなものだった・・・。Yは、「それくらいじゃあ、全然なくならん」(注:広島弁)と言っているけれど・・・。

 例えば、こういう風である。
 ビーチに行く。カヤックを借りて海に出る。そうしたら、担当のお兄さんが、ビーチで遊んでいるはずの6歳の息子を連れて別のカヤックで沖に出て子供にいろいろ見せてくれている。さらに、お願いしていないのに、15歳と6歳の息子をモーターボートに乗せて珊瑚礁を見せに行ってくれた。その後、結局、家族全員でモーターボートに乗せてもらい、ベタ凪の沖にでて、スキンダイビングを楽しんだ。
 カヤックを借りただけのはずなのに・・・。「いつもYさんにはお世話になってますので」ということなのだけれど。

 16歳の息子は、「来年も地域通貨を使いに来るね」なんて失礼なことを言っていた。いいのかな・・・。

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2007年7月31日 (火)

のんびり

朝起きて、ホテルで朝御飯。友達が車で迎え。カヌーに子供と乗り、カヤックを楽しんだ。友達の友達にモーターボートに乗せてもらい、リーフの外でべた凪ぎのなか家族揃ってなんちゃってスキンダイビング。十五メートルの水深に沈められた五メートルくらいモニュメントに必死にタッチ。衰えたもんだ。昼は友達のうちで奥様の作ってくれたご飯。食材は友達の友達が釣ったマグロ。疲れたのでみんなで昼寝がてらみんなで宇宙戦艦ヤマトのビデオを観る。夕飯はギリシア料理のあとみんなでカラオケ。

台風が来て、帰れなくなったらいいのに。

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2007年7月27日 (金)

仮言命法???

 パートナーと話していると、「Aをしたら、Bしてくれる?」「Cをしたら、Dになれるよね。」といった形で、私に要求をしてきたり、同意を求めたりする。
 これ自体、特に問題があるわけではない。
 このような問いかけに対して、私は、「Bをしようがすまいが、Aはすべき」「Dになろうがなるまいが、Cはすべき」というような返答をしている自分に気がつくことがある。
 最近、もろもろの事情により、そういう会話が増えてしまっているのだけれど、これって、カントのいうところの、仮言命法と定言命法の違い(争い?)ではないか、という気がしてきた。考えすぎだ、と言われそうだけれども。
 いずれにせよ、こういう争いって、永遠に終わらないような気がする。

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2007年7月 1日 (日)

ボクシング・・・

 ボクシングを見るのが好きである。
 ボクシング好きと会うととっても話が盛り上がったりする。かれこれ10年ほど前、元世銀の駐日副代表とは、英語が不得意な私とボクシング談義で盛り上がってしまったこともある。

 元ボクシング・世界チャンプの渡辺二郎が、羽賀健二と余計なことをやって逮捕された。これまでにも実刑判決を受けたりして、性質が悪い。

 渡辺二郎は、誰もが認める大選手、名選手である。テレビでも何度か試合を見た。
 一度、相手はうろ覚えなのだけれど、途中から一方的な試合で、渡辺二郎に連打を浴び倒れ、フラフラと立ち上がり、意識朦朧とし、まともにファイティングポーズも取れていないところに、ありえないくらい大振りのフックを食らわせて倒したのを見てしまった。そこまでしなくてもいいのに!と背筋が寒くなった。
 ファイトを再開させたレフリーも問題だし、止めなかったセコンドも問題だと思うけれど、ガードもできない相手を力任せにぶん殴ることは許されることなのだろうか・・・。
 試合終了後、渡辺二郎自身は、体力が残っていため、嬉しそうに長いインタビューに応じていた。

 今回の逮捕との関係を云々するつもりはないけれど、いろいろ考えた。

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2007年4月27日 (金)

新人類・・・

 かれこれ20年近く前、「新人類」という言葉が流行っていた。職場でも、私は「(まさに)新人類」と言われていたと記憶している。
 10年程前、「ようようは帰国(子女)でしょ?」などと言われていた。
 そして現在、職場で「中身、ガイジン(外人)だよね。」などと言われてしまっている。

 要するに、20年近く前、「新人類」と言われていたのは間違いで、単なる変わり者だったらしいことが分かってきた。。。

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2007年2月14日 (水)

山が好き(2)

 実家に帰ると山を散歩する。
 秋に行くと、場所によりマツタケがたくさんあった。どこにマツタケがあるかは、いつも歩いていたので知っていた。でも土地の人は慌てて全部採る、なんてことをはしない。私ももちろんしない。
 これ以上待ったら食べておいしくない、ギリギリOK!というマツタケをとって、これから、というのをぐっと我慢して残す、という麗しい行動が共有されていた。
 要するに、5000円くらいするマツタケを目の前にしながら、次の人のために残しているわけである。もっと言えば、来年のために残しているわけである。
 しかし、そういう美風が失われたこともあってか、今や近所の山の何処を探してもマツタケなんぞは見つからなくなってしまった。

 考えてみると、「5000円くらいする」という感覚は、大学進学のため東京に出てきてから知ったことで、当時は、ただただ、マツタケをコミュニティで共有する、という当たり前の感覚があっただけだった。
 5000円なんていう、お金に換算したとたん、行動が変容するように思えるのは、あまり嬉しいことではないな、と思う。

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2007年2月11日 (日)

山が好き

 海に山が迫っているような土地で育った。
 漁民と農民が同じ町にいるようなイメージである。地域の人たちの気質の違いがあった。それが大変興味深かった。

 それはともかく、いつも一人だったので、小学校のときなど、学校が終わったら、よく山を歩いた。尾根にある切り立った岩の上に立ち、海を眺めるのが好きだった。
 雨が降った2、3日後、普段は枯れた沢伝いに小さな川が流れていたりした。雨が降っているときは濁っているけれど、2,3日経つと透明な水になっている。さらに2,3日経つとまた枯れた沢に戻る。また、急に出来た川は小さくても、枯れ葉を叩いているようで、せせらぎの音が比較的大きかったりした。
 そういうことをそれとはなく観察していた。いろいろ表情を変えていく山が好きだった。

 ある夏、家族3人で磐梯山のふもとに行ったことがある。5日ほどの滞在だった。
 家族には黙っていたけれど、磐梯山に登るつもりだった。天気図をじっくり見たりいろいろ調べるだけ調べた。雨も降らない、気温も十分、夕立もにわか雨も来ない、と確信できた日に、「散歩程度で山頂までいけるよ」と家族を騙して登った。
 Tシャツにジーンズ、スニーカーをはいて、飲み物とチョコレートをサックに詰めて登った。途中で、パートナーがどうもおかしいことに気がついた。自分たちを除いてハイカーたちはそれなりの装備をしている。「いやいや、みんな大げさなんだよ」と冗談を言いながら、重装備な人たちをスイスイ追い抜いて登った。小学校2年生だった子どもは、山登りがとても楽しそうで、パートナーも引き返す!とは言えなかった。
 山頂に着き、一息ついたら、とっとと下山した。あまりに軽い装備だし、降りる人たちが増える前に降りたかった。

 結局、パートナーはかなりオカンムリだった。騙されて登ったわけだし、やっぱ体力的にきつかったからである。「二度と一緒に山に登らない」と宣告されてしまった。
 一方、子どもは大喜びだった。関係あるかどうかは別にして、中学進学後、しばらく登山をしていた。
 現在は、6歳の子どもがいるので、なかなか登山もできない。
 となると、夏を山で過ごす、ということに賛同を得られるわけもなく、結局、海でチャプチャプ、ということになる。昨夏、中学生の子どもに初めてスキューバダイビングをさせたのだけれど、そのこともあってか、今では、唯一の味方になってくれそうだった中学生の子どもも「夏は海!」と決めているようである。うーむ。

 山の楽しみは、一人の時間がそれなりにとれる時が来るまで、楽しみに取っておくしかなさそうである。少し残念かも。


※「海が好き」と書いていた友人がいたので、対照的なところを狙いました。。。

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2007年1月15日 (月)

犬のおまわりさん

 日本の歌百選が発表された。絞りきれず101曲になっていた。知っている曲がやっぱり多い。
 この百選、歌にまつわるエピソードの募集もしていた。リストをみていたら、「犬のおまわりさん」もしっかり載っていたのだけれど、そういえば、この歌に関わる思い出がある。

 幼稚園の年長組だったころ、家族で買い物に行き、スーパーではぐれ、警察に保護された。交番で、おまわりさんに、名前を聞かれて、「なまえーを聞いてもわからない」と答え、住所を聞かれ、「おうちーを聞いてもわからない」と答えてしまい、ついつい意地になって名前も住所も言わずにいてしまった。しかし、不安になりはじめ、わあわあ泣き始めたのだけれど、拳銃が目に止まり、拳銃に触らせてもらったときには、泣きやんだものだから、困ったおまわりさんは、安全を確認して、フォルダー(?)から拳銃を抜き、持たせてくれた。
 ほどなくして母親がやってきた。私はすこぶる上機嫌に拳銃で遊んでいた。母親は、おまわりさんに「もうすぐ小学生なんだから、名前と住所くらい言えるようにしておいてください」と叱られていた。こういう子供をもつと、親は苦労する。

 ついでに、そのおまわりさんは、拳銃を触らせてくれたけれど、仮に現在、それをやったとしたら、懲戒処分を受けるだろうな。

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2006年12月24日 (日)

平和・・・

 世紀末の(思想業界の)大騒ぎは、もともとは19世紀末頃のお話で、その悪乗りが20世紀末まで続いていた、なんてものだった。
 それはともかく、世紀末の大騒ぎの頃、立憲主義の退屈さをインテリが批判していたりした。安定した国家の運営は面白くない、と。
 そうしたら、20世紀前半は、退屈な方がずっといい、と思わざるを得ないような悲惨な紛争が、これでもかこれでもか、と続いた。
 さすがにそれにインテリも懲りている。

 それはさておき、ちょっと左なオピニオン雑誌に、チャンスをほとんど与えられないままいわゆる「下流」に叩き落されているような人の話が出ていた。彼にとっては「このような平和だったら、戦争の方がまし」という話だったのだけれど、妙な説得力があった。

 このような平和を望まない人が、もしかしたら、この社会に増えているのかもしれない、なんて考えた。

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2006年12月14日 (木)

スピリチュアル

 スピリチュアルといわれる事柄にほとんど興味はない。日本だと、「霊との交信」、アメリカだと、「聖霊の声」なんてことになるんだろうけれど、地上を超えた夢はみないことにしている。
 ただ、数学者・哲学者のパスカルとか、実証社会学のコントとかも、晩年はスピリチュアルな世界に大きな興味をもったとのことである。「7つの習慣」というベストセラーのリーダーシップ論を書いた人も、スピリチュアルなリーダーシップを語り始めていたりするそうだ。
 世間には、安易にスピリチュアルに行く人と、考えに考えた末に行く人がいるらしい。うーむ。

 さて、危険なところ(スピリチュアルなところ)を通過するような話になるけれど、私には、極めて単純なストレス解消法がある。それは、「自分であること」「存在」とかの不思議さを思い起こすことである。手順は次のようなものである。

 例えば子供の時にみた大阪平野に沈んでいく大きな夕日を思い出す。そのとき、感じていた「自分であること」「存在すること」の不思議さを思い出す。そうすると、えもいわれぬような気持ちがわき起こる。しばらくその気持ちを感じるままにしておく。

 これだけである。フックはいくつかあって、「大阪平野に沈んでいく大きな夕日」の他、「宇宙の果て」「石川啄木や和泉式部の短歌」などがある。
 そうすると、目の前の問題とかストレスなどを客観的に、又は、新鮮に見直すことができるような気がしている。くよくよしている気持ちが緩和されたりする。いずれにせよ、気持ちはスッキリする。

 これって、霊とか聖霊とかの存在を信じる必要がないけれど、「スピリチュアル」といえば「スピリチュアル」なのかもしれない。
 ただ、以前、これを人に話したら、変態扱いされた。世間の人たちは、私にアレルギーを感じても、霊とか聖霊の方にアレルギーを感じないのかもしれない。うーむ。

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2006年11月21日 (火)

聖戦とビザンツ帝国

 聖戦といえば、十字軍とジハードが思い浮かぶ(かつての日本軍の軍事行動についてはとりあえず横に置いておく。)。
 十字軍は、教会に意思により派遣された。「神はそれをお望みになる」と教皇が言ったとされる。
 一方、イスラム教では、ジハードで亡くなった者は、殉教者とされ、天国に召され、美女に奉仕される、とされている。

 さて、十字軍の頃、西ヨーロッパとアラブという、「聖戦」の考えをもつ地域の間に、ビザンツ帝国は置かれていた。しかし、ビザンツ帝国は、「聖戦」の考え方をもたなかったとされている。ローマ教会と違い、ビザンツ皇帝の要請に対して、教会は、戦功を上げたり戦死した人たちに対して、「贖罪」を認めるといった、宗教的な支援を断った。

 それにしても、それでよくまあ1000年ももったな、と思う。「戦争=英雄の活躍」というような戦争観がなかったことが国家(又は文明)の存続のために、かえって役に立った例といえるかもしれない。

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2006年11月17日 (金)

自国の歴史・・・

 日本人にとって日本の歴史は、日本列島がどのように出来て、縄文時代があって弥生時代があって、現代に至る、というように捉えられるものである。

 一方で、トルコ人の捉え方は違うらしい。
 ローマ帝国、ビザンツ帝国、オスマントルコというような流れではなく、中央アジアからイラクを経由して小アジアに来て現在に至る、というものであるそうだ。

 日本では、「土地とそこに住む人」の歴史で足りるのだけれど、トルコでは「土地」と「民族」のそれぞれの歴史が分離していて、現時点では、民族の歴史を優先的に取り扱っているということだろう。

 EUに入るってことを考えたら、ビザンツ帝国の後継者(のつもり)を演出すればいいのかな、なんて失礼なことを考えた。かといって、国民の意識をそのように変えようとすれば、本末転倒だろう。
 遠い国の歴史観とはいえ、なんとなく気になったりする。

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2006年11月10日 (金)

帰省した(高齢者の旅行)

 先日、「帰省する」と実家に電話をかけた。その二日後、再度到着時間について知らせるために電話をかけたら、不在だった。翌日、翌々日、朝昼晩に電話してもいなかった。「もしや・・・」と心配になってきたので、親戚に電話した。そうしたら夫婦で「タイにいっとるよ。」とのことだった。
 バカヤロー。2日前に電話したんだから、海外旅行するんなら、教えてくれてもいいじゃないか。怒っても仕方がないので、あきらめた。
 しかし、ただでさえ、オヤジは健康状態がよくない。いざというときのために、スケジュールくらいは教えておいてほしい。。。旅慣れしている母がいるので大丈夫だとは思うけれども。
 帰省して土産話を聞いてみると、タイ9日間、食事つきで、7万円前後のツアーがあるそうだ。この安さはなんなんだろう。これにびっくりした。ツアー参加者も、のんびり老後を楽しんでいる人たちばかりだったそうだ。年金でつましく生活している人たちでも海外旅行を年に何回も楽しめるというのは、大変素晴らしい。
 30年後も同じように日本の経済は強くて、円高なのだろうか。年金も大丈夫だろうか。あまり明るい未来を想像できない。

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2006年10月16日 (月)

新古典派への違和感

 新古典派経済学があまり好きになれない。
 市場を重視しすぎる、哲学的思考の跡があまりみられず人間を単純化しすぎている、人間の自発的善意などを考慮に入れていない、などなどが理由である。
 ある経済・財政学者は、「新古典派経済学は、人間を経済人として捉えているが、多くの場合、人間は経済人でないといけないかのような転倒をした考えをもっている。」とし、それらを「俗流経済学者」と厳しく批判している。理論を組み立てるための「手段」が、「目的」そのものに転化する、という悪弊がここでもみられる。
 私としては、「俗流経済学者」も問題だと思うけれども、彼らに影響され、「盲目的に市場主義を信仰している人」をなんとかしてほしい。
 ここでは、新古典派経済学に対するスタンダードな批判ではなく、私の感じる違和感を書いてみたい。
 新古典派経済学は市場重視の立場をとる。市場では、能力や偶然により、強者と弱者を生む。したがって、新古典派経済学は、能力や偶然により、強者と弱者を生む社会を良いと考えていることになる。
 そういう批判を受けた新古典派経済学信奉者は、「セーフティネットの充実」といって批判をかわそうとする。しかし、サッチャリズムの成り行きなどを考えると、新古典派経済学信奉者の側からの「セーフティーネットの充実」なんていう主張は白々しい。
 「ハードワーク」という本のなかで、ポリー・トインビーはは、イギリス社会は弱者は弱者のまま階層固定するようなシステムを作り上げてしまったという説得力のある主張を展開している。日本になぞらえると、サッチャーが徳川家康よろしく「生かさず殺さず」の階層を作り出してしまった、ということになろう(小さな政府といいつつ、サッチャーは、金持ち減税、貧乏人増税、全体としてイーブン、なんていうこをとやっていて、結果的には小さな政府にしたわけではない。)。
 社会福祉政策について、「イギリスはセーフティーネットで、北欧諸国はトランポリン」というような言い方がなされる。これは、新古典派経済学による経済政策を採るか否かの違いを上手に言い当てているように思う。北欧諸国は、できるだけ弱者を生まないよう工夫しつつ、努力次第で階層上昇の機会を与える社会を構築しようと努力している。
 ここで言いたいのは、「セーフティネット」だけでなく、「トランポリン」という選択肢もあることを知っておくべき、ということである。かつて日本の新古典派信奉者は、「北欧は税金が高く経済活動が沈滞している」という主張を展開し、北欧風の「トランポリン」という選択肢を結果的に否定してきた。世界経済フォーラムの報告書などでイギリスよりも北欧の方が競争力が高いとされるところをみると、「北欧は税金が高く経済活動が沈滞している」という主張はすでに棄却されているといっていい。
 しつこいようだけれど、新古典派優勢の状況の中で、「トランポリン」という考え方がかき消されていることを懸念している。
 話は変わる。
 ダーウィンやスペンサーは、淘汰とか適者生存というような考え方を示しているけれど、多くの人たちが、この考え方を「進歩のためには競争こそが重要だ」という主張として理解しているようにみえる。これは誤解を含んでいるだろう。ダーウィンもスペンサーも、競争が種そのものを滅ぼすことへの懸念を示している。
 要するに言いたいのは、「市場主義」は「競争の重視」であるけれど、競争が進歩を生むという考えは、公理ではなくて、一つのイデオロギーに過ぎない、ということである。
 誤解を避けるために補足してみたい。たとえば、家族という共同体に市場主義を適用すると、何もできない赤ん坊は死んでしまうわけで、その共同体はすぐに破綻することくらいは誰でも納得してくれると思う。貨幣経済を想定するとよりわかりやすいだろう。こう考えていくと、一般に共同体に市場主義の適用は適さないといえそうである。市場主義のイデオロギーからは、どこまでを共同体と考え市場主義を適用することをやめておくべきか、という議論が出てきにくい。
 新古典派経済学信奉者に限らず、「市場主義は一つのイデオロギーである」ということに対して自覚的になるべきだ、と思う。
 またまた話は変わる。
 マネジメントについて、成果主義が流行している。成果主義に対して真っ向から反対する論者も多いし、成果主義の失敗も多い。要するに、成果主義も運用次第である。成果主義を導入するにせよ、しないにせよ、良い経営者は、マネジメントに関してものすごく気を使う。そうでないと、早晩退場の憂き目に遭う。
 一方で、国家の経済政策で成果主義を当てはめるとすると、市場主義ということになるが、企業経営において、成果主義は万能薬でないことを思い知っているにもかかわらず、より複雑な国家の運営において、市場主義を万能薬のようにとらえるような論調になることには違和感がある。
 イギリスの地下鉄の初乗り料金が600円になるそうである。市場主義に基づく民営化の失敗例だろう。そろそろ新古典派経済学に依拠した経済政策を実施した国の成功例だけでなく、失敗例にも学んではどうかと思う。
 またまたまた話は変わる。
 ジョン・ロールズは、「能力は偶然に与えられたものであるから、個人のものでなく社会の共有財産である」という趣旨の主張をしている。「弱者への共感」を意識した考え方である。この考え方に惹かれる人も多いと思いたい。
 一方、新古典派に先立つ古典派の始祖アダム・スミスは、経済人としての人間と他人(弱者を含む)との共感をもつ存在としての人間の両方を想定した(ご存知のとおり、アダム・スミスは倫理学者である。)。
 新古典派経済学は、ロールズとは対照的に「能力の『私的』使用」を理論の基礎としているといえるし、アダムスミスの2つの想定のち、一つのみを取り上げている(アダムスミスの継承者として新「古典派」を名乗るのは、アダム・スミスへの裏切りではないか?)。
 「「能力の私的使用」は、弱者への視線を忘れないと成り立たない」ということに自覚的になるべきだと思う。新古典派経済学は、「「能力の私的使用」を通じて、社会全体の厚生が高まる」と主張し、「弱者への視線」を忘れてもいいよ、と美しいモデルで説明する。アメリカ、イギリスの状況をみるにつけ、この新古典派の中心的主張に対しても大いに疑念がある。
 いずれにせよ、弱者への共感が忘れられ、弱者が切り捨てられると、社会の紐帯が切れていき、民主主義国家を運営していくことが困難になるだろう。民主主義国家の運営が困難になると、市場そのものを機能させることも困難になってしまうかもしれない。
 「風が吹くと桶屋が儲かる」式の説明になってしまうけれど、「新古典派のような市場主義は、行き過ぎると市場の存立要件を壊してしまう」と私は心配している。
 以上、いきつもどりつ違和感について書いてみた。
 こういう心配していると身が持たないので、考えないようにしているのだけれど、電車の中で疲れたサラリーマンのおじさん(自分もそうだが)を見ているとついつい思考にスイッチが入ってしまう。病気だろうか?

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2006年10月 2日 (月)

知識人・・・

 10年ほど前、ひょんなことから知己を得た国際政治学者から、直接教えを乞うたことがある。
 初めてお会いしたときは、ぽっちゃり型の体型だったのだけれど、最後にお会いしたときは、「激ヤセ」していた。
 「教えを乞うた」といっても、国際政治だけというわけではなかった。

 「子供は持った方が良いですよ。一人よりも二人くらいは。しっかり夫婦で協力して育ててください。」
 「奥様も優秀でしょうから、苦労はあると思いますが、仕事をするのがいいでしょう。しっかりサポートしてあげてください。」
 「理念とか理想を大事にしてください。まっとうな理念・理想を もてるような人になってください。」

 誠実なお人柄もあって、真面目に聞いていたけれど、どうして私ごときに話すのか、少し違和感がないでもなかった。それからしばらくして、訃報を聞くことになってしまった。それもあり、ほとんど考えたことのない「まっとうな理念・理想」という言葉が、しばらくの間、頭の中をグルグル回った。また、それ以降も、なんらかのきっかけが与えられたときなど、頭の中をグルグル回る。
 グルグル回るきっかけは、直接お話してもらったことに関係する事柄 、すなわち、沖縄基地問題だったり、「危機の二十年」だったり、「とうしょうへい」だったり、「スーザン・ストレンジ」だったり。そのたび、「理念とか理想をあまり大事にしてないな」って気持ちになってしまう。

 話が変わるけれど、元官僚で位を極めた、現大学教授とお話することがある。もともと、私よりもパートナーの方がよく知っている方なんだけれど。
 官僚として経験したことを、アカデミズムに耐えるような形にまとめ、平易な文章でもって、日本のみならず外国にも発信するよう努めている。日本における政策の議論のされ方に、危機感を抱いている様子が見て取れる。
 この方もとても誠実な人柄で、「よくまあ、霞ヶ関でトップまで上り詰めたなあ」と思ったりもする。
 いろいろ教えを垂れてくれるのだけれど、その一つ一つに見識が詰まっている。具体的な話よりも、堅実にものを考える態度、ということの重要さを教えてくれる。

 お二人をみて、いろいろ考える。誠実に思考を積み重ね、その結果、世間一般に受け入れられやすい考え方からかなり遠くまで来ている(いた)ところが共通している。また、そういう考え方、態度なりを若い人に伝えたい、という気持ちを強く持っている、ということも共通しているだろう。私がその一つの受け皿として適当かどうかは、とても心許ないけれども。

 そう、サイードとかソンタグを念頭に置いたりすると、知識人って、世論や学会その他との関係で、「迎合」か「孤立」か、というようなギリギリのところに立たされている人だと思う。その基準でみて、件のお二人は、まごうことなく、知識人だと思う。
 逆に、日本に、知識人といえる人が、しっかり存在しているだろうか、と考えたりもする。なんとかならないか。

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2006年9月30日 (土)

ビョーキ

 女子高生のスカートの中を鏡で覗いたとかで逮捕され、さらに、触ったとかで逮捕された有名な大学の先生がいる。
 これって、衝動を抑えられない、という病気だと思う。
 自分がそういう病気でなくてよかった、という感慨をもつ。
 フーコーの伝記なんかを読んでいても、実際に問題を起こさないまでも、自分の欲望のために激しい自己嫌悪に陥る場面が出てくる。
 病気なら病気として扱うべきで、犯罪として扱うのが適当かどうか議論の余地があっていいのではないかと思う。

 私は今のところ大丈夫だけれど、これからこの病気を、絶対発病しないとはいえないと思う。仮に発病し、かつ、病識があったら、お酒をやめる、とか、車通勤にする、とか、いろいろ手段を講じると思う。

 私はしがない公務員だけれども、仮に、痴漢で捕まろうものなら、いきなり、マスコミに「エリート官僚」にされてしまう状況が頭に浮かぶ。これは激しく怖い。

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2006年9月27日 (水)

金で買えないもの?

金で買えないもの?
 高校1年生のとき、倫理社会の授業で、先生が次のようなことを問いかけた。
 「『世の中では、気をつけていないと誰かに利用されてしまう。』と思うか思わないか。思わない、と考える人は手を挙げて。」
 私は手を挙げた。たしか、クラスで3人か4人だったと思う。今でも仲の良いYも手を挙げていた(Yよ、覚えてないだろう?)。
 「では、利用される、と思う人!」と先生が言ったら、大半の人が手を挙げた。「今、手を上げた人は、チャンスがあったら、人を利用しようと考えている人です。」っていうオチだった。
 なんとなく、Yとはウマが合ったのだけれど、こういうところに共通点があったのかもしれない。
 もう一つ。
 彼は、卒業写真の脇に記す一言を、「俺は見つけたい、金で買えないものを」としていた(浜田省吾の影響大)。彼は、今でも、この言葉に恥じない生き方というか、この言葉を体現しているような生き方をしている。本当に立派だと思う。
 一方、当時、私は「お金で買えるものに価値などない」なんて言っていた(父親の影響大)。「ようようがまた何か変なことを言っている」って片付けられた(Yよ、覚えてないだろう?)。今でもそう思っているけれど、確かにキザなので、口に出すことはなかった。
 ただ、子どもにしっかり伝えておきたいと思う。数少ない「家訓」らしきもの、であるから。
・・・・・・・・・・・・・・・
 しかし、こういう考え方を、家計に責任をもつパートナーと調整するのは大変難しい。ケンカの種にしかなっていないような気がする。

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2006年9月23日 (土)

読み直すということ

 高校から大学にかけて、呪われたように小説に浸っていた。
 とにかく、ジャンルを問わずたくさん読んだ。いつもジーンズの後ろのポケットに文庫本があった。本屋を見たら素通りがなかなかできなかった。
 若かったし、次々読みたい本があるので、二度読む、ということはほとんどしなかった。
 今になって、10年以上前に読んだ本を読み返してみる機会が何度かあった。子どもの夏休みの課題図書だったり、子どもに読ませたいと思った本だったり、映画化されたり、何かの拍子で読みたくなったりした。
 そうすると読んだ印象・感想の変化に気がつく。それが楽しい。
 例えば「星の王子さま」をはじめて読んだときは、自分と照らし合わせて読んだけれども、今は、子どもと照らし合わせて読んでしまう、とか(単純すき?)。ゲド戦記にしても、3巻目くらいの、初老のゲドに強く共感したり(やっぱり単純。)。
 印象的なくだりのあるページを折っているのだけれど、「何でここを折ったんだろう。」というところがあったり、「こういうところに惹かれたのね。」なんてことが検証できたりするのも楽しい。自分が何を感じ、何を考えてきたか、辿り直していくことができるわけである。 
 こういう秘めた、えもいえれぬ経験ができるだけでも、高校や大学のときに、たくさんたくさん小説を読んでいてよかったと思う。 

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霧積

 ン十年前の新婚旅行ではひどい目に遭った。
 ロンドン、マドリッド、パリ、ローマを巡るツアーだったのだけれど、ロンドンからマドリッドに移動する際、JTBの手違いで、ガトウィックで飛び立つ筈がヒースローに行ってしまった。夕方のことである。しかも、翌日は国際線のストライキが予定されている。
 急遽、スペインの北部ビルバオへの最終便に乗ることになった。国内便にストライキの予定はない。そして急遽、パートナーと私がツアーコンダクターをする羽目になった。
 ヒースローで、スタッフから、ビルバオについてからの行動についていろいろ説明を受けながら、最終便に向けて走った。ふと、二人組のおばあちゃんたちのことを忘れていて、説明を受けるのをパートナーに任せて、おばあちゃんを探しに戻ろうとしたら、足のあまりよくない方のおばあちゃん(Sさん)を、鹿児島県人の西郷さんのような兄ちゃんが背負って走ってきていた。すごい勢いだった。もう一人のおばあちゃん(Iさん)は、元気に走ってきてくれていた。

 なんとか飛行機に飛び乗った。みんなのチケットは私が持っていた。といっても、皆の分が2枚重ねの紙切れ1枚だった。紙に皆の名前が記されているチケットってはじめてみた。
 ビルバオに着き、手続きを終わらせると、JTBが手配してくれたバスが来ていた。ガイドさんがいてくれたので、英語で話しかけると、なんとスペイン語と少々のドイツ語しか話せない、ってことだった。ホテルに着いたら、とっとと消えてしまった。何のために来たのかほとんど不明だった。

 無事、ホテルに着くと、機内食で腹いっぱいだった私たちに、ぞうりのようなステーキが待っていた。件の西郷さんは、ご飯を残すのは男の恥とばかりに食べきった。すごい。

 ホテルはとても品がよかったのだけれど、隣の部屋と鍵が閉まったドアでつながっている部屋があり、女の子が怖がって、「部屋を変えてください」とホテルのフロントでなく、ツアーコンダクターの私に申し出てきた。フロントとかけ合ったら、隣の部屋には宿泊客は入れてない、とのことだった。これで解決したのだけれど、なんで私が・・・。

 翌朝、バスが迎えに来ていた。バスで空港まで行くと、濃霧で飛んでいません、とのことだった。スペイン語しか話せないガイドさんは、「私はここまで」と空港のスタッフに通訳させて私に言い、一方的に去っていった。二重になった1枚紙のチケットの写しを持って行った。

 霧が晴れ、マドリッド行きの飛行機が飛ぶので、搭乗手続きをするため、カウンターに行き、1枚紙のチケットを提示した。そうしたら、「これは写しです。」とのことだった。血の気が引いた。すると、上司らしき人が来て、「OK,OK」ということで、飛行機に乗せてくれた。いい加減だった。よかった。。。

 無事マドリッドに着き、JTBの人が迎えに来てくれていたのだけれど、「非難轟々」だった。私は、ニヤニヤ見ていた。結局、オプショナルツアーをタダにすることで折り合った。マドリッドでは、みんなタダのオプショナルツアーを楽しんだけれど、パートナーと私は利用しなかった。フラフラ歩いたほうがいい、という判断である。

 マドリッドでの最初の夜、オプショナルツアーから帰ってきた一行とたまたまご飯が一緒になった。いろいろ話していると、少なくとも5人以上、私より英語ができる人がいることがわかった。
 「だったら、ツアコンを引き受けてくれたらいいのにーーー!」
 「でも、みんな頼り切っていたよ。JTBのお兄さん、いい人を選んだ、ってみんなで話していた。」だと。
 まあいい、褒められて悪い気はしない。

 それはさておき、二人組みのおばあちゃんたちは、ずっとオプショナルツアーを利用していたけれど、パリでは、オプショナルツアーがない日があったので、私たちがベルサイユ宮殿とか、ノートルダムを案内した。
 アフガニスタンの停戦合意がなされたときだったので、ノートルダムでの説教で、アフガニスタンの平和を祈っていた。日本のお寺の説教では、アフガニスタンの停戦合意を受けて、平和を祈る、なんてことはしないな、なんてことを考えたのだけれど、こういう感想を抱いたのは、はじめての海外だったからだと思う。

 ついでに、おばあちゃんのかたわれのSさんは、パスポートをスーツケースに入れたまま空港に送ってしまい、あきらめてこのままパリに滞在してパスポートの再発行の手続きをする、なんてことをポロっと言ったので、私は慌ててスーツケースのありかを問い合わせた。無事だったのだけれど、なんと世話の焼ける。。。

 そのSさんは、群馬の霧積の由緒ある小さな旅館の女将さんだったのだけれど、「帰国したら遊びに来て!」と何度もおっしゃるので、何度か行った。

 今日(23日)、子どもを二人連れて、数年ぶりに日帰りで霧積に行き、温泉につかってきた。
 Sさんはいなかったけれど、旦那さんがいた。旦那さんとは実ははじめてお話をした。Sさんは入院しているとのことだった。いろいろ話していたら、Sさんは旦那さんに旅行のことを何度も何度も話して聞かせていたらしい。女将ってのは、おいそれとは旅行に出かけられないから、いい思い出だったんだろうと推測した。そればかりか、帰国後、私が遊びに来たことを大変喜んでくれていて、そのことも何度も話して聞かせていたらしい。

 旦那さんとは長話になってしまったのだけれど、跡継ぎがアルコール依存症で、Sさんはそれを苦に精神的に参ってしまい、入院したらしい、ということがわかった。

 ずっしり重い気持ちになった。
 でも、また来よう。Sさんに会いたいし。

 帰ろうと玄関を出ると、元気なハイカーのおばちゃん4人組がタクシーを待っていた。
 「ここから登って降りてきたんですか?それとも碓氷からですか?」
 「碓氷からゆっくり5時間くらいかけてきました。」
 「『人間の証明』みたいですね。」
 「それをたどりたくてきたのよ。」

 森村誠一の小説「人間の証明」では、西条八十の詩が使われていた。
 曰く、「母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?ええ、夏碓氷から霧積へ行くみちで、渓谷へ落としたあの麦稈帽子ですよ。」

 「麦稈帽子」って「思い出」とか「幸せの喪失」とかを象徴しているんだと思うけれど、なんとなく心にしみた。

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2006年9月21日 (木)

緊急事態慣れ

 緊急事態に見舞われた。
 その時点で考えられることはやるだけやって、寝れるときは昼でも寝て、食べれるときは、時間にかかわらず食べる、という生活をした。
 こういう対応って、仕事での何度か(何度も?)経験した緊急事態での経験が下敷きになっているように思う。

 一方で、もっと他にできることはないか、と悩みに悩むタイプの人もいる。こういう人はつぶれちゃうんじゃないか、と心配する。

 で、緊急事態が解決した後、悩みに悩んだ人は安らかに過ごし(ぐっすり寝て)、冷たく対応していた僕などは、逆に興奮して眠れなかったりする。「その時点で考えられること」を十全に果たしたか?とかいろいろ考えることがある。

 つまるところ、所詮人間である。相当の冷血でもない限り、緊急事態に直面したら、事態の最中及びその後を含めると、同じ程度のストレスを引き受ける、ということだと思われる(結構、冷血が多かったりするのが怖いけれども。)。

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2006年8月30日 (水)

人が亡くなるということについて

 昔々、サタデーナイトフィーバーという映画があった。ディスコブームの先駆けである。公開後ずいぶん経ち、社会人になる直前に観た。ありがちなストーリーだったこともあって、「不良っぽい青春モノでは、人が亡くならないと成長しないのね」なんて冷たい感想を抱いた。映画の感想だから、フィクションだから、許される感想である。

その後、人事関係の仕事に就いたのだけれど、人事関係者は、直接、間接に人の死に関わってしまうことがよくある。胸が痛むものも多い。「人が亡くならないと成長しないのね」なんていう感想を抱くのは宜しくない、と思い知ったし、映画や小説で「人が亡くなる」という事件に対する取り扱いのあり方が、私にとっての映画や小説を評価する際の重要な要素になった(最近の小説には、「失格!」「安易に死なせるな!」と叫びたくなるチープなものが多いのはなんとかして欲しい。)。

 少し具体的なことを書くと、創意工夫に満ちた建設省の河川技官が闘病の末亡くなった際の事務にかかわったことがあるけれど、彼の死を重ね合わせると、彼が元気な時に書いた河川に対する愛情に満ちた本を涙なしでは読めなかった(「大地の川」)。その人が闘病生活をつづった手記(「天空の川」)もあるけれど、それ以上に心に響いた。

 UNTACの文民警察官が亡くなったときも、事務にかかわったけれど、最期の瞬間についてのお話を聞いたとき、涙がこぼれた。もう10年以上前のことだからいえるのだけれど、形式的なものでも公務員として査定を担当する以上、涙を流すようなことがあったら失格である。

 UNMOTの政務官が亡くなられたときには、外務省におり、やはり人事を担当していた。送り出しの際、外務省幹部からの「英雄になろうと思うなよ」という言葉に対して、彼は「僕が死んだら、日本もシャキッとするでしょう。」と言ったそうで、はからずも最悪の結果となった。ある日の未明、外務省から自宅に「亡くなったらしい」という一報が入ったときのことが忘れられない。
 その後、NYの国連代表部でやはり人事を担当していたとき、UNMOTが精算プロセスに入ったのだけれど、国連への滞納金のため資金が底をつき、政務官への遺族補償の支払いが滞っているという連絡が入った。「遺族に失礼だ」と思い、「なんとかせい」とPKO局に怒鳴り込んだ。結局、ミッションの遺族補償は、個別のミッションの勘定ではなく、各ミッションに振り込まれる資金を融通できることになり、支払いの滞りは理論上なくなったはずである。

 こういったことに何度も立ち会って、いろいろ考えさせられたし、謙虚に頭を垂れることを教わったように思う。

 話は変わるけれど、緊急支援のNGOに勤務している友達がおり、東京で中東地域のデスクオフィサーのような仕事をしているのだけれど、最近、担当地域で日本人職員が亡くなるという事件に直面した。このことで、彼女もショックも受けたし、いろいろ考えている様子である。それはそうだろう、仲間が亡くなったわけである。
こういった場合に、頭のいい人にありがちなのは、「やむを得ない」「こういうこともある」といった結論を早々に出し心の片隅に追いやることかと思う。私としては、そうではなくて、じっくり思い起こし、考え、悩み、時間をかけて消化して欲しい、と願う。このことについて急いで口を開かないのがむしろいい。彼女がぽつりと話すのを聞き、そういうところが見て取れ、共感し、ホッとする。

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2006年8月24日 (木)

愛/執着

 日本のポップスって、聞いていて飽き飽きしてしまうので、あまり聞かない。時々耳に入ってきても、特に「恋愛」について違和感のある歌詞が多く、どこかしらイライラするものを感じるときがある。
 「恋愛」って、当然「愛」が前提になっている。だけれど、「愛」って何?と問われたら、かなり答えは苦しい。西洋の哲学者の説を参照するのがせいぜいかもしれない。
 「愛」を積極的に定義することはさておき、「愛」は、単なる「執着」とは違う、ということは言えると思う。もちろん、現実的に考えると、「愛」と「執着」は重なっている部分は大きいし、はっきりと
August 24, 2006 | Permalink | Comments (0) した区別は難しい。
 極端な「執着」の例として、ストーカーがあると思う。ストーカーについて、「ゆがんだ愛」というような言い方をするかもしれないけれど、ストーカーの内にあるものが「愛」だとは思えない。「ゆがんだ『執着』」の方がぴったりくる。
ついでに余計なことだけれど、「略奪愛」という言葉があるけれど、「略奪」に「愛」を使って適当か?と茶々を入れたくなる。
 さて、ポップスで歌われている「愛」は、単なる「執着」を美しく飾り立てているに過ぎないように感じることがある。多分、私はこのことに「どこかしらイライラするもの」を感じているのだと思う。
 そもそも「愛」と「執着」の区別をしようという意図はないのではないか。というより、そもそも、違いがあると思っていないのではないか。
 うーむ、いいのかな、という気がしてくる。メッセージを発するならば、もっと、言葉に対して繊細になるべきだと思う。
 西洋哲学では、「愛」についてじっくり考えてきた歴史がある。そういう伝統があるからか、西洋の小説では、純粋に「愛」を描こうとする意図があるように思える作品も多い。「愛」と「執着」などと区別しようという意図、というより、「愛」は「愛」であって、他のものではないことをはっきりさせようとする意図があるように思う。
 では、日本の小説は?と考えてくると・・・・・・。

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2006年8月16日 (水)

「いろいろな考え方」への寛容さについて

 ものわかりのいい人は、「いろいろな考え方があっていい」という言い方をする。それはそれでリベラルでいいのかもしれないし、なんとなく「知的な人」に見えたりする。
 しかし、それぞれの考え方を突き詰めて検討したらどこか破綻があったりすることが多い。
 要するに、突き詰めることなく、思考を停止することで、「いろいろな考え方があっていい」という言い方が可能になっているのではないか、と疑っている。「思考停止をする人」は、「知的な人」から程遠い。
 例えば、「拝金主義」を堂々と標榜する人は少ないけれど(そういや「稼いだが勝ち」と言っていた人もいたっけ。)、なんとなく、「拝金主義」は、激しい拒否には遭ってないということで、時代の雰囲気として受け入れられているように思う。
 「拝金主義」についても、「いろいろな考え方があっていい」とものわかりのいい人は言うかもしれない。しかし、ものわかりの悪い私は、そう寛容になれない。
 「拝金主義」というのは、「人間のためにお金が存在している」はずなのに、「お金のために人間が存在している」という価値の反転が根底にあると思う。そう考えると、人間の存在を優先させれば、「拝金主義」は妥当な考え方とはいいがたい。
 「人間の存在を優先させる必要はない」という主張もあるだろう。そう、「拝金主義」を採用するなら、「人間の存在を優先させるない」と考えていることを自覚すべきだと思う。もっというと、「人間をモノとしてとらえている」ということにもなるだろう。
 ひとつひとつの事柄をこういう風に考えていった上で、ある種の達観で、「いろいろな考え方がある」と寛容になる人もいるだろう。そういう人は尊敬に値すると思う。
 つまり、程度問題ではあるけれど、「あまり考えてない」寛容さと、「考え抜いた」寛容さには、大きな違いがある。
 私自身は、能力的にみて、考え抜くこともできないし、性格的にみて、寛容さもないので、「周囲に迷惑!」なんてことになっているように思う(偏屈じいさんへ一直線か。)。

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2006年8月 3日 (木)

医者の倫理・・・

 医の倫理といった場合、患者とどう向き合うか、最善の医療を施すための心構え、といったことになろうかと思う。これは、一定の倫理観をもっていることを前提とした問題かと思われる。
 医師(又はその卵)に対して、お金の話をすると、「魂を売れば、お金が稼げる」という話になってくる。倫理観を喪失している医師ほど、お金は稼げる、とのことである。合法・非合法を問わず、いろいろ手段はある。
 これは、医の倫理以前の問題かと思われる。倫理感を喪失すればするほど、お金が稼げる、というメカニズムをなくしていく必要があろう。
 医師の場合、専門家の世界だから、その世界に属する専門家が乗り出すことが基本だろう。
 経済行為もこれに似ていて、上記のようなメカニズムが成立する場合もある。製品を販売するなど多数の顧客に晒されているとまだ救いはあるけれど、そういうでなければ、目に余る場合が多い。
 そういう場合には、本来、規制権力として、公共部門が乗り出して行くほかない。しかし、公共部門が批判に晒され、自嘲気味に「知的劣化が激しい」なんて言っていたりするようでは、それもできない。
 「倫理観の喪失をもって、お金儲けができる」という構造を解消する、ということが、積極的な公益の実現のために必要だろう。このままでは、未来は明るくないと思う。

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2006年8月 2日 (水)

紛争と経済行為

 イスラエルのレバノンへの攻撃は、安全保障理事会のお墨付きがない、という点で合法性はもちろんない。
 この攻撃について、イスラエルは、政治的正当性を頑として主張しているが、国際社会は、この攻撃に対して、強い批判を行っている。
 このことは、「政治的な正当性を国際社会から獲得する」という観点から、イスラエルがその争いに負けた、ということができると思う。
 かといって、直ちにイスラエルの攻撃を「非合法」と決めつけることは難しいだろう。
 この攻撃は、極端なケースにしても、合法性がなくて非合法でもない攻撃があった場合、「政治的な正当性」を国際社会から獲得する」という観点からの争いが生じる。
 経済行為にも、「非合法でなければどんなことをしてもいい」ということになってはいけないと思うけれど、どうも多くの人は、「法律にさえ触れなければいい」と考えているフシがある。
 世間の常識なり倫理に即した「正当性」がなくても、「法律に触れなければいい」「法律がなければなにをしてもいい」というような考えをもって経済行為を行っている人たちが多そうだ、と言い換えることもできる。
 多分、日本にいて経済行為についてこのような考えを持っている人は、遙か彼方のイスラエルの攻撃に義憤を感じることはないだろう。自分のやっていることとさして変わらないことをやっているからである。
 自分たちが実際にやったことを、ミクロなところまで晒されたとき、社会的な「正当性」の争いに負けることを知っているからである。
 しかし、同一の人格の中に、上記のような経済行為に対する考え方を持っていて、かつ、イスラエルの攻撃に義憤を感じるという場合には、どう考えたらいいのだろう、と時々考えている。

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2006年8月 1日 (火)

「自分のやったことと向き合う」

 人間には、いじめる人といじめられる人がいる。 
 人間の度しがたい欠点の一つは、「いじめる」という加害行為をいとも簡単に忘れるところにあるのではないかと思う。一方で「いじめられた」という記憶はしっかり残る。
 ナチスのホロコーストに対して、傍観者でいた人たちは、良心の呵責なく戦後を生きることができて、何らかの行動を起こした人の方がむしろ「もっと助けることができなかったのか」という良心の呵責に苦しんだ、といわれている。
 どちらも同じような心理的なメカニズムで生じているように思う。
 人間の弱さの表現ともいえそうである。
 「いじめた事実」とか、「自分のなした加害行為・傍観」とかは、さっぱり忘れて前向きに生きていけばいい、という人がいるかもしれない。
 私はそれに賛成できない。加害行為を許容する結果になるし、被害者が浮かばれないからである。
 敢えて自分のやったことを棚に上げると、自分とやったことと向き合うことは辛いとは思うけれども、向き合わない人には、人間性を認めたくないと思ったりもする。
 被害を忘れ、加害を忘れないように、人間の心のあり方が反転すれば、よりよい社会ができるように思ったりするがどうだろう。

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2006年7月29日 (土)

日本人と中国人の見分け方

 安全保障を専門にしている大学の教授が次のようなことを話してくれた。
”大講義室で500人の大学生に向けて話す講義を担当している。500人のうち、100人が中国からの留学生である。
 安全保障なので、差し迫った危険について話すことがあるけれど、学生に対して、そういった問題についてどう考えるか質問すると、答え方で日本人か、中国人がすぐにわかる。
 「その問題は大変難しい問題です。私は、××と考えます。」というようなまともな答えが返ってきたら中国人である。
 「先生さ、それ、ちょーヤバイよ」なんて答えが返ってきたら日本人と分かる。”
 正しい見分け方だと思う。
 そう言えば、NYにいたとき、最も綺麗な英語を話すのは、ニューヨーカーでもイギリス人でもなくて、北欧の人たち(ノルウェー、スウェーデン、デンマークなど)だったように思ったが、聞いてみると周囲も同じように考えていた。
 気をつけよう。

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2006年7月28日 (金)

「考えること」

 考えることが軽視されている世の中だと思う。
 考えることなく生きていくことができる。そればかりか、考えることが邪魔になる世の中ではないか、とさえ思う。
 たとえば、パーソナル・コンピュータ(PC)の操作は、対症療法的に覚える方が上達が早い。原理とかを考えていたら、いつまでたっても上達しない。このように原理とかを考える思考が、実生活の上で邪魔になっている例はいくらでも見つかる。
 行動規範についても、少しでも考えたら、「できないこと・やってはいけないと考えること」というものもあるけれど、「考えること」をやめることで、「できないこと・やってはいけないと考えること」をやってしまえる。「考えないこと」により、倫理的な問題も引き起こすときもある。
 「誰かを好きになる・愛する」って場面に遭遇したら、さすがに「考えること」が要求されるのではないか、と思っていたけれど、売春事件などをみるにつけ、「誰かを好きになる・愛する」ってことさえ、多くは単なる脊髄反射に従っているだけではないか、という気もしてくる。
 人間である限りは、考えるべきだと思う。
 人それぞれが、生き方を、PCのように対症療法的に要領よく操作を覚えていくようなことでいいのかな、と思う。生き方は、ときどきでいいから、PCと違って、原理から考えてみる必要があるように思う。
 いずれにせよ、私たちが生きている社会で「考えること」の価値がもう少し重視されて欲しい、と願う。

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2006年7月25日 (火)

社会の仕組み・NGO・NPO

 日本の社会の劣化が急速に進んでいるようにみえる。日本の社会を、次の構想がないまま、壊しているようにみえる。
 環境問題に関心を寄せる人がいるけれど、社会の仕組みが壊れてしまう方が、子どもたちの未来を考えると、心が痛い。
 現下の状況に鑑みると、一旦は、行き着くところまで行ってしまうほかないようにみえる。
 その過程で、おいしい思いをしようと必死になり成功する人もいれば、訳も分からないまま回復不能な打撃を受けるような人たちもいる。できるだけ、「訳もわからないまま回復不能な打撃を受けるような人たち」が少ないことを願う。
 哲学という学問は、社会を構想することも一つの仕事にしている。哲学の不得意分野は、「国際関係」と「国家と家族の間にある団体」だという人がいるけれど、特に後者、企業組織なり非営利団体なりを、社会を構想してく際に位置づけていくかということを考える必要があるように思う。
 「生煮え」で「抽象的」な考えだけれど、NGO・NPOに次の社会を構想するための鍵があるのではないかと考えている、願っている、信じている。
 現在、NGO・NPOは、行政にできない部分を補完するとか、安く行政サービス提供するために活動するとか、そういう行政サービスの効率化の面から捉える視点が強い。財政危機の折り、政府の側から考えるとどうしてもそういう見方にならざるを得ない。
 これはやむをえないけれど、これだけではなくて、次の社会を構想していくに当たって、NGO・NPOが中心的プレーヤーとなっていくにはどうすればいいか、といった観点をもっと広く共有して欲しいと願う。

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2006年7月22日 (土)

帰省した(島めぐり)

 帰省中、子供たちを祖父母に預け、パートナーと二人で江田島にドライブに出かけた。
 江田島は、私の故郷の町の対岸にあり、近くの港から船で渡ることができるが、車だったので、ずっと南に下ってから、狭い海峡にかかった橋を二つ渡り、江田島にたどり着いた。
 帰りは、江田島の北側の港からフェリーに乗って、気持ちのいい通り雨を浴びながら、広島港(宇品港)から本土(?)に上陸し、実家に戻った。広島湾の東側を一周した、という感覚である。
 瀬戸の島々やそれに隣接する地域には、海岸沿い以外にまともな道路はほとんどない。海、道路、線路、急斜面っといった次第である。
 なので、島のドライブは、海沿いの道路を走ることになる。これが気持ちいい。
 江田島の近くが出身の浜田省吾は、「週末ごとにバイク走らせる、海岸通り当てもなく、真夜中」と歌っていたけれど、バイクを走らせて楽しいところは、海岸通り以外にない。
 ドライブの道行きで、江田島のしなびた港の近くのお好み焼き屋さんに入り、昼食を食べた。
 パートナーは、広島出身の私とつきあい始めて20年以上にもなるのに、広島風お好み焼きを食べるのは初めてだった。新鮮に驚いた。
 パートナーとは、価値観や嗜好が大きく異なっているので、お好み焼きでさえ、押し付けることができなかったのだと思う。改めて、よくもっているな、と考えたりした。

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2006年7月20日 (木)

帰省した(海の眺め)

 またまた帰省した。
 地元での移動の必要から、車で子ども2人と女友達1名と一緒に10時間かけて帰った。パートナーは所用のため後から新幹線で追いかけてきた(ズルイ)。
 早朝の出発だったので、夕方前に到着した。女友達のご両親は夜遅く帰ってくるということなので、一旦、私の実家に連れて行き、私の両親に引き合わせた。サプライズである。
 私の両親が彼女を見て、一瞬言葉を失っていた。そりゃそうだろう。いきなり、東京からパートナーならぬ女性を連れて行ったわけだから。
 それはともかく、なんとなく話も弾まず、落ち着かなかったので、彼女の実家まで送りがてら、私の地元を案内した。彼女は、私の子供時代の「無茶ばかりしていた思い出話」を喜んで聞いてくれていた。彼女からも少しだけれど地元での話しを聞かせてもらった。
 子供の頃を振り返ることは、なかなか楽しい。 
 それにしても、地元には、「ぼけー」とするのに適したスポットには事欠かない。静かな海があり、桟橋があり、遠くに島々がぽつんぽつんと浮かんでいる。子どもの頃、海を眺めて、「あーでもない、こーでもない」といつも一人で考えていた。
 そう、久しぶりに帰省し海を眺めてみて、東京での日々の仕事や雑務に埋もれて、物事をしっかりとは考えなくなっているのではないか、という気がしてきた。
 じっくり生活を見直してみようか。

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2006年7月17日 (月)

ディック・リー

 芸能人で、自分に最も似ていると思ったのは、シンガポールのミュージシャンのディック・リーである。もちろんハンサムではない。エンターテイメント企業の社長をやるようなタイプである。
 どうして知ったかというと、90年代初め、シンガポール人相手に講演したときに、シンガポール人に「ディック・リーにそっくり!」と言われたからである。
 NYでよくバスケットボールを一緒にしていたシンガポールの外交官は、「私たちはバナナ」なんて言っていた。肌は黄色で中身は白(西洋人)ということらしい。この言葉、ディック・リーがよく言っていた。
 ディック・リーは、そういう分裂した自我とかカルチャーとかについて歌っていた りする。「Let's all speak mandarin」とか、「Mad Chinaman」とか。
 BOAのおっかけをしている、立派な(本当に立派な)大先輩がいる。彼は、BOAに北東アジアの夢をみている。
 私は、かつて、ディック・リーに、もうちょっと広く、東アジアの夢をみていた。一度コンサートに行きたかったけれど、二度と日本ではやらないんだろうな。

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2006年7月16日 (日)

哲学は必要?

 哲学の本が好きで、よく読む。どきどきする瞬間もあるのでやめられない。
 かれこれ15年も前に、親しい友達から次のようなことを言われた。
 「世の中には、哲学が必要な人間と必要でない人間がいる。あなたは哲学を必要とする人間で、Y君や私は必要としない人間だ。」 (注:Y君は、私の高校時代からの友人。)
 宗教への信仰がないことを前提としていると思われるけれど、哲学を文学に置き換えてもいい。芸術に置き換えてもなんとかいけると思う。
 大学を卒業後、彼女は、実務一直線の生き方を選んだ。彼女は、恐ろしいほど本を読まないが、仕事に関係する書籍は熱心に読んでいたようである。
 一方で、私は仕事に関係のない本ばかり読んでいて、「本のなかに沈没できたら幸せ」って考えていた。私の方はあまり効率的な人間ではない。
 彼女に対しては、いろいろアドバイスをするようなこともあった。そのたびに、考えるきっかけを与えいたつもりだけれど、何せ実務一直線なものだから、目の前の課題を乗り越えるために必要なものにしか興味を示してくれなかったように思う。
 しかしながら、15年経って、彼女も少し考え始めたようである(失礼!)。ここぞとばかりにいろんな本を勧めようとしていたりする。
 しばらくしたら、次のようになるかもしれない。
 「世の中には、哲学が必要な人間と必要でない人間がいる。あなたも私も哲学を必要とする人間だ。」
 そうなったら、ちょと素敵かも。 

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2006年6月25日 (日)

漁師型の行動様式

 多感な時期を、半農半漁の村のなれの果て、のようなところで過ごした。
今振り返ってみると、土地柄によって、住んでいる人たちの性格の傾向があるように思う。
農業をする人は、時間をかけて農作物を育てていくので、計画的であり、明日を憂う。一方で、漁師は、大漁のときもあれば、不漁のときもある、って調子で、楽観的であり、明日を憂うことはない。
農業主体の地域で育ったが、漁港に近いところに住んでいる人たちとウマが合った。男も女もおおらかで、女もガンガンお酒を飲んでいた。農業主体の地域ではあまり見られない光景だった。
漁師的な、計画性のない楽観的な行動様式(内面は別にして)が私にフィットしていたのだと思う。多分、今もそうだし、これからもそうなのだと思う。

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2006年6月24日 (土)

外国人労働者問題と企業2

 少子高齢化に伴う人口減のため、外国人労働者を導入しないといけない、という議論に、もう一つ違和感がある。
 人口減に見舞われてからも、日本はフルセット型の経済を続ける必要性はあるのか、という直観である。人手不足になるのであれば、非効率な部門から削減・縮小していけば、今以上に効率的な経済になるのではなかろうか。
 当然、きしみはあるだろう。しかし、7000万人の人口を短期間で倍にするためのきしみよりも、半分にするきしみの方が小さいのではないか、と思う。
 ここでも短期的利益や組織の拡大を追求し、公共の秩序を考えない、企業の立場が影響しているように思う。なんとかならないか。

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2006年6月23日 (金)

外国人労働者問題と企業

 少子高齢化に伴う人口減のために、外国人労働者を導入しないといけない、なんて議論がある。
 私は、外国人労働者を導入することについては、特に反対しないけれど、「日本の経済のため」という理由で、外国人労働者を導入することに違和感がある。人間という存在は、経済に従属させて考えるべきなのか、という疑問である。
 企業は、基本的には、目の前の人手不足を解消するために、安い外国人労働者の導入を主張する。なるほど、外国人労働者は、安価な労働力を提供してくれる。しかし、社会全体でみたら、教育を含む様々な行政サービスが追加的に必要になる。文化摩擦や治安の問題なども生じるだろう。こう考えてくると、長期的にみたら、外国人労働者は安価な労働力かどうか疑わしい。
 しかも、こういうった企業の本音は短期的な利益の追求であり、自分たちが得る利益のために、社会にコストを押しつけて平気なわけだけれど、目の前の経済破綻の可能性を脅迫材料に使って、外国人労働者の導入を正当化しようとするから悪質である(馬鹿の一つ覚えで業績の悪い企業を脅して工場の海外移転を勧める銀行にそっくりだ。)。
 たちの悪い脅しによるのではなくて、異文化との共生について、その意義やそれにともなう覚悟をしっかり確認しながら取り組んでいくのが筋道だろう。
 一方、行政は、長期的な観点から公共の秩序を守っていかなければならない。外国人労働者に対して、しっかりと教育とか行政サービスを提供して、日本での生活を楽しんでもらえるようにしないといけない。そのための負担を国民に納得してもらう必要があろう。大変難しい問題である。

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2006年6月22日 (木)

承認欲求

 コーチングやカウンセリングの教えるところの人との接し方における主要なポイントは、「相手の承認欲求の充足」だろう。「相手の承認欲求の充足」を技術のレベルで考えている。
 技術でもって人に対応することへの違和感はあるが、基本的に善意をもって人に接しようと考えている人が技術を備えることはよいことだと思う。しかし、そうでない人が技術に走るのは醜悪である。
 一方で、コーチングやカウンセリングの場合、「相手の承認欲求の充足」を行うことで、自分の「承認欲求」を満たしているように思う。つまり、相手に対し「承認してあげる」というような高みに立つことで、自らを確認する形で承認欲求を満たしているように思う。
 このように「相手の承認欲求の充足」は、重要だけれど、クセモノだと思う。
 自らに承認欲求をもたず人と接することはできないか。
 人と接するに際して、自ら承認欲求をもつことは、広く人を受け入れることの障害になる。
 何者でもない人にどれだけ関わることができるか、難しいところだけれど、そういう態度とか構えを持っている人が、この社会には必要だと信じている(これは象徴的な意味であって、具体的に関わっていると時間がいくらあっても足りないけれど。)。

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2006年6月17日 (土)

世俗的な価値

 私と仲のよい人たちは、少数だけれど、全員(と言い切る)、世俗的な価値に重点を置かない人たちである。類は友を呼ぶ、と言っていいと思う。仕事にしても、お金ではなくて、精神性とか、社会への貢献とか、そういったことを大切にしている。
 それがために、下手をすると、「下流社会」一直線、という路線を歩みかねない。
 結局、世俗的な価値に重点を置く人とは知り合いであっても、自分の中では「こいつは違う」と線引きをしてしまっている。付き合ってて不快な思いをしたくない、という防衛機制が働いているわけである。
 「デカンショ」なんていうと古すぎるけれど、かつて、「世俗的価値に重点を置かない」という雰囲気が、たとえば大学などに、あったように思うが、今は違う。そもそも「世俗的価値に重点を置かない」という態度を学ぶ機会が極めて限られている。
 これについて、一断面を切り取ると、例えば、「拝金主義の蔓延」といった言葉で表現できると思うけれど、現状では、「拝金主義」に対する蔑みのような感情をあまり持たなくなっているように思う。
 私自身の問題として考えると、この社会から孤立して生きていくつもりはないので、今いる数少ない友達を大切にしていくほかない、ということになる。少数派だろうから、しかたがないか、というところである。

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2006年6月16日 (金)

大人と子供

 大人と子供の違いの一つは、解のない問題に取り組むことができるか否か、ということのように思う。
 解がない問題に取り組むのは、とてもフラストレーションが溜まる。子供だと、ショートサーキットを起こしてしまうが、大人は、そういう問題に対しても、納得性の高い答えを出そうと努力する。
 つまり、特定の基準を適用して安易に解決を図るのは子供のすることであり、大人は、2以上の基準があって、それらを勘案しながら決定していくことが求められる。
 大人は、短絡的に、いずれかの基準を採用する、ってことはしない。 

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2006年6月13日 (火)

日暮里・湿地帯

 150年前、日暮里には、湿地帯が広がっていたそうである。
 安藤広重の作品には、日暮里の湿地帯で遊ぶ丹頂鶴を描いたものもある。
 日本では近代化に伴って、湿地帯を埋め立て、可住地域や耕作地を増やしてきた。つまり、明治維新後、貧乏だった国が、100年で3倍になった人口を吸収するため、相当な無理をしてインフラを整えた。その過程で湿地帯も失われていった。
 海や湿地帯といった、水との戦いでは、オランダの方が激しい戦いを戦っていたかもしれない。オランダは、ほとんどヤケクソにしか見えないくらい、海に向かって土地を広げてきた。こういう話は、日本だけではない、ということだろう。
 日暮里の街を、湿地帯の痕跡はないかな、と歩いたことがある。日暮里に住んでいる知り合いによると、地震のときに大変かもしれない、とのことである。古いお寺があるところは地震が来ても大丈夫なのだけれど、ないところは危ない、とされているようだ。
 結局、本郷の辺りとは違って、坂が少ないという印象がある程度で、痕跡は見つけられなかった。私の目は節穴かもしれない。

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2006年6月12日 (月)

バー再訪

 かつて仲の良かったずっと年上の女友達がいた。当時、100人くらいの従業員のいる会社を切り盛りしていたが、「昔からの夢」ということで、バーを作りたいといい始めた。
 私はもともとバー巡りが好きで、よく一人で飲み歩いていたのだけれど、バーを作るときの参考に、ということで、その人と一緒に飲み歩いた時期があった。
 そして、本当にバーを作ってしまった。10年ほど前のことである。バーの名前は、私がつけた。気が利いた名前だと思う。
 その後、そのバーは、いろいろトラブルに巻き込まれていたし、その人自身に大きな不幸があったこともあり、面倒を見切れず、人の手に渡ることになった、というところまでは聞いていた。
 バーがどういう形で残っているか、消滅しているのか、気になってはいた。
 しかし、バーが開店してから、なんとなく我がもの顔で訪れるのは気が引けていたので、ほとんど行かなかったし、海外赴任もあったし、その人に大きな不幸があったし、人の手に渡っているのを聞いていたし、なかなか訪れる気にはなれなかった。
 しかし、ひょんなことから、友人とドライブしていて、そのバーの近辺を通ったとき、思い切って寄ってみた。そうしたら、そのまま残っていた。開業時そのままの外観で、名前も変わっていなかった。嬉しかった。
 15年後にも残っていたら、元気なうちに早期リタイアして、バーを買い取って、主人になってやろう、なんてことを考えた。一緒にやってくれる人もそう困難なく見つかりそうだし、なかなか楽しい想像が働く。老後に取っておく楽しみ(のオプション)が一つ増えたような気がする。

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2006年6月 9日 (金)

リン鉱石

 リン鉱石というのは、化学肥料の素である。
 近い将来、確実に枯渇する。
 すると、化学肥料を作れなくなり、食糧生産に支障を来す。
 リン鉱石の枯渇による食糧危機ということもあり得る。
 しかし、日本では、化学肥料をバンバン使って儲けようとしている。
 アメリカは、しばらく前に、一次産品としては、石油に続いて、リン鉱石を禁輸品目に加えた。
 戦略物資との位置づけなんだろうと思う。
 日本はノホホンとしていいのだろうか、と心配である。

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2006年6月 5日 (月)

仕事は倫理観・理念を損なう

 個人の倫理観や理念に関して考えると、OJTだけで仕事を覚えることは危険だと思う。長時間労働などの理由で、外との接触が少ない職場であればなおさらである。考える機会がなく、職場の風土に染まってしまうからである。
 つまり、仕事を通じて、倫理観とか、真っ当な理念が育ち、仕事の社会的意味に対する深い理解が進むといったことは稀である。仕事は、多くの場合、それらを損なうものであると考えたほうがいい。
 もっといえば、少数の例外を誉めそやして、それを全てと考えない方がいい。「プロジェクトX」というドキュメントがあったけれど、「X」(エックス)を「バツ」と読みたいくらいである。どうして「プロジェクトX」に出るような立派な人は、社長にならないのだろう、ということをよく考えてみてはどうか。
 企業倫理といったことが問題になるけれど、それ以上に重要なのは、個人個人の倫理観・理念であって、そのためには、仕事に就く前に、仕事の意味や社会における位置づけといったことをよく考えておく必要がある。
 こういう倫理観や理念を育てることは、キャリア教育といったことによってはできない。これから就こうとする仕事のレベルで考えても、損得勘定にしかならない。もっと大きな枠組みで考える必要がある。
 では、どうすればいいのだろう。
 一つの解答は、哲学とか古典とか文学とか歴史といった教養を構成するものと向かい合い、常識的な判断能力をつけていく訓練を、仕事を始める前にしておくことである、と私は考える。当然、仕事を始めてからも必要だと思うけれど、仕事が始まる前にしていない人は、仕事を始めてからするとは考えにくい。
 さて、仕事をしていて、倫理的に問題があったりする場合などには、「仕方がない」という答え出すことは、最も極端な答えの一つだと思う。「仕方がない」と「解決する」との間には、無数の選択肢があるはずである。考えることなく、「仕方がない」という結論を出すことに慣れてはいけないと思う。
 始末が悪いのは、倫理的な問題に向かい合わない人たちが、強い立場だったり、プライドをくすぐられるようなポジションだったり、恵まれていたりするときである。そういうときには、仕事を通じて「幼児的万能感」まで育ってきたりする場合がある。こうなると、ほとんど人間と呼べない存在だと思う。
 さて、国際機関がどんなに崇高な目的を持っていようと、官僚組織である以上は、仕事を通じて、倫理観や理念を損なう方向に作用すると考えるべきである(崇高な目的さえない組織は、目も当てられないかもしれない。)。
 国際機関では、倫理観や理念を持たずとも、幹部になれるかもしれない(むしろ、迷いがなく損得勘定ができるので、幹部になる確率は高かろう。)。しかし、そういう幹部はそもそも損得勘定でしか仕事をしないので、結局、何がしたかったのかわからない組織にしてしまう。国際機関の機能を低下を招いているわけである。
 こんな風に私は考えているので、倫理観や理念を磨きながら仕事をして、苦しみ、迷って仕事をする友人たちを、とにかく支えたいと思っている。支えるツールはないので、一緒に苦しみ、迷ってあげるくらいのことしかできないけれども。

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2006年6月 3日 (土)

救出者

 ナチによりユダヤ人が虐殺されていたとき、少しでもユダヤ人を救出しようとした人は、「なぜもっとたくさんの人を助けることができなかったのか」「もっと方法はなかったのか」といった良心の呵責に苛まれて、戦後を送った、とされる。
 救出しようとしなかった人は、良心の呵責もなく、簡単に忌まわしい事件を忘れることができた、とも。
 これは、いじめた人・いじめられた人の構図にも当てはまると思う。
 こういうことを考えるにつけ、なにか問題があり、それが解決不能に見えても、どんな小さな対応・抵抗でもいいから、やれることをやってほしい、と思う。そうすれば、その問題をずっと忘れずにいることができ、将来、きっとよりより判断、意思決定を行うことのできる人に成長できるのではないかと思う。
 解決不能とみて簡単に素通りするひとは、きっとその問題を簡単に忘れる。しかし、仕事において迷いがなくなり、てきぱきと仕事をこなす人にはなれるだろう。
 企業も行政も、後者のような人材を求めているようにみえてならない。しかし、私は、若者をみていて、そういう人になってほしくない、と思う。(繰り返すようだけれど)私は迷うのが好きだし、迷っている人が好きだ、という趣味の問題なのだけれど。

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2006年6月 2日 (金)

顔をみる

 ハンナ・アーレントは、「悪の凡庸さについて」という本を書いた。アウシュビッツでたくさんのユダヤ人をガス室に送り込んだアイヒマンの裁判について書かれている。ユダヤ人にとって、アイヒマンは、悪魔のような存在であったが、捕まえてみると貧相な小役人然とした人間だった。アイヒマン自身も、事務作業を(円滑に)行ったにすぎない、という趣旨の主張をしていた。
 確かにアイヒマンは、事務作業を円滑に行ったに過ぎないのかもしれない。しかし、それは、ユダヤ人をガス室に効率的に送るという残虐極まりない事務作業である。
 多分、アイヒマンは、ガス室送りにされるユダヤ人のひとりひとりの顔や姿を思い浮かべる想像力のスイッチを切って作業をしていたのではないかと思う。
 受験のシーズンに、電車を乗り違えた受験生が車掌に申し出て、本来止まらない駅に止めてもらう、という事件がたまにある。何で止めるのだろう、と考える人もいるかもしれない。多分、車掌は、いたいけな高校生の顔をみたら、断れなかったのだと思う。
 「甘い」と言われるかもしれないが、ひとりひとりの顔を見て、できることをすべきだし、できないことをすべきでないと思う。もちろん、この場合の「顔をみる」というのは、象徴的な意味である。顔をみていても、心の中のスイッチを切っていれば、それは顔をみていないことと同じである。
しかし、しっかり顔をみると、相手の存在がとても大きくなり、しっかり受け止めようとすると大変である。かつて、私もこれで、対人恐怖になった(なりかかった、が正確かも)。
 なんとかバランスを取れないか、と思う。

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2006年5月31日 (水)

折角、仕事をするなら・・・

 NYにいたとき、私の子供は国連国際学校(UNIS)に通っていた。そこで韓国人の同級生Aに大変な目に遭わされた。周りからは、Aが兄弟(大きな兄がいた)で私の子供をいじめている、というのが真相だったのに、Aから「私の子供にいじめられた」という申し出があったりした。その他、服を破ったとか、殴ったとか、いろいろなこと(嘘八百)があった。その結果、私の子供が、担任からプレイグランドで遊んではいけない、というサンクションを言い渡された。
 Aの親が仕事を休んで出てきて、私の子供を怒鳴り倒す、ということもあった。私のパートナーは子供がかわいそうだと泣いていた。
 Aは、イギリスなど外国暮らしが長いのだけれど、初めて外国暮らしをした私の子供に英語能力でやすやす抜かれてしまい、嫉妬している様子ではあった。また、Aの性格も手伝って、周りの子供たちから無視されていた。
 そのため、担任の先生から、私の子供に、Aの相手をして欲しい、とお願いされて、心優しい私の子供は、大事に扱っていてあげたはずだった。
 それが裏目に出ての偽いじめ騒動だったのだけれど、担任の先生は、Aの親が怒鳴り込んできて慌てて対応してしまったことがあとで分かった。
 最終的には、私の子供のかつての担任とか、クラスメートの父母などが、「私の子供は絶対悪くない、悪いのはAだ(他にもAの被害があった子供がいたことが判明していた。)」という申し入れをしてくれるなどして、結局、サンクションは解除された。異常な家族だったので、これ以上、追い詰めることはしなかった。
 当時、韓国問題の専門家が上司だったのだけれど、問題が大きくなる前の段階で、「韓国人には、たまに、日本人がどんなに傷ついても平気な人たちがいるから気をつけろ」というアドバイスをもらっていた。こういうこともあって、韓国人が嫌いになりかかったけれど、時間が経つにつれ、韓国人にも、日本人同様、いい人もいれば問題のある人はいる、という結論に落ち着いた。
 この事件があったとき、私は、国連の採用に当たっての語学の基準を、二つの公用語にする、という決議案を巡って、フランス語圏やスペイン語圏の国々とバトルを展開していた。「従来どおり」という国々の側のリーダーとして、関心国会合を主宰し、先方のリーダーであるフランスとの交渉の矢面に立っていた。仕事はものすごく辛かった。日本人国連職員やこれからなりたいと考えている人のことを考えると肩にずっしりと重たいものがのしかかっていた。負けず嫌いではないので、「絶対に負けられない」と思うことはほとんどないけれど、このときばかりは、絶対に負けられなかった(負けなくてよかった。)。
 そういった中での偽いじめ騒動である。「子供を命がけでも守ろう」と思い詰めていた。友人の協力を得つつ(←ありがとう、今でも感謝している)、なんとか乗り切ることができたけれど、誰かを必死に「守ろう」と考えること自体、誇らしかった。やり切ったからいえるのだろうけれど。
 公務員をやっていると、仕事でも、こういう当事者感覚を味わうことがある。
 功利主義的に考えて出した結論によって仕事を進めるということも重要だけれども、当事者感覚をもち義務感に駆られて仕事をするときが充実しているように思う(功利主義的に考えることと義務感に駆られることが両立しないわけではないけれど。)。
 折角、仕事をするなら、こういう気持ちでできればいいかな、と思う。

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2006年5月26日 (金)

戦隊物

 ゴレンジャーに始まる(と思う。)戦隊物というのがあって、子供たちに人気がある。
 とりあえず、実写で、5人くらいのヒーローが悪を倒す、というものである。
 流行っていた当時、「何で5人が一人の悪玉を倒すの?いじめじゃないの?」なんて気がしていた(自分に重ね合わせていたのかもしれない。)。
 それはさておき、現在、放送している戦隊物は、5人で構成されていて、うち女性が2人である。
 戦隊物が始まって以来、女性は一人と相場が決まっていたのに、「いつの間に!」という新鮮な驚きがあった。あと一息である。
 こんなことをに驚いているようじゃ、古い、といわれそうだけれど。

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2006年5月17日 (水)

ジャーゴン

 ある日、自衛官の人から、小さな荷物を預かった。
 その際、「明日、午前9時掌握します。」なんてことを言っていた。
 「掌握?」と思ったけれど、「取りに来る」という意味だろうと想像はついた。
 ジャーゴンと言っていいのかもしれないけれど、よくよく考えると、軍隊組織では、命令を正確に履行するため、使用する言葉に厳密な意味内容の統一が必要なので、こういったジャーゴンのようなものを発達させていると考えてよさそうである。
 ジャーゴンが発達すると、外部とのコミュニケーションにギャップが生じる。
 いいことか悪いことかわからないけれど、私にとっては、自衛官の人たちと付き合っていて面白いと思う理由の一つなってしまっている。

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2006年5月15日 (月)

セクハラ委員会

 各大学にはセクハラ委員会というものがある。
 セクシャルハラスメントは、極めて主観的な申告であっても受け付ける。
 ストーキングの被害を受けている男性が、当のストーカーの女性にセクハラの訴えを起こされ、女性を傷つけたくないばかりに、処分を受けそうになっていた。
 どうもセクハラ委員会においては、反訴の機会が十分に保障されていないようである。男性敵視の考え方に成り立っているように思えてならない(「共同参画」の理念に反しないか?)。
 大量のストーキングの証拠となるメールが保存されていたので、安心してみていられたとはいえ、システムを磨き上げて欲しいと思う。

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2006年5月13日 (土)

男女共同参画?

 一般に農村では男女とも働く。母親は、子供が生まれても、じいさんばあさんに預けて働く。じいさんばあさんより、若い女性の方が生産力が高かったりするからである。
 日本の場合、経済の成長と都市化に伴って、専業主婦がたくさん生まれたけれど、現在は、女性の職業参加が課題になっている。
 こう考えてくると、こと職業参加については、農村の方が進んでいる、ということになる。実際、専業主婦の比率は、都市で高く、農村で低い。
 かといって、農村の女性は、都市の女性に比べ、社会的に抑圧されているように思われる。農村の方が男女共同参画が進んでいるとは言えない。
 こう考えてくると、男女共同参画に関する都市と農村の意識というのは、同じ時代で同じ社会であっても、相当に大きく異なっていると思われる。政府の対策がなんとなく混乱してみえるのは、私がどちらかといえば、農村出身だからかもしれない。

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2006年5月11日 (木)

国家の品格?

 「国家の品格」という本が流行っているらしい。
 「国家」と「品格」がどーも結びつかないしので、読んでない。ただ、藤原正彦さんの「若き数学者のアメリカ」は読んだ。心ふるえた本の一つである。ずっと以前に機会があってお会いしたとき、この文庫本をもってサインをもらおうとしたのだけれど、やっぱ、サインをもらうならハードカバーにしないと・・・、なんて余計なことを考えて諦めた記憶がある。
 さて、論座2006年5月号に、彼のインタビューが出ていた。冒頭に次のようなやりとりがある。
 -お忙しいところありがとうございます。
 「いえいえ暇です。」
 -著書「国家の品格」でもお書きになっていますが、藤原さんは別に「左」でもなければ「右」でもないですね。
 「どっちも嫌いです。」
 -しかしこの本の中身は、「右」の立場とハーモハイズする部分が多いかもしれませんね。
 「でも8割方は共産党の言っていることと同じです。」
 こういうやりとりのできる人というのは、やっぱり面白い本を書くんだろうな、とつくづく思う。

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2006年5月 6日 (土)

元気を出す?

 たまに落ち込むことがある。
 しかし、すぐに忘れる。したがって、誰も落ち込んでいると気がつかない。「落ち込んでいる」といっても誰も信じてくれない(孤独である。)。
 ただ、かなり落ち込みが激しいときには、映画「フェーム」の「I sing body electric」を聴く。なんとなく元気が出る。映画の中で、スターを夢見る高校生たちが卒業するときに歌う歌である。
 しかーし、この歳になって聴いてみると、「昔は小さいながらも夢があったのにな」という気分になり、かえって落ち込みが激しくなったりした。
 「じゃあ」と考え、思い切り暗い曲を立て続けに聴いてみることにした。そうすると、なんとなく安心できた。
 気分によって、曲の聞こえ方が変わってくるわけである。そう考えると、落ち込みを脱するには、曲の内容・テンポなどが本質的な意味を持たないらしい。
 「気晴らしをしよう」「どうすればいいかな」などと考えること自体が、感情をコントロールしていく作業といえるだろう。
 いずれにせよ、そういう技術を自分なりに身に付けていくことが必要かと思われる。

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2006年5月 2日 (火)

行動様式?

 熱心に株をやっている知り合いがいて、その人の話を聞いていると、「ウル・アガール」の法則、「カウ・サガール」法則というものがあるらしい。漢字をあてると、「売る・上がる」「買う・下がる」ということらしい。運用成績は聞いていないけれど、この人、どうも上手くいっていないらしい。
 デイトレード(1日のうちに何度も株式取引をすること)で利益を得ている人は、経済や経営の知識が必ずしもあるわけでなく、行動様式がたまたまデイトレードに適合的であるということに過ぎないのではないか、と思う。
 短時間のうちに上がったり下がったりするところで利益を得るために、経済などの知識はいらないし、あっても役に立たない。
 何が必要かというと、行動様式というか、判断の仕方が、たまたま市場にチューンできている、ということではないかと思う。
 政治家の浮沈の原因もそういうところにあるように思えてならない。

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2006年4月26日 (水)

競争・・・

 「競争というのは、人間の品性を損ねる」と思う。
 「人格円満になるための競争」というのは、多分ない。「品性を高めるための競争」というのもないだろう。
 競争というのは、フェアにやっていたとしても、所詮相手を蹴落とすことを目的とするものであり、心の中では当然に相手を蹴落とすことを考えているわけである。
 競争の帰結に懐疑的なので、私は、競争的な市場を賞賛する市場主義者になれない(経済学を勉強してたのにね。)。
 もう少し加えると、市場主義者にも2種類あって、(1)「競争というのは、人間の品性を損ねる」と思うけれど市場化はやむをえない、と考える人と、(2)そもそもそういう考えに鈍感な人がいるようである。(2)との対話は大変辛い。
 さて、多くの場合、競争は、自分の外にある価値基準に従うか、無理やりそれを内面化することを要求する。そういうところが特に「いやだな」と思う。
 自分の中にある価値基準に従って、やるべきことをやり、達成感を感じる、というのが私のテイストに合っている。
 もっといえば、私など、ただでさえ品性に問題があるのに、ギラギラして競争してたら、さらに品性に欠く人間になりそうである。なんとしてもそれは避けたい。

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2006年4月25日 (火)

常識???

 帰国子女が日本の社会・企業になじめないのは、日本の社会・企業の「常識」がユニークだからだろう。
 仕事などで、帰国子女と接していると、いつも、「これは合理的ではないとみんな心の中で思っているけれど、日本では常識だと思ってあきらめるしかない。」という説明をしなくてはいけない。
 ただ、帰国子女にも、二種類あって、一つは、利己的性格やもともと協調性がないなどの理由で「常識」と摩擦を起こす場合と、単に生活してきた文化の違いで「常識」と摩擦を起こす場合がある。
 前者の場合もできるだけやんわり伝えるしかないのだけれど、後者の場合、私が、いかに日本の「常識」なるものが大嫌いで適応に苦労したか、・・・なんて話ができたりして、お互いにいいストレス解消になったりする。
 そういえば、私と仲のよい人たちは、「常識」に適応できないのだけれど、意識し工夫して「常識」と付き合っている人が多い。
 あるとき、日本の企業で働いている友達の一人が、「「帰国(子女)でしょ?」と言われたー」と嘆いていた。確かに彼女は、帰国(子女)っぽい。
 彼女は、利己的性格でもなく協調性がないわけでもないのだけれど、哲学でいうところの「批判的反省」が身に染み付いている、というか、道徳より倫理を重視する、というか、そういったところが、日本人離れさせていると私は見ている。
 だとすれば、「帰国(子女)でしょ?」というのは、見ようによっては、褒め言葉として受け取っていいのではないか。

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2006年4月21日 (金)

くるわばくるえ

 岸田衿子という詩人がいる。岸田今日子の姉で、谷川俊太郎と結婚していた時期もある人だがそれはいい。
 「詩なんて読むの?」といわれそうだが、彼女の詩が好きだったりする。
 
 「くるあさごとに
  くるくるしごと
  くるまはぐるま
  くるわばくるえ」
 なんていうのは、なんとなく鬱な月曜の朝にいい。
 「鬱な気持ちになることがあるの?」なんて言われそうだが。

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2006年4月18日 (火)

阪神タイガース

 阪神タイガースがどうも好きになれなかった。好きになれないと、興味をもたないし、理解しない。したがって、私の阪神タイガース理解は低い。
 サッカーワールドカップに日本が出場を決めたときに、大阪のスポーツバーで、阪神のハッピを着て、「六甲おろし」を歌って祝う、というのは理解しがたい。
 カラオケで阪神タイガースの応援歌である「六甲おろし」を2時間のうちに5回も歌った女友達がいたけれど、これも理解できない。
 2002年、プロ野球が開幕し、開幕2連勝(優勝ではありません。)して大喜びし、道頓堀川に飛び込む、なんて阪神ファンがいたけれど、その気持ちはどうしても理解できない。理解しろ、という方に無理があるような気もする。
 しかし、阪神に対するアレルギーのようなものを頭から消し去って、よーく考えてみたら、阪神ファンは、野球なり生活なりをラテンに楽しんでおり、楽しい人生を送るための、あるべき姿のように思えてくる。
 もっといえば、関西出身の国連職員の活躍ぶりをみると、阪神ファンの行動パターンの方が国際社会を生きていく上で適合的であるようだ。
 努力して(?)阪神ファンになってみようかな。

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2006年4月13日 (木)

チェルノブイリ

 チェルノブイリ事故から20年が経つ。
 20年前、ミスタードーナッツでバイトをしていて、深夜の作業を担当していた。
 チェルノブイリの一報を聞いたのは、バイト中に聞いているFENからだった。
 「3人ないし1000人の死者が出た模様」などと、とてもニュースとは思えないことを言っていたのをよく覚えている。
 4月下旬に事故が起きた後、6月に、The Worst Accident in the World - Chernobyl:The End of the Nuclear Dream という本が早々に出版され、確か、7月に丸善で手に入れ、まともに英語の原書を読んだ初めての経験をした。読みやすかったのだと思う、というか、改めて手に取ったのだけれど、とても読みやすい。
 今は、原子力は夢でもなんでもなく、むしろ原子力発電所を止める国が多い。かつては、鉄腕『アトム』がいて、その妹が『ウランちゃん』だったりして、原子力が科学の夢を象徴していたんだろうと思う。
 勝手に「隔世の感」を味わっているわけだけれど、誰も共感してくれないのが悲しい。みんな物忘れが早すぎる!と愚痴の一つも言いたくなったりする。  

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2006年4月12日 (水)

地図サービス

 グーグルやヤフーの地図サービスのサテライト写真(航空写真?)を見るのが結構楽しい。
 自分がかつて住んだ街や旅行で訪れた街の様子をみたりしている。
 実家もはっきり写っていたが、よくよく見てみると、濃い茶色であるはずのベランダが、白く写っていた。しかし、屋根の色、車庫の色は、正しく写っている。
 どうも布団を干していたときの写真らしい・・・。

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2006年4月 6日 (木)

世界が狭すぎ2

 新しくきたアルバイトの女性と話しをしていた。
 彼女は、熱海の別荘みたいなホテルで管理人をしていて、辞めて現在、仕事でご一緒させてもらっている。
彼女曰く、
「知り合いの方(別荘にいた人)がNYで仕事をしていたのだけれど、本人だけ帰国し一人暮らしだった。」
「奥様は、NYが気に入って、不動産業の仕事をしている。」
「旦那さんの方は、熱海から鎌倉に転居した。熱海の別荘はそのままにしている」
「息子さんは、東南アジアとかにいて、その後、どっかに行ってしまった。」

・・・どっかで聞いた話だと思ったら、UNDPの「みっちゃん」とその家族のことだった。年明けに「みっちゃん」と二人で飲んだとき、お父さまの「逆」単身赴任について話してくれたっけ。

世界はやっぱ狭い。

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2006年4月 4日 (火)

「国立」の由来

 「国立」(くにたち)は、「国分寺」と「立川」合わせたものだ、と教えてもらった。知らなかった。どうも常識らしい。福沢諭吉が主張した結婚後の姓のつけ方のようである。
 なお、小田急線の「愛甲石田」は、「愛甲」「石田」は、それぞれ、厚木市と伊勢原市の地名であり、駅の位置が微妙なので、二つの地名を合わせたものだそうだ。「愛石」というわけにはいかなかったようである。
 さて、多摩モノレールを利用しているのだけれど、「うーん」と考え込みたくなる駅名がある。「大塚・帝京大学」とか「中央大学・明星大学」などである。もし、「LEC東京リーガルマインド大学」と「ノートルダム清心女子大学」が近くにある駅だったら、「LEC東京リーガルマインド大学・ノートルダム清心女子大学」という駅名をつけるのだろうか?そうすればアナウンスも大変だろう、などとくだらないことを考えていた。
 ただ、大学に関係のない名前をつけたら、駅名のあと、「中央大学と明星大学はこちらが便利です」というようなアナウンスをすることになるかもしれない。もしかしたら、合理的な駅の命名かもしれない。

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2006年3月26日 (日)

「うち」と「そと」

 知り合いで人事をしている人たちから聞く範囲では、企業なり官庁なりには、ある程度の比率で、ほとんど仕事をしない人、もしくは、仕事ができない人(私?)がいる。
 また、大企業だったり行政組織だったりする場合、正規職員として勤務している人が、ほとんど仕事をしなかったりするような場合でも、「仕方ない」といった態度で臨む場合も多いようである。
 これと対照的なのが契約社員の場合である。契約社員は、不安定な身分で、かつ、低い給与・手当という劣悪な労働条件の下にあるにもかかわらず、「仕事ができない」場合には、大変冷たく扱われる。似たような状況が国連にもあり、いわゆる正規職員と短期任用者の関係がこのようなものになっている。
 このことがいつも不当に思えてならない。また、多くの場合、その「不当性」に無自覚である(らしい)ことに「気持ち悪さ」を覚えている。
 日本の組織も国連にも、「うち」と「そと」があって、「うち」の人(正規職員)にはやさしく、「そと」の人(契約社員など)には厳しく、という規範が知らず知らずのうちに醸成されているようである。
 冷静に考えれば、本来は逆であるべきと思う。せめて、待遇とパフォーマンスの衡平が図られるべきだろう。
 企業や行政組織は機能集団とはいうものの、共同体的な側面があるので、共同体の成員(この場合、正規職員を指す)に都合のよい規範が醸成されることはやむをえないとも思う。しかし、公平とか公正といった観点からみると、問題があるだろう。
 こういった状況の改善が図られるべきと思うけれど、ひとりひとりの心がけ(批判的反省?)に期待するという、最も頼りにならない対策くらいしか、改善の方策はないようである。

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2006年3月23日 (木)

言い回し

 言葉の意味を考え込むクセがあって、そのため、色々「使えない言い回し」を持ってしまった。
 その一つに、「本当の・・・」という言い回しがある。
 「本当の福祉」とか、「本当の地方自治」とか、「本当の国際協力」といった言い回しには、強い違和感を感じる。
 たとえば、「本当の福祉」という言い回しは、「現在の福祉」を否定するためには便利である。どんなにすばらしい「現実の福祉」があっても、「本当の福祉」と比較したら、はるかに劣るからである。
 「本当の・・・」という言い回しに対する私の違和感の所在は、ここにあると思う。
 話は飛ぶけれど、親しくなる人というのは、こういう言語感覚を共有するか、尊重してくれるか、のどちらか、という気がしている。そう考えると、私に友達が多くないのは、言語感覚が独特過ぎるからかもしれない。

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世界が狭すぎ。

 3泊4日の韓国出張から帰ってきた。
 行き先で次官クラスの人に迎えられて戸惑ったのはまあいい。

 旧知の韓国の公務員(当時補佐、現在局長)に、ソウル市郊外の果林というところにある訪問先で、たまたま15年ぶりに会い、一緒に食事をした。相変わらずザルだった(あ、酒のことです。)。

 ニューヨークで中国代表部にいた仲良し(当然ながら中国人)がたまたまソウルに来ていたので会った。

 世界が狭いにもほどがある。

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2006年3月13日 (月)

相互依存

 相互依存が大きすぎると、危機や事件が連鎖的に大きく拡大する場合がある。
 相互依存が小さすぎると、危機や事件が連鎖的に大きく拡大することはないけれど、一方で、効率性など別の問題が起きる場合がある。
 上海など中国の沿岸部で不動産などの「バブル」が崩壊した場合について、マクロ経済学者は、中国経済全体への多大な影響を想定しているようだけれど、地域研究として中国を研究している人のなかには、中国の地域間の相互依存が決して高くないこともあって、バブルが崩壊したとしても、その影響は限られたものになると予想する人もいる。
 平均値でモノを考えると、前者の方が正しいと思う。しかし、現実は多様な側面をもっており、相互依存の度合いといったことは、見落とされがちである。
 どちらが正しいか、わからないけれども、平均値で考えることと、多様な側面から考えることのバランスをとることが必要だろう。

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2006年3月12日 (日)

動物園?

 久しぶりに郊外の動物園に行った。
 動物はあまり好きでないし、昆虫は論外(大嫌い!)なので、結局、ベンチなどでのんびりする時間が長かった。計2時間以上、移動しながら、ベンチや階段やコンクリートの段差に座っていた。お尻が痛くなった。
 その間、動物園に来ている人を眺めていた。
 カップルか家族連ればかりである。そのほか、少々、ダブル・デートっぽいグループがいた。
 家族連れを見ていて、気がついたことがある。
 親子はともかく、「祖父母と子供」のパターンでは、祖父母は、口うるさい人たちが多かった。多分、親にもうるさいことを言うので、親は面倒になり、子供を押し付けているのではないか。見たところ、7割くらいの祖父母と子供の組み合わせに妥当するように思われる。
 一方、3世代が揃ったパターンは、おおむね幸せそうだったけれど、「嫁らしき人」が祖父母にやたらと気を使っていて痛々しい場合もあった。
 家族におけるなかなか難しい関係や思惑が「動物園に来る」という行為にも反映されるのね、などと考えていた。多分、子供たちも、そういうことを敏感に感じ取っているのだと思う。

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2006年3月11日 (土)

三日月

 三日月の暗い部分が、見えるのは、なぜだろう、というのが、私の長年の疑問だった。要するに、満月だったら光っているけれど、三日月のときには光っていない部分が、どうして可視なのか(みえるのか)、という疑問である。小学校の3年生のとき、理科で月を観察して以来の疑問であった。
 
 答えは単純で、地球からの光が月に反射している、とのことである。ついでに、この地球からの光は、「地球照」と呼ばれるそうである。 
 この歳になって、ふとしたきっかけで、質問してみたら、あっさりわかってしまった。
 恥ずかしがらず、聞いてみるものだ、と思った。
 大げさにいえば、世界が広がる場合だってあるかもしれない。

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2006年3月 7日 (火)

使命?

 多くの場合、市民団体の使命は、「権力の横暴に反対すること」だろう。そのために、理屈の正しさといったことを証明することに熱心でない場合が多い。
 マスコミの使命は、「重要なことを正しく伝えること」だろう。しかし、マスコミ人としての評価は、「反響」により測られるので、結局、情報の正確さや情報が正しく伝わることを重視することに熱心でなく、扇情的、直観的な表現に傾いたりする人も多い。
 役所の使命は、「公益の実現」といえるだろう。しかし、責任やリスクを回避したいので、「公益の実現」という目標からみて「正しい」と考えられる施策よりも、「手続きの正しさ・他の施策との整合性」を優先させがちといえそうである。
 市民団体、マスコミ、役所をそれぞれの行動のレベルで批判しても、詮無いことであり、行動のレベルではなくて、行動規範のレベルで考えていく必要があろう。
 つまり、「目的関数」といっていいのか、「インセンティブとサンクションのあり方」といっていいのかわからないけれど、それぞれの場所で働く人たちの行動規範を決定づける諸条件を作り変える発想が必要だと思う。具体的な解決策は思い浮かばないけれど・・・。

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2006年3月 6日 (月)

株と掲示板

 ソフトバンクがボーダフォンの日本法人を買収して、一気に携帯電話への参入することが新聞に載った。買収に必要な一兆円以上の資金を新株発行によらずに調達するとも。
 ソフトバンクは、最近、株価がじりじり下がっていたが、このニュースは、上がるにせよ下げるにせよ、ソフトバンクの株価に大きな影響があると考えられる。
 株価が下がるような買収を実施するような経営者はいない、というのが常識的な見方なのだろうけれど、「窮鼠猫を噛む」といような悪あがきの可能性だってある。
 とても興味深い事件(事案?)なので、株取引についての掲示板を飽きずに見ていた。「ストップ高・暴騰」派と「ストップ安・暴落」派が均衡するような状況だったが、あまり間がなかった。また、その内容をみると、質の悪い、悪意のある情報が満載されていた。冷静な分析も、故なき批判でかき消されているような状況である。
 現在、個人で株式取引をやっている人は、こういった情報にさらされている。情報過多といっていい。そのなかから、正しいであろう情報を取捨選択して取引の判断をしていく必要がある。つまるところ、株式取引で儲けるために必要なのは、「情報を取捨していく能力」、もっといえば、「正常な判断力」、さらにいえば、「教養」だと思われる。

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2006年3月 5日 (日)

少子化・・・

 母子家庭の平均収入が、100万円台半ばくらい、養育費等を含めても200万円にようやく乗せるくらい、だそうである。
 首都圏でこれくらいの収入で子育てをするのはものすごく大変だろう。
 ただ、私の田舎の場合、なんとか暮らしていけると思う。コミュニティのネットワークがあって、公的なサポート以外のサポートがそれなりに受けられそうである。ただ、よそ者には冷たい、という大きな欠点があるけれど。
 いずれにせよ、離婚の可能性が頭をかすめる人は、子供をつくる、なんてことは怖くてできないのではないか、と思う。
 
 日本の企業、社会は、シングルマザー、シングルファザーに冷たい。ことさら冷たくしようとしているわけではないのだろうけれど、企業の長時間勤務とか、保育園などの充足率など、いろいろ考えると子供の面倒をみながら「普通に」仕事をしていくことに困難が生じる。とても先進国の姿ではないように思う。
 もう少し、穏当な働き方ができ、公的サポートが充実してほしい。
 世間では、高齢人口が多くなり、実際に子育てをしている人が減っている。そのため、政治の場で、高齢者の意見が重視されるけれど、子育てをしている人の声が重視されなくなりかねない。つまり、年金問題に目が行き、子育て支援に目が行かなくなる。少々心配である。

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2006年3月 3日 (金)

市場の倫理?

 しばらく前、「市場の倫理、統治の倫理」という本を読んだ。この本での「倫理」は、「アリストテレスの倫理学説」という場合の「倫理」という感じではなくて、「行動規範」というくらいのイメージである。
 世間では、行政に「市場原理」を導入しようとしているけれど、これは、「行政官の行動規範を、企業で働く人たちの行動規範に変更するもの」という見方もできる。
 民営化は、特定の分野の行政をそっくり企業に変更してしまうし、成果主義の導入は、部分的にせよ、行政官の行動規範を変更することになる。
 市場原理の導入を唱える人は、「行政が効率的でない」という前提からスタートする。市場原理が導入されると、行政官も「やる気」になり、「やる気」があれば、「行政が効率化する」という論理らしい。
 しかしながら、行政のさまざまな活動をみていると、「行政が効率的でない」原因は、「やる気」のなさ以上に、法律に従った手続き・仕事の進め方、政治や国民との関係などメカニズムやマネジメントの問題が占める比重の方が大きいと思うことが多い。
 こう考えてくると、専ら行政官の「やる気」を出させることにより「行政の効率化」を図ろうとするやり方は、「根性さえあればなんとかなる」という精神主義に見えてしまう。
 市場原理の導入には、だいたいのところは賛成だけれど、こういった「精神主義」ではなくて、包括的な観点からの「合理主義」に基づいた議論をもってすべきだと思う。

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2006年3月 1日 (水)

インターネット販売

 新しくデジカメを買った。これで3台目である。昔に比べると、安くなったし、機能も良くなった。
 デジカメを買うに当たっては、とりあえず、インターネットで調べ、近所の量販店で製品を確認し、家に帰りインターネットで注文する、という手順を考えた。しかし、インターネットをチェックしたら、量販店の方が安いことに気がついた。
 どうも、インターネットよりも量販店の方が安い、というのは、珍しいことではなくなっているようだ(というより、匹敵する価格になりつつあるようだ。)。先日、プリンタを買ったときも、目玉商品だったこともあり、インターネットでの最安値よりも量販店の方が大幅に安かった。
 その昔、消費税が導入されようとする頃、「消費税が導入されると、徴税回避のため、多段階に分かれた複雑な流通システムが簡素化し、消費者の利益になる」というような議論があった。これはこれで正しいように思う。
 しかし、今にして思えば、流通システムの効率化への影響は、消費税と比べものにならないくらい、インターネットによるものの方が大きい。
 技術革新には目を見張るものがあるけれど、それにつれて、流通などのシステムもどんどん変化している。デジカメの値段一つとっても、少し前の常識が通用しなくなっている。
 こういう世界に生きている人たちからみると、公務員の仕事ぶりにイライラするのは、わかるような気もする。

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2006年2月28日 (火)

冗談メール

 友人から、英語の冗談メールを受け取ることはよくあったけれど、日本語の冗談メールを初めて受け取った。次のような内容だった。
問1:「あたかも」を使って短文を作りなさい。
答え:「冷蔵庫に牛乳があたかもしれない」
問2:「どんより」を使って短文を作りなさい。
答え:「僕は、うどんよりそばが好きだ」
問3:「もし~なら」を使って短文を作りなさい。
答え:「もしもし、あなたは奈良県の方ですか?」
問4:「まさか~ろう」を使って短文を作りなさい。
答え:「まさかりかついだ金たろう」
問5:「うってかわって」を使って短文を作りなさい。
答え:「兄は麻薬をうってかわってしまった」
 結構笑ったので、友人に転送したりしたのだけれど、このメールは、しばらく前、中学生の間で流れていたとのことだった。

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2006年2月26日 (日)

車内アナウンス

 朝、始発駅から、地下鉄への直通電車に乗る。その電車は、約45分間地上を走り、そこから地下鉄に接続している。私は、地下鉄に入る前に降りる。
 この電車の車内アナウンスは、いつもうるさいのだけれど、ときどき飛び上がるくらいうるさいときがある。実際、車内放送で「ビクッ」と目を覚ます人もいたりする(朝、早いのよ。)。
 地下鉄向けの音量と地上の鉄道向けの音量が違っており、地下鉄車両を使っている直通電車の車内アナウンスは大きく、そうでない電車は小さい、ということのようである。
 車内アナウンスの音量に誰も文句を言わないのだろうか、と不思議な気持ちになる。
 といいつつ、私がこの現象(法則?)に気がついて、かれこれ2年くらいになる。文句をいう意志もあまりない。
 この従順さは、日本人の特徴なのだろうか、などと考えたりもする。

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2006年2月25日 (土)

カーニバルとマグロ

 リオのカーニバルの季節である。
 リオには、カーニバルが終わって閑散としているときに一度行ったことがある。カーニバルを十分楽しんでから仕事をしている!って雰囲気の活気があった。
 NYにいたとき、日本食ブームで、韓国料理屋さんでさえ、競って「すし」を出していたりした(「すし」といえる代物かどうかは別にして。)。すし職人さんにいろいろ聞いていると、2月には、カーニバルがあるので、ブラジルからマグロが入らず、日本から輸入している、とのことだった(そこそこ高級なところの場合。)。
 つまり、(1)NYのマグロはブラジルから輸入しているものが多い、(2)ブラジル人はカーニバルの季節には仕事をしない、ということである。
 仮にブラジルのマグロを取り扱う会社が、カーニバルおかまいなしに働けば、大きな収益を上げることができる可能性が高い。しかし、ブラジルでは、このようなアイデアを「ビジネスチャンス」とは認定していないのかと思われる。だから、NYにマグロが届かない。
 一方、日本の場合は、このような創造性のないアイデアであっても、「ビジネスチャンス」と呼ぶのだろう。あまりうれしくない。

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2006年2月23日 (木)

喫煙マナー

 喫煙者への風当たりが強い。
 「喫煙者の良識のなさ」が批判されてきたけれど、「非喫煙者の不寛容」は、なかなかの見物である。あらゆる場所からタバコを排除しようと血眼になっている。
 役所では、しばらく前から執務室内禁煙になっていたけれど、「既得権」とばかりに、執務室内で平気で吸っている人たちがいた。部下がゴホゴホしていようが、風邪をひいていようがお構いなし、という場合もあったりした(上司がゴホゴホしていたり、風邪を引いていたりしたら、別途の対応をしているように想像される。)。
 NYの国連事務局では、マイナス10度というような気温にもかかわらず、玄関前で寒さに震えながらタバコを吸っている人たちがいた(立派!)。
 けれど、事務局のある部署では、禁止されているにもかかわらず、喫煙が行われていた(よく見かけていた。)。部下が抗議しようがおかまいなしだったらしい(抗議した人もいたが。。。)。
 どうも一部喫煙者のマナーの悪さは共通しているようである。
 こういった状況をみていると、「非喫煙者の不寛容」はやむを得ないと思われる。
 ずっと前になるけれど、執務室内喫煙禁止になってからも執務室内で喫煙をしている人について、「どうして平気で吸えるんだろう」と疑問に思っていたところ、ある人が「(執務室内で吸っている)××さんが喫煙コーナーに来たらみんな黙っちゃうんだよね。」などと言っていたのを聞いたことがあった。
 一つの理由がわかった気がした。同情を禁じ得なかった。。。

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2006年2月21日 (火)

起業?

 商社の知り合いから、新しい洋服のブランドを立ち上げた話を聞いた。とても楽しい仕事だったようである。
 半ば常識かもしれないけれど、可能性が極めて低くてもいいから起業してボロ儲けをしたい、というのでなければ、商社などの大企業に入社して新しい事業を立ち上げる、もしくは、企業で経験を積んでから起業するのがよいと思う。
 企業に入れば、起業家が駆け回ってやっと得ることのできるリソースが予め用意されているからである。その代わりといってはなんだけれど、ボロ儲けはできないだろう。
 もっと言えば、起業の成功例はたくさんあるけれど、「既存企業ではできない」といえるものはほとんどないように思える。
 いずれにせよ、「起業」を日本経済のダイナミズムの主たる源泉と捉えるのは現実的には難しい。既存企業の新規事業開拓に期待する方が現実的だろう。そうして、既存企業が新規事業開拓に精を出すと、一層起業が難しくなりそうである・・・。

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2006年2月19日 (日)

前世?

 前世を信じる人は、普通来世を信じる人である。現世が最終であるとは基本的には考えてない。
 また、多くの人は、悪人は報いを受けるとも信じている。
 つまり、悪人が現世で報いを受けていない場合には、来世で生まれ変わって報いを受ける、と考えている。
 ニーチェがみたら、「地上を超えた希望を説く人々を信じてはならない」と絶叫すると思う。
 それはさておき、私は前世を固く信じない。したがって、悪人は、来世で生まれ変わって報いを受ける、とも当然思わない。
 このため、悪人がいたら、現世で因果が巡って欲しい、なんて考えてしまいがちである。要するに、現世の因果応報は現世のうちに完結してほしい(無理だけど。)。
 こういう考え方をしている人は、「人間ができてない」ということになる。
 「できた人」になるためには、社会通念(のようなもの)を受け入れた方がいいようである。。。しかしなあ。。。

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2006年2月16日 (木)

カップル

 ほぼ毎朝、作業所の送迎バスを待つ人たちを見かける。この作業所は、心身に障害を抱える人たちの授産施設らしい。
 そのなかに、一組カップルがあって、仲良く手をつないだりしているのが、とっても微笑ましい。
 お互いに、日本語で十分にコミュニケーションができるわけではないようである。「うー」とか、「あー」とか言い合っている。しかし、なにか通じ合っているものがあるのだろう。
 あるとき、女の子の方が、情緒不安定で、叫んだり暴れたりしていた。居合わせた作業所の職員らしき人がなだめようとしていたけれど、なかなかおさまらなかった。しかし、彼が到着して女の子と手をつないだら、彼女は、落ち着きを取り戻した。
 こういう関係を取り結ぶことが、「幸福の条件」なんだろうけれど、どうも世間では重視されていないように思えてならない。

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2006年2月15日 (水)

DNA

 DNAの研究者からお話を聞く機会があった。
 生物学には疎いのだけれど、興味深い話がいくつもあった。
 例えば、人類がある遺伝子を持っていて、それがAとBの二種類あるとする。AとBのどちらが突然変異により生じたものかを考えた場合、AとBを比較しても結論は出ない。そこで、チンパンジーやボノボが登場する。これらは、人類と共通の祖先をもっているので、仮にチンパンジーが、Aという遺伝子を持ち、Bをもっていないとしたら、Bという遺伝子は、突然変異で生じたもの、と推定できる。
 普段、人間のAさんとBさんを比較する場合に、チンパンジーとは比較しないが(当たり前である。)、生物学では話が変わってくる、というところに興味をそそられた。
 その研究者によると、DNAの研究結果が差別を助長する、という批判が寄せられ、研究がしにくい場合がある、とのことである。「差別を助長するから、自然科学の研究を止める」というのは、転倒した主張かと思う。自然科学の知見が差別に繋がらないよう知的な訓練を重ねたり、工夫を行うべきではなかろうか。
 ただ、テレビのバラエティーなどで、面白おかしく遺伝に関するエピソードが紹介されているのをみると、「余計な遺伝上の知見を提供しないで!」と主張したくなる気持ちはよーくわかる。

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2006年2月11日 (土)

テイカー

 今からちょうど10年ほど前、ニフティを始めた頃、役所の人たちと話をしていたら、「電子メールなんて、高級ファックスに過ぎないではないか。」と言う人がいて、目が点になったのを覚えている。さらに悪いことには、その場に居合わせた人たちも同意していたりした。本当に困った。
 放っておけばいいのだけれど、そのとき、「ファックスが馬車なら、電子メールは自動車です。自動車は馬車が便利になったものだけれど、生活を劇的に変えましたよね。」などと説明した。それでもなかなか理解してもらえなかった。
 現在、「高級ファックス」発言をしていた人から電子メールを受け取ったりすると、なかなか感慨深いものがある。
 世の中には、「何かを始める人」(リーダー)と「始まったことをよく考えて積極的に対応する人」(テイカー)と「何も考えずに消極的に対応し、結局ついていくことになる人」(フォロワー)がいると思う。
 私は、「リーダー」になるつもりはないけれど、「フォロワー」になりたくないので、せめて「テイカー」くらいを自分の立ち位置にしたいな、などと思う。

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2006年2月10日 (金)

家系図

 宮内庁職員が作成した、天皇家・宮家の家系図(年齢入り)のコピーをもらった。家系図をみていると、皇室典範を改正したくなる気持ちはわかるなあ、と思った。男系を維持しようと思うと、ずーっと昔に皇籍を離脱した、遠い親戚を皇籍に入れ直さないといけない。これはとても大変なことだと思われる。
 ふと、昔は、下々のものが天皇家の家系図を書く、なんてことをしてはいけなかったのではなかろうかと想像した。いい世の中になった、といえるのではなかろうか。

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2006年2月 9日 (木)

ボケ防止と株式取引

 「株式取引はボケ防止にいい」というような話をする人がいる。「ボケ防止に株式取引を始めた」という人もいる。
 確かに株式取引は、ボケ防止にはいいだろう。「お金儲け」という欲望に関わることで、一喜一憂していたら、ボケ防止にもなるだろう。単純な事実に関する判断を示している。
 しかし、「ボケ防止に株式取引を始めた」というのは、「照れ隠し」だと思う。つまり、これは、「金儲けをしたい」ということへの禁忌を抱きつつ、「金儲けをしたい」という気持ちを強く持っているので、株式取引を始めた、と翻訳できると思う。
 単純に、「株式取引をしている」といってくれれば、変に勘ぐったりしないのに・・・。

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2006年2月 4日 (土)

日本語のローマ字化

 志賀直哉が、「漢字を廃して、ローマ字にすべき」という主張をしたことは有名だけれど、戦後かなりの期間、表意派(漢字の尊重派)と表音派(漢字廃止派)の争いがあったそうである。
 
 中国でもローマ字化の議論があったらしい。「ある外交官の回想」(松永信雄著)には、中国の高官が、「簡体字は、ゆくゆくローマ字化するための第一歩に過ぎない」と話していたそうだ。
 日本語変換ソフトが発達した現在、漢字の不便はさほど感じないし、携帯電話などでは、漢字とカナが混ざっている文の便利さを痛感する。英語での携帯メールは、「How are you?」を「how r u?」などと略しても面倒である。
 技術革新が漢字の不便を解決し、文化の多様性の尊重という考え方が強まったこともあり、もう「表音派」を名乗る人はほとんどいなくなったものと想像する。よかった・・・。

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2006年1月31日 (火)

帰省した(食べ物)

 帰省すると、両親は、とにかく「食べろ食べろ」というので、ついつい大食いしてしまう。
 「ダイエットしている」(してないけど)といっても通じない。
 どうしてあんなに「食べろ食べろ」とうるさいのだろうか。
 もしかしたら、戦時中から戦後にかけての食糧不足の経験が原因になっているのかもしれない。
 小説などで、戦後食糧不足の時代の「代用食」のまずさについて書かれているのを読んだ記憶があるが、両親とも、食糧では辛い思いをしたはずである。
 そういった辛さは、豊かな時代に育った私にはなかなか想像できない。
 
 いずれにせよ、両親にとって私は子供だし、子供にたらふく食わせるのは、両親にとって幸福なことなのだろう。
 仕方がない、帰省しているときくらい、暴飲暴食をすることにする(!?)。

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2006年1月30日 (月)

帰省した(住民自治)

 わが町の合併話は進まない。
 町民投票(アンケート?)では、合併派が上回ったのだけれど、町長、町会議員、町役場職員は、みーんな合併をしないように頑張っている。無茶である。
 帰省した際、次のような話を聞いた。
 ある町会議員は、必死になって合併反対を説いて回っている。その町会議員の子息は、30歳半ばなのだけれど、大卒後2年くらい仕事をしただけで、あとは、ずっとフリーターをしている。困った親(町会議員)は、次回の選挙で子息を町会議員に立候補させようとしているらしい。
 必死である理由はよくわかるが、「選挙運動=就職活動}というのは、ちょっと考えてしまう。
 わが町のように、「町民投票で合併派が上回っても合併を検討しない」なんてことをするような自治体では、「住民自治」が機能していないわけであるから、「住民自治」にこだわって「議会」を設けずに、アメリカのような「シティ・マネージャー」を設けて、住民からの意見を直接聞きながら行政運営を行った方がいいような気もしてくる。

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2006年1月29日 (日)

帰省した(農家の格差)

 わが家は高台にある。
 自転車(自動車ではない)もすれ違うのに一苦労する細い道を通って、やっとこさたどり着く、といったところにある。老人が住むのにはきつい場所である。
 それでも、駅からは10分程度なので、便利といえば便利であるし、眺望はいい。
 裏山には、段々畑が連なっている。段々畑の農作業は大変な苦労がある。
 平地の畑と段々畑とでは、一人当たり耕作可能面積が格段に違ってくる。親しい人たちをみると、平地の農家は、一人当たり耕作可能面積が広い分、戦後に農地改革などを経て得ることのできた土地が大きく、しかも、道路が通ったり住宅にしたりするなどした際の一時収入もあったりして、恵まれた場合が多いようである。一方、段々畑は、道路にも住宅にもならないので、一時収入にめぐまれることはない。
 なかなかはっきりとした対照を見せていて興味深いものを感じている(なお、当然、わが家は、一時収入にめぐまれることのない農家である。)。

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2006年1月23日 (月)

大学改革

 大学の改革が必要だ、と言われてきて久しい。
 
 改革のテーマのうち、カリキュラム・教員の質の向上については、社会人大学生・大学院生を増やせばよい、というのはどうもコンセンサスらしい。
 つまり、社会人大学生・大学院生は、目的意識が強いため、真剣に取り組むので、しっかりしたカリキュラムを準備しなくてはいけなくなるし、教員は手が抜けなくなる、ということらしい。
 確かにそうだ。休講があったら、普通の大学生は喜ぶけれど、社会人学生は怒る、とも言われているし。
 沢山の社会人が、大学や大学院に戻って、また社会に出ることができるような仕組みを作れば、知識社会にふさわしい「高度職業人」の育成が進むし、大学のカリキュラムの内容も向上するしで、一石二鳥である。
 いい案だと思うのだが。

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2006年1月22日 (日)

新聞の購入

 週刊誌などで、「公務員はこんなにヒマ」なんていうキャンペーンがあった。
 それはそれはひどい写真が沢山あった。その中でも勤務時間中にゆっくり新聞を読んでいる、という図が少なくなかった。
 官庁は、大量に新聞を購入している。自分が朝日をとっていたとして、職場に、日経、読売、毎日、産経などの新聞が並んでいたら、ついつい手が伸びてしまうのは人情というものである。
 新聞社が困るのが理由かもしれないけれど、公務員に批判的な団体等が、官庁が新聞を購入することに問題にしてきていないのは、不思議な気がするがどうか。
 個人的には、各官庁の広報室が一括して購入して、各官庁に関係のある記事をスキャンしてメールで配布する、というようなことにすればいいと思う。折角インターネットがつながっているのだから、それくらいしてもよさそうなのだが。

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2006年1月21日 (土)

戒名?

 両親は戒名を持っている。生きている間にお寺からもらった。
 この話を同僚にしたら、驚かれた。その人は、「戒名は亡くなった時、高いお金を払って、つけてもらうものだ」と理解しているらしい。
 戒名は、もともとキリスト教の「洗礼名」のようなもので、在家信者に与えられるものだと私は理解していた。彼我の理解のギャップに私も驚いた。
 もともと戒名は生きている間にもらうものである。戦後、仏教が「葬式仏教化」していく過程で死者に贈るものとなった。
 「○○院××居士」という書き方からして、○○に住む××という在家信者、という意味と取れる。
 お葬式で戒名をつけたら数十万円という単位の費用がかかると聞くが(あこぎな商売である。)、私の両親は、戒名を月々のお小遣い程度で買ったそうだ。
 うーむ。構造改革はこういうところからやってほしいような気もする。

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2006年1月17日 (火)

大学の自治

 大学の中にはなかなか警察が入ってこないので、取り締まりを回避できると考えた非行少年たちが、大学の構内でシ ンナーを吸っていた、なんて話があった。「大学の自治」ということで、大学は警察が入りにくいところだった。今も同じかどうかは知らない。
 さて、大学の崇高な役割を果たしていくため、「大学の自治」(教授会自治?)という標語の下、大学は、外からの意見を含めた介入を撥ね付けがちだった。また、教授会などの意志決定機関は、路線対立などで機能しない場合も多々あった。特にかつての国立大学のその傾向が強かったと言われる。つまるところ、「大学の自治」が、大学を機能不全に陥らせる原因である、という批判は根強かった。
 そうした中、大学の評価については、1991年におそるおそる自己点検評価を導入した後、1998年に第三者評価、2002年に認証評価というように、おそるおそる始めた評価が、1990年以降、一気に定着した。
 これまでの常識だと、「大学の自治」と「外部評価」は、ほとんど相容れないのではないか、と考えた。しかし、大学関係者によると、「確かに外部評価を大学が受け入れるなんてことは予想できなかったけれど、結局とのところ、「予算の配分に反映させる可能性がある」ということがあって、広がったとみている。」のだそうだ。
 意地悪な言い方をすれば、かつて大学側が主張していた「大学の自治」も金には代えられない、ってことらしい。
 穏当な見方は、「大学の自治」に意味の変容があった、もしくは、「大学の自治」を濫用しなくなった、というところだろうか。

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2006年1月15日 (日)

文学部?

 売れっ子(今もそうかどうか知らない)の永井均信州大学教授が書いた「子供のための哲学」という本で、子供は存在を、青年は自己・人生を、大人は社会を、老人は存在(死)を考える、というような趣旨のことが書いてあった。
 そのとおりだと思う。ただし、現実には、存在を考えるところで止まったり、自己を考えるところで躓いたりしていて、社会への興味たどり着くことがなかなかできない人も多いのではなかろうかと思う。
 社会に出るためのスキルを身につけることを期待されて大学に進学することが一般的な状況の下では、全く社会に興味を持たないまま、大学の社会科学系の学部に進む、という人も多いのではなかろうかと思う。
 かくいう私もその一人だった。「親を心配させるのもなー」などと考えつつ、適当に大学・学部を選び、お堅いところに就職したのだけれど、「文学部に行きたかったなー」などと思っていたりした。
 仮に子供が「文学部に行きたい」と言ったら、「何を勉強したいんだ?」などとクールに質問しつつ、心の中では、「よきことじゃ、よきことじゃ」と考えるに違いない。

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2006年1月 9日 (月)

目に見えないもの

 「大切なものは、目に見えない」といったのは、星の王子様だったけど、かつて「目に見えないものを大切にする人が魅力的だ」というようなコピーか何かが流通していたのを記憶している。「キザでいやだな」と思っていた。
 学問の世界で考えたら、例えば、哲学者は、目に見えないものを大切にしている人たちである。一方で、経済学者は、目に見えないこをと考えない。目に見えないことを考えた瞬間に、(経済)哲学者になってしまう、といえるだろう。
 目に見えないけれど、大切なものはある。すぐに思いつくのは、倫理とか規範とかいったものである。哲学者の多くは、倫理とか規範を問題にする。
 一方、経済学者の観点からは、倫理とか規範は、経済活動に多大な影響を与えるけれど、目に見えないので、経済分析の対象から外れている。なお、経済学の側でも、一応は不可視なものを可視化する努力は行っているが、いずれにせよ可視化には限界がある。
 現在、政府レベルの意思決定(政策決定)において、経済学の占める役割は極めて大きい。経済学者が想定する以上に大きくなってしまっているのではないか、と思う。政策決定において、もっと「目に見えないもの」をもっと大切にすべきだと思うけれど、経済学に期待するのは間違いだろう。政策の現場において、他の学問が弱いことことの裏返しに過ぎない。
 個人レベルでも、経済学などの経験科学をもってすべての科学が網羅されているくらいに考えている人もいる。そういう人は、えてして「哲学無用論者」だったりする。
 私としては、哲学無用論者から遠く離れていたい、と思う。「哲学無用論者」に無用の用を説いても無駄だし、積極的に関わる義理がそもそもないからである。
 つまるところ、「目に見えないものを大切にする人がいい」なんてことを考えてしまう。キザでいやだな。

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2006年1月 8日 (日)

ピア・レビュー

 一定の自律性を有する組織や集団には、アカウンタビリティが求められる。
 行政においても、かねてより、会計検査、行政監察など、アカウンタビリティを確保するための制度があったが、1990年代から、行政手続法、情報公開法、政策評価法など制度がさらに整えられていった。
 それぞれ対象とするアカウンタビリティのレベルはさまざまあるけれど、ほぼ網羅されているように思える。あとは、運用の改善を行っていく必要があろう。
 話は変わるけれど、普段から専門家のアカウンタビリティが弱い、と感じる。
 すべてダムを廃止しても水需要はまかなえる」なんていう学者もいたりするが、ダイエットをやっていた関係で、医学博士と名のつく人が、「トンデモ説」を披露していたのが特に腹立たしかった。
 自称(?)専門家に対し、アカウンタビリティを求めることは難しいのは理解できる。
 医師などの専門家のアカウンタビリティは、ピア・レビュー(仲間内の評価)によるくらいしか方法がないのでやむをえないとは思う。学会などがピア・レビューの機能を果たすのだろうけれど、どうしようもないダイエット説を発表している医師などが存在しているのをみるにつけ、機能しているようには思えない。
 アカウンタビリティと倫理は相互補完的であるが、「トンデモ説」を主張する医師が放置されているなかで、医の倫理を強調しても、「はい、そうですか」という気持ちにはなかなかなれない。そういう医師を出さない、放っておかないのが、医の倫理に対する信頼を確保するために必要なのではなかろうかと思う。

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2006年1月 7日 (土)

対象が方法を決定する?

 仕事をしていくために、専門性というものはそれなりに重要である。
 国連などへの就職においては、専門性が殊更強調されるが、研究ならばともかく、実務のためには、ある程度の知識があればよい、と思う。
 国際協力ワーカーの話を聞いていると、専門性の名の下、特定の方法論に基づき、実態にそぐわない取り組みをしている、という話を聞くことが多い。どうも、欧米諸国の国際協力ワーカーへの不満は、こういったところにあるようだ。
 一方で、日本人の多くは、方法論を信じきってはいないようである。日本では、無理やり原理原則を当てはめることが一般的ではなさそうだ。経典の民ではないからかもしれない。
 話は変わるけれど、哲学の世界では、「対象が方法を決定する」というような言われ方をする。
 あらかじめ方法があるのではなくて、まず対象があり、それとの関わりを通して、方法が出来上がっていく、ということだと了解している。これは、哲学が、諸学を基礎付ける学問であることに大いに関係している。
 哲学から離れて、現実的なレベルで考えても、対象が変われば、ひとたび出来上がっている方法が適用できるかどうか、新しい方法によるべきか十分な吟味が必要である。
 国際協力の現場で、「方法ありき」で対応するのは問題が多かろう。「方法ありき」というのは、方法の適用に当たって、十分な吟味を行っていないことであり、知的怠慢である。こう考えると、日本人の国際協力ワーカーがしばしば表明する不満は、欧米の専門性の高い人たちによる「知的怠慢」が原因であるような気がしてくる。
 「対象が方法を決定する」ということのアナロジーになるけれど、実は、「人(対象)と出会う・関わる」ということは、「人との関わり方(方法)」を、そのたびに変更することが要請されていることではないかと思う。
 現実的には、ほとんどの場合、人との関わり方を大きく変えることはない。いちいち変えていたら大変だからである。結局、「いい人」「普通の人」「困った人」などなどに分類し、すでに身につけている「関わり方」を適用していく、ということになっていると思う。
 ただし、時に、人との関わり方を大きく変えることことになる貴重な出会い・関わりも経験する。
 「素晴らしい人に出会う・関わる」という経験は、人格、識見など、大いに参考になるという点から貴重であるが、ここでは、このことを指しているわけではない。
 必ずしも「素晴らしい人」でなくとも、人との関わり方を大きく見直さなければならないような出会い・関わりがあるし、むしろその方が、長い目でみて、はるかに貴重であると考えている。

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2006年1月 5日 (木)

青春???

 先日、映画「十戒」を見た。
 旧約聖書のうち、モーゼに関わる物語である。
 彼は、80歳の頃に、ユダヤの民を率いてカナンの地を求めてさまよった。高齢者になってから新たな冒険を開始する、というのは、これはこれで元気が出るストーリーである(しかし、40年間さまよったわけだから、120歳で没したことになる・・・。)。
 そういえば、旧約聖書では、高齢者の活躍が多いなあ、などと考えてながら見ていると、サミュエル・ウルマンを思い出した。
 ウルマンの詩は、10年ほど前、ビジネスマンの間で流行った。ウルマンの有名な詩「青春の詩」の冒頭部分は、次のとおりである。
「青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。
 優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、
 安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。
 年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。(以下略)」
 この詩の基準でいくと、モーゼは一生涯、「青春」を過ごしていた、ということか。
 関係あるかどうかは分からないけれど、ウルマンはユダヤ系である。
 私は、ウルマンの詩が決して好きではないが、ちょっとした思い出があり、よく覚えていた。
 あるとき職場で、「若者会」というのを開くことなり、幹事をさせられた。当時、職場にインターネットなどないので、職場の掲示板に、「若者会のお知らせ」と書いた紙を張り出した。これは、上司たちに対し「その日は残業ご勘弁」というメッセージにもなるので便利な方法であった。
 その際、「若者」でないはずの飲み会好きの部長(「宴会部長」ではなく、本当の部長である。)が、「若者会のお知らせ」の横に、この詩を張り出して、「僕は青春真っ只中なので、若者である。参加させろ。」という主張をした。どうも本気らしい・・・。
 仕方がないので、「若者会」を「バカ者会」に改称し、「(わが組織では、)適正に人事管理がなされており、「バカ者」は管理職に就いていないはずである。」と付記して、部長の参加を回避した。
 やれやれ、と思ったら、その部長他から、「バカ者会」のために多大な寄付を頂いてしまい、結局、後日、改めて若者会が開かれた・・・。

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2006年1月 4日 (水)

毎日新聞の論説

 12月27日の毎日新聞の社説で、JR東日本の特急脱線事故に関し、「突風とは言いながら、風の息づかいを感じていれば、事前に気配があったはずだ。」とあり、一部で物議を醸した(している?)。
 「突風」に息遣い、というものがあるかどうかよくわからない(多分ないと思う。)のでなんともいえない。
 しかし、じっくり事実が明かになるのを待った方がいいのではないか。何に焦っているのかわからないが、焦っているように見える。
 話は変わるけれど、12月12日、「これはしたり」という連載コラムにおいて、「その程度しかできない」という題で、毎日新聞社論説委員長の菊池哲郎氏が、耐震偽装やBSEのチェックに関し、次のようなことを書いていた。
 「まあ公のチェックに基づく信用性の付与はけっこう基本的に性善説になっている。そうでないとものすごく大変だからだ。しかしだったら、その程度しか本当は保障できない官なのだから、官の月給は押しなべて大幅に下げろということなのだ。」
 この文章のロジックがわからなかった。このままでは、単なる放言だろう。
 詳しく説明してくれたらありがたい。ロジックがはっきりすれば、問題の所在がよくわかると思われる。
 以上、少しまじめに考えたつもりだけれど、まともに取り上げない方がいいのだろうか?

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2006年1月 2日 (月)

初詣など

 オヤジは変わり者である。この4月から、僧になるための学校に通う。
 寺院が好きだし、写経をしたり、仏教思想の本を読んだりしているので、元々興味はあったらしい。
 もう身体の調子もよくないので、通いつづけるには、母の支援は必須なので、遠慮をしていたのだが、母がそれを察して強引に申し込んだ、ということらしい。なお、オヤジは、僧になるつもりもないし、僧をできる健康状態でもない。
 私が10歳くらいの頃、毎日新聞で、「宗教を現代に問う」という連載があった。
 その連載について、オヤジは、社会における宗教の役割の低下を憂いている様子だった。一方、私は、中学に入る前くらいから「神様なんかいない、仏様もいない、幽霊なんているわけがない」と主張していた。そういうこともあり、私が大学に入学するため実家を出るまで、なんとなく宗教に関する話題は、触れないことになっていたような気がする。
 話は変わるけれど、宮本武蔵が、決闘に向かう道すがら、祠(ほこら)のそばを通りかかったとき、ついつい拝みそうになったのだけど、「我、神仏を恃まず」と思い直し、素通りした、と伝えられれている(うろ覚え。)。やっぱ、神頼みは良くない。
 寒い元旦の朝、初詣に行かない理由をいろいろ考えていた・・・。

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2006年1月 1日 (日)

馬鹿馬鹿しい?

 占い、血液型別性格判断などなどを話題にすることが馬鹿馬鹿しいので嫌いである。
 飲み会などで占いなどの話になると、ついつい正直に「馬鹿馬鹿しい」と言ってしまうものだから、なんとなく、私にはそんなことを話さない、ということがルールになってしまっているようである。よしよし。
 知り合いのQは、男性だが(男性のくせに???)、占いとか血液型別性格判断にやたらと詳しい。その他、新興宗教的・非科学的ダイエット理論に通じている。飲み会で女性たちに話題を合わせることに生き甲斐を見いだしているようだ。
 楽しい飲み会演出家としてのスキルは高いのだけれど、女性たちの「挨拶代わり」の話題に通じることに血道を上げてもいいことは何もないのではなかろうか、と思う。
 昨年末に、占い、血液型別性格判断、芸能界ネタ満載の女性雑誌の吊り公告に、「我が子を下流にしない」という記事の見出しがあった。
 ブラックジョークとしては、なかなかの出来である。「我が子を下流にしない」ための取り組みは、こういう女性雑誌を読まないことから始めるべきだと思うがどうか。

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2005年12月31日 (土)

大晦日のテレビ

 朝のニュース以外、ほとんどテレビをみない。
 したがって、今年、何が流行ったのかよく分からない。
 しかし、大晦日にテレビを見ていると、何が流行ったか、だいたい把握できる。便利である。今年一年、日本で人並みに生活したような気がしてくる。
 あるとき、5歳の子供が、「フォー!」なんて言っていたので、「それって何?」と聞いたら、「ハードゲイだよ」と答えたのにはびっくりした。「世の中で何が起こっているの?」と、わけがわからなくなっていたのだけれど、大晦日のテレビのおかげでこれも分かった。
 「有害だ!」なんて目くじらを立てる積もりは全くないけれど、子供が大きくなって、「ハードゲイ」という言葉の意味を知ったときに、できるだけ偏見・差別的感情を持たないようになっていて欲しいと願う。

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2005年12月28日 (水)

時計を見る

 私は、時間を守る方であるし、できれば、余裕をもって行動したいと考える。
 仕事を始めてから、おおむねオフィスに30分から1時間前くらいに到着するようにしていた。
 あるとき、若手とアルバイトの人から「早く出勤されると、朝のおしゃべりがやりにくい」と抗議を受けたことがある。朝の愉しみを邪魔しているようなので、出勤時間を調整したりしたこともあった。やれやれ。
 飲み会や待ち合わせの時間もできるだけ守るようにしている。他の人には、時間をしっかり守ることを求めていないつもりである。いろいろ都合があるわけだから。
 しかし、あるとき、私との待ち合わせ時間は守らないといけないという、強いプレッシャーがある、と指摘されてしまった。どうも、私は、誰かが到着すると、時計を見る癖があるそうである。これがプレッシャーの源泉のようである。やれやれ。
 仕方ないので、時計を見る癖をなくすよう心がけることにした。少しは効果があるだろうか?

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2005年12月27日 (火)

大学・ベンチャー

 政府も企業も「選択と集中」と言っている
 この言葉、あまり好きになれない。政府にせよ企業にせよ、将来、どんな試みが伸びていくかわからないのに、その可能性を摘んでしまうように思えることが理由である。要するに、短期的には効率的であるけれども、長期的な効率性を保障しない、と考えているわけである。
 企業をみても、メーカーの基礎研究部門は縮小しているし、多角化によるダイナミズムも小さくなってしまっているような気がする。
 企業が「選択と集中」といい始めたら、別のプレイヤーに、将来の可能性を担ってもらう必要があろう。今のところ思いつくのは、大学とベンチャーだと思う。
 しかし、政府の「選択と集中」「財政危機」のあおりで、大学などの研究を担う機関への支出は減らされてきている。ベンチャーもM&Aばかりが目立ち、新規事業を牽引しているとは言いがたい。
 いまさらながら将来が心配である。

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2005年12月26日 (月)

中国の脅威?

 有力政治家が、「中国の脅威」について発言した、という記事をチラリと目にしたとき、「経済のことかな?」と一瞬思った。当然これは勘違いで、安全保障・軍事上の話だった。
 それはさておき、経済の分野では、いつの間にか、「中国脅威論」が消え、「中国特需論」が大勢を占めている。「中国脅威論」を煽っていたエコノミストはどこへ消えたのだろう、とふと考えた。
 経済における「中国脅威論」が主張されていたとき、とってもユニークな老エコノミストは、「××県くらいのGNPの国を脅威に思うのはおかしい」という主張をしていた(どの県か忘れた。)。これはこれで面白かったが、これをもって「中国脅威論」を棄却する気持ちにはなれなかった。
 一方、ある良心的なエコノミストは、「日本は、アメリカ及び韓国と競合する産業の比率は高いが、中国と競合する産業の比率は低い」と分析し、「中国脅威論は、妥当しないのではないか」と主張していた。私は、この「地に足のついた」説明に説得された。
 このエコノミストは、主張を裏付けるための作業をきちっとやっていたわけだけれど、残念ながら、こういうエコノミストは少数派に属するようである。

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2005年12月24日 (土)

賞金の衡平

 かつて、テニスにおいて、男女同時開催のトーナメントで、男女の賞金額が異なっていた。
 全米オープンは、比較的早く男女同一「賃金」を導入したが、ウィンブルドンは少々遅れた。
 ただ、そうなる前から、女子選手の層が圧倒的に薄いので、トッププロは、女子選手の方がずっと高給取りだった。
 往年の名選手、ビヨルン・ボルグは、「どんな名選手でも、一回戦には細心の注意を払わなければならない」と言っていた。これは男子に言えることで、女子の場合、シード選手が一回戦で負ける例は今も昔も大変少ない。30分で突破できる、と揶揄されていた。
 当初、このことに文句を言った男子選手も少なからずいた。実力選手が一握りで、人気カードが少なく集客力が小さかった女子テニスの興業のために、男子テニスの興業で稼いだ収入が流れているという不満が背景にあったようである。
 時が経つにつれ、だんだん賞金が同額であることに文句をつける人は少なくなった。女子テニスも人気が高まってきたし、そもそも、テニスの場合、男女共同開催が必ずしも必要でなく、トーナメントを男子単独開催にするとか、女子単独開催にするなどの対応が可能だったこともある。
 現在では、女子テニスの方が人気が出てきたりもして、現在、賞金が同額であることに文句をつけようものなら、袋叩きに遭うかもしれない。
 ルールが先行したが、長い時間をかけてジェンダーの衡平が、実質的にも意識の上でも定着してきている、と言えるだろう。世の中もこういう風に上手くいけばいいのだけれど。

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2005年12月20日 (火)

幹事・ロジ

 「自分が幹事でない飲み会には参加しない」と言っている。あながち冗談でもない。
 一月に1、2回開催している国際協力関係者の飲み会では、だいたい私が最年長になるが、飲み会の幹事というのは、年長者がやるのが調整等が楽でよいと思っている。
 たとえば、「その日都合がつくかどうかわからない。」と言われたら、私の場合、「あ、そう。またの機会に。」と言ってしまうことが可能である。一度、別の人にお願いしたところ、いちいち都合を聞くなどして、調整に難渋したようであり、気の毒だった。
 仕事にしても、ロジ(手続き、計画、日程、参加者調整など)に関することほど、年長者がやった方がいいと思う。若い人には、サブ(実質的内容)を任せてしまえば、全体としての調整コストが小さくなる。しかし、現実には、多くの年長者はサブをやりたがるし、しかも年長者は仕事の配分の決定者なので、若い人には、ロジの仕事ばかりを押しつけられることにもなってしまう。
 その結果、若い人たちから活力が失われ、ビジョンも育ちにくくなり、結局、小粒にしか育たない、なんてことになりかねない(具体的役所名や組織名が思い浮かぶけれど、言及はやめとく。)
 こういう観点も、組織文化を測る物差しになるのではないかと思っている。

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2005年12月19日 (月)

中国・小さな政府

 お隣の中国は、社会主義を標榜している(していた?)わけだから、当然、大きな政府である。
 中国において、改革開放は、市場化でもあり、これは「小さな政府」を目指すことになる。その影響は、現在の日本の構造改革に比べるべくもないくらい大きい。
 中国の場合、地域格差、階層格差が大きいなかで、小さな政府を目指している。小さな政府は、所得再配分機能もセーフティネット機能も当然小さいので、今後、さらに地域格差、階層格差が拡大するだろう。
 地域格差に関していえば、たとえば、かつては上海で稼いだ資金を、上海以外の開発が進んでいない地域に配分していたが、上海で稼いだ資金は、基本的に上海で使う、というようなことになっている。これだけをとっても、地域格差は拡大していくのは目に見えている。
 地域格差、階層格差が大きい国、拡大傾向にある国では、政治が不安定になりやすいのではないか、と余計な心配をしている。
 一方、「文明の衝突?」のハンチントン教授が、テレビのインタビューでサラッと「若年人口が多いと、社会は不安定化する」なんてことを言っているのを聞くにつけ、少子化が進み若年人口比が大きくない中国では、案外政治的安定が確保されるのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・
追記 ハンチントン教授の「若年人口が多いと、社会は不安定化する」という話は、かつての日本の学生運動に対して、痛烈な批判にもなりうると思われるがどうだろう。

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2005年12月18日 (日)

混迷の時代?

 ある分野の歴史を趣味で追っていて、ふるーい本や新聞を読んでいたりするのだけれど、昭和40年代の後半くらいから、日本は、ずーと、「混迷の時代」「混乱の時代」「先が読めない時代」の真っ只中にあるらしい。
 昭和40年代後半くらいからだから、とりあえず、「混迷の時代30周年記念式典」でも開けそうである。
 ただ、混迷の質には変化があるようである。「混迷パート1」、「混迷パート2」というように分類整理しても面白いかもしれない。
 以上、茶化しているわけだけれど、 そろそろ「混迷の時代」なんて話をやめにしたらどうかと思う。
 「安定した時代はない」、「社会が変化することが当たり前」と言うべきである。
 そういえば、19世紀の終わり頃から、思潮としては、「世紀末」というようなことが言われていたけれど、これは、20世紀の100年の間ずーと(悪乗り)が続いてきているように思う。こちらは、120周年記念式典が開けそうである。
 ついでにいうと、この12月22日で、内閣制度120周年である。日本において内閣制度は、還暦を二回経験したわけである。徳川幕府の半分近くに及んでいるわけである。いろいろな出来事を経験しながらよく持ちこたえているなー、などと考えると感慨深い。

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2005年12月16日 (金)

中国の環境問題

 中国の環境問題の深刻さを指摘する人に立て続けに会った。
 二酸化硫黄は、水と反応して亜硫酸になり、酸性雨の原因物質であるけれど、重慶市だけで、日本の排出量に匹敵する量の二酸化硫黄を排出している、なんて話を聞いて驚いたりしていた。
 2008年に日本による対中ODAを止めることになっているけれど、環境分野は続けたほうがいいような気がする。
 環境関係の仕事を志す人たちが増えており、少なくない人たちが、環境関係の国際協力を仕事にしたいと考えている。しかしながら、環境関係の国際協力分野には、そんなに仕事の口が多いわけではない。途上国においては、開発が優先されていて、環境の優先順位は低い。
 環境関係の国際協力は、中国をみるにつけ、ニーズは十分にありそうだし、この分野を志す人が増えてきていて人材が不足しているわけではない。この間をブリッジするのが政府の役割だと考えるがどうだろう。

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2005年12月15日 (木)

二宮尊徳?

 「国際二宮尊徳思想学会」という学会がある。
 北京大学日本文化研究所の要請に応じ、二宮尊徳の徳を偲ぶ大日本報徳社が協力してつくった学会である。多くの日本人は、「今更二宮金次郎!?」なんて感想を持つのではないかと思う(私もそうである。)。
 さて、北京大学が二宮尊徳に着目した理由は、「経済」と「道徳」を並置した、ということらしい。孔子は、道徳を経済の上に置いたし、最近の中国の政権は、経済を道徳の上に置いているが、それぞれ問題が多いので、バランスがとれている二宮尊徳がいい、とのことである。
 まさか二宮尊徳の思想を中国全土に広げよう、なんてことにはならないとは思うけれど、日本理解のためには、面白い試みだと思う。
 ただ、参考にするならば、渋沢栄一の方がずっといいと思うのだけれど、余計なお世話か。
 内村鑑三の「代表的日本人」の二宮尊徳のパートを読んでいると、日本の農村開発の苦労が描かれており、開発途上国における農村開発のヒントが満載だと思う。日英対訳版(もともと「代表的日本人」は英語で出版された。)もあるので、一読を勧めたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
追記 ケネディ大統領が、「あなたが、日本で最も尊敬する政治家はだれですか」と質問され、「上杉鷹山です」と答えたそうである。ケネディは、内村鑑三の「代表的日本人」を読んだに違いない。海外で仕事をする人は、日本人としての最低限の教養という観点からも読んでおいた方がいいかもしれない。

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2005年12月14日 (水)

周りを気にしない!

 出勤前、8時半を少し回った頃にミスタードーナッツでコーヒーを飲んでいる。
 ある朝、茶髪(金髪?)のロングヘア、濃いアイシャドーの制服姿の女子高生が一人で入ってきた。席につくなり、携帯で電話をし始めた。「××先生いる?いない?・・・頑張ったんだけど。・・・・2時間目までには頑張って行くようにします。」と大声で話して電話を切った。その後、ドーナッツと飲み物を注文した。店の外では、走って学校に向かう同じ制服の子がいた。
 日本語が変だったし、人前で堂々と嘘をつくことが平気!というのがとても気になった。サボることや、そのために嘘をつくことについて罪悪感がないのだろう。
 人前で化粧を堂々とすることは、特に迷惑をかけていないのでどうでもいいのだけれど、明らかに問題と見られる行動を堂々行うことには恐れ入った。
 ただ、ひとりでサボっていることには、好印象(?)を持った。私は子供の頃から、つるんで悪さをする連中が大嫌いである。
 こういう生徒の生活指導をしなくてはならない高校の先生は大変である。深く同情する。こういったことの多発する高校ほど、給与を高くする、もしくは、定員を増やす、などの工夫があってもいいかな、と思う。

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2005年12月13日 (火)

喫煙マナー

 中国からの訪日団のお相手をした。
 中央でなく、地方の幹部である。いろいろ興味深いことがあった。
 例えば、イスラム教徒もいて、8文字くらいの名前(当然漢字)があったりする。音読を試みると、コーランに出てきそうな名前だった。
 訪中団のマナーの面で特に困ったのは、喫煙だった。彼らは、ところ構わずタバコを吸う。喫煙率も高い。ただ、これは、ルールを知らないことによる単純なマナー違反ということだろう。次に訪中団を迎えるようなことがあったら、事前にしっかり説明しないと、という気持ちになる。 
 さて、霞ヶ関の中央官庁では、ほんの10年くらい前まで、大部屋式の執務室で、平気でタバコを吸っている人たちがいた。それが当たり前だった。
 なお、女性はお手洗いで吸っていた(らしい)。それが当たり前だった(らしい)。
 その後、「執務室内禁煙」が決定されたが、それからも執務室内での喫煙を頑として続ける人たちがいた。ルールができても、当初は、聞く耳をもたなかったわけである。こういったルール軽視の態度が公務員の不祥事を生む一因になっているように思えてならない。

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2005年12月12日 (月)

向都離村

 一般に、都会と比べた場合、田舎の方が女性差別が根強く、仕事などに積極的に取り組もうとする女性にとって住みにくい。上京した女性に対する意識調査でも、社会や雇用における女性差別を理由にあげる人が多い。
 ある地方都市の元市長は、「優秀な女性ほど「向都離村」してしまうことが地域の停滞を招くので、女性が生き生きと働けるような町にしたい。」と、さまざまな取り組みに汗を流していた。しかし、まだまだ地方における、主に男性の側の意識改革は進んでいるとはいえないだろう。
 かつて、大学のゼミを手伝っていた頃、ゼミ合宿で静岡県の山間地にある町を訪れ、地元の人たちとの交流の機会を持った(歓待してもらった。)。その際、地元側をみると、交流イベントの表舞台に参加するのは男性たちだけ、裏方を務めるのは女性たちだけ、という色分けができていた。一方、大学側は、都会出身の女子学生が多く、交流イベントにおいても男子学生よりも存在感があった。
 あまりに対照的だったので、どんなに鈍感な学生でも、田舎と東京の違いを強く認識したようだった。
 話は変わるけれど、ある女友達は、「女性にとって結婚した場合のメリットなんて何もない。したがって、結婚はしない」という趣旨の話を何度かしていた。
 「そこまで言わなくても」とは思うけれど、東北の農村地帯の出身で、子供の頃の体験を通じて農村開発に問題意識を持ち、長じて国際協力を志して元気に仕事をしている、という彼女のライフ・ヒストリーを考えると分かるような気がした。女性差別が根強い土地で高校までの時間を過ごし、農村で女性が苦労しているさまも含め、いろいろ見聞きし、経験したのだろう、というイマジネーションが働いた。私も田舎育ちなので、似たような見聞、経験を重ねた。
 こういうことを書いたりしたら、シティ・ボーイやシティ・ガールから、「女性差別が根強いって、具体的にどういうこと?」なんていう質問を受けそうであるが、多くの場合、自分の田舎の恥を晒すことにもなるので、説明するのが億劫になりがちではないかと思う。
 彼女が結婚しようがしまいがどちらでもいいのだけれど、一定の合理性をもった制度(結婚という制度にも一分の理はある!?)に対し、否定的な感情を強く持つことは、得策ではないような気がする。なんとなく肩肘張っているように見え、疲れそうだ。東京生まれ東京育ちに多い、ノーテンキなキャリアウーマンとして振舞う方が、力が抜けていて楽だと思う。
 彼女が仕事や人間関係の経験を積んでいくうちに、こういう強い否定的な感情を相対化し溶かしていってくれればいいと思ったりしている(余計なお世話!と怒られそうだが。)。

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2005年12月 3日 (土)

スーパーの撤退

 イトーヨーカドーが一部店舗の撤退を検討している。撤退に当たっては、地元としっかり話し合っているようである。企業体力があるところは地元にいろいろ配慮ができるのだろう。
 ここ数年のスーパーの撤退を巡っては、次のようなパターンがしばしば見られる。
 バブル時、スーパーが強引に出店。
→商店街の多くの店が閉店に追いやられる。
→バブル崩壊後、結局採算が合わずスーパーが撤退。
→一方、一旦閉じた商店の復活は難しい。
→遠くに出歩くことが難しい高齢者が困ってしまう。
 「参入するのも撤退するのも自由」という市場主義の考え方のひずみの一つの例だと思われる。
 「大型スーパーは、一旦進出したら、相当の事情がない限り撤退しない」というような覚悟を決めて進出するべきなのかもしれない。

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2005年12月 2日 (金)

国際結婚?

 シンガポールの友人が、私に、「シンガポールの女性とは結婚してはならない。」と言っていた。
 彼によると、シンガポールの女性は、中国の女性の強さ(家庭内の実権を握る)と、西欧の女性の強さ(男女平等思想に裏打ちされた強さ)を併せ持っているから、世界で最も強い、とのことである。
 確かに強そうである。そのためシンガポールの男性が嫌がるから、というのが理由かどうかわからないけれど、シンガポールの女性の国際結婚は4分の1くらい、と聞いたことがある。うーむ。
 話は変わるけれど、女友達が結婚を決めた。娘の幸せを思う(?)保守的な(?)父親に大反対されていたので、あきらめかかっていたのだけれど、仕事関係の外国人男性とちょくちょく会って食事をしていたりするのを父親が知り、「外国人より日本人と結婚してほしい」と考えたらしく翻意したとのことである。娘の幸せを思う(?)保守的な(?)英語を話せない(?)父親らしい対応かもしれない。
 またまた話が変わるけれど、日本人女性は、外国人男性に大変もてる(らしい。)。
 外国人男性から「あなたに会えたことが私の人生で最高の喜びの一つです」なんてことを、言われて舞い上がっている女性を何人も見かけた(というか、直接そういう話を聞かされた。)。
 少数ながら、「うげっ。気持ち悪い。」と言ってくれる女性もおり、「あなたに会えて・・・」なんてことが決して言えない日本人男性としては、「同じ言語・文化を共有してくれている」と思い、少し安心する。

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2005年12月 1日 (木)

国益と個人の信条

 国益と個人の信条に相違があった場合を考えてみる。
 学者は、個人の信条を優先させるだろう。
 官僚は、個人の信条を捨てざるを得ない。ただし、官僚の言う「国益」は、実は「個人の利益」や「省益」ではないのか?という疑問は常に提出されている。
 政治家はどうだろう?
 「国益に反する個人の信条」というものが存在したとして、そういった「個人の信条」をどの程度まで優先していいのだろうか?また、政府の要職にある場合とそうでない場合とでは、どういう違いがあるのだろうか?
 結論の出る種類の問題ではないが、政治家は常に考えつつ行動していると思われる(思いたい?)。
 誰とは言わないが 「個人の信条」の面では、私のそれと反対側にいるのだけれど、なんとなく親近感を感じていた元首相がいる。親近感の理由は、その元首相が、「個人の信条」を相当無理に抑えて「国益」を優先させようとしていたところにあるように思う。
 こういう観点から政治家をみていくのも面白いかもしれない。

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2005年11月28日 (月)

一人っ子政策

 中国の「一人っ子政策」は有名だろう。
 どれだけ厳格に行われているかはともかくとして、これがために、中国の高齢化も急速に進んでいて、「世界の工場」としての足元が揺らぐのではないか、と言われている。その分、インドに期待がかかるとも。
 それはさておき、中国の都市部で、一人っ子同士の結婚の場合については、二人まで子供を作ってよい、ということを試験的に始めているそうである。
 しかし、多くの場合、一人しか子供を作らないそうだ。理由は、教育費などがかかりすぎ、一人っ子でないとやっていけない場合が多いから、ということである(収入に占める教育費の割合は、日本の何倍にもなる場合があるそうである。)。
 一人っ子政策を採ったら、それに適合した社会の仕組みができあがって、今度は二人以上の子供を持つことが難しくなってしまった、ということだろう。
 無理のある社会政策が引き起こすひずみの一例かと思われる。

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2005年11月27日 (日)

株式会社と社会的責任

 大学で商法を少々習った。
 商法の内容はあまり覚えていないけれど、株式会社に関する歴史の話がおぼろげながら記憶に残っている。
 コロンブスへの出資が株式会社の原型というような話はいいとして、株式会社の有限責任に対する考え方が印象に残っていた。
 株式会社の特徴(というより特権)のひとつは、有限責任である。簡単にいうと、経営者がどんなに負債を抱え倒産したとしても、責任は有限であり、出資者が被害を被るというものである。有限責任の導入には、やはり躊躇があったらしく、社会的責任と抱き合わせだったらしい。
 たとえば、アメリカでは、もともと株式会社は、毎年毎年、公共の福祉に役立っているか、といったことを基準に、「有限責任」という特権を認めるかどうか、審査していた。しかし、南北戦争後、一度取得した有限責任という特権が永続することになった。社会的責任(公共の福祉)と株式会社優遇が切れたわけである。ハミルトン大統領は、「法人の法人による法人のための政府だ」と言ったと伝えられている。
 このことをインターネットで検索しても、出てこなかった。しかし、ある経済史を研究している学者がこれに近いことを言っていたので、記憶違いとは思えない。
 今は昔、である。
 株式会社と社会的責任は切れてしまってから久しい。少なくとも経済学では切れたままであるとと思う。
 経営学では、株式会社と社会的責任の抱き合わせを重視し始めている。経営学の対象範囲には、企業行動のあり方も含んでいるが、経営学の考える「企業モデル」は、経済学に影響を与える可能性があるかもしれず、もしかしたら、切れたままではなくなるかもしれない。
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追記 もっというと、哲学者の考える「人間モデル」は、経済学に影響を与えたこともあった。マルクスやヴェブレンなどはそうだろう。
 しかし、現在主流の、理論構造が美しい経済学は、あまり聞く耳があるようには思えない。
 「マルクスに懲りた」のがひとつの理由ではないかと疑っている。

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2005年11月22日 (火)

帰省した(蟄居)

 実家では、両親が蟄居している。年金生活で時間を持て余しているように見えるがそうでもない。
 70年前後の人生の大半を生まれ育った土地で過ごしてきており、地域の濃密な人間関係の中で、質素でも楽しく老後を送っている。
 週に一度、両親の友人が訪ねてくる。父の同級生で母の姉の友人だった女性である。生涯独身を通している。考えてみると、この女性、父とは、かれこれ60年以上、戦時中からの付き合いである。気が遠くなりそうである。
 また、週に一度、母は、仲良しと集まって茶話会に出かけている。父はその間、ピアノのレッスンを受けたりしている。
 それ以外にも来客は多いし(どうも我が家は溜まり場になっているみたいだ。)、来客のないときには、近くの畑に行って農作業をしていたりする。
 畑では、簡単に作れるものは作っている。たくさんできたら近所の人たちと分ける。近所の人たちといっても、仲の良い人たち、もっと具体的には、相互扶助のネットワークができている人たち、である。この相互扶助のネットワークは、何十年もかけて、相互主義的な行動様式を共有できる人たちの間に出来上がっているといえるだろう。
 なお、畑では、お墓参り用の花を植えていたりもする。少しだけ植えるのは効率が悪いので、近所の人(相互扶助の・・・)にお墓参りをするときに勝手に持っていってもらっている。お墓参りは「じゃ、いこか」というノリで頻繁に行くので、いちいち花を買う、なんてことはしていない。
 両親を見ていて、老後を都市生活者として送るか、生まれ育った土地の者として送るかの大きな違いを見せつけられているような気がする。「老後の備えに○千万円あったら大丈夫」なんていうのは、都市生活者の話であって、私の両親の住む田舎には妥当しない。「訪問ボランティア」といったものも基本的に必要ない。年金の水準にもほとんど不満はない。
 私も世間からオヤジと言われるような年齢に達しており、最近、田舎暮らしの良さをしみじみ感じるようになってきている。

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2005年11月20日 (日)

戦争の評価について

 19(Nineteen)というベトナム戦争を取り扱ったディスコ・ミュージックの歌がある(前にも書いた。)。
 その中に、うろ覚えだけれど、「None of them received the hero's welcome」と早口で繰り返すパートがあった。「彼らのうちの誰も英雄としての(帰国時の)歓迎を受けなかった。」というくらいの意味である。歌なので大げさかに表現しているのかもしれなけれど、ベトナム戦争が泥沼化し、反対運動が盛り上がった頃にはそれに近い状況だったんだと想像できる。
 しかし、19歳で徴兵されてベトナムに送り込まれ、帰ってきたとき批判にさらされる、というのは、とても悲しいことである。ある映画で、ベトナム帰りの若い兵隊を、徴兵を忌避した(らしい)ヒッピーが大声で批判しているシーンを見たときは、えもいわれぬ気持ち悪さを感じた。
 ベトナム戦争によるトラウマが問題になったといわれていたけれど、帰ってきてからの心無い批判によるトラウマも多かったのではないかと想像する。もっといえば、遺族にとっては、徴兵で戦争に行ったことを批判されたら、いたたまれないだろう。
 90年代のはじめ頃の湾岸戦争では、19歳で「徴兵」されて送り込まれる、ということはなかったし、帰ってきたときは、批判など受けることなく、まさに凱旋と言える状況だった。パレードには大喝采が贈られた。
 しかし、これにも違和感があった。アメリカ人が日本人に比べて喜びを表に出すことに慣れているとしても、「褒めすぎ」に見えた。今思えば、「あんまり褒めすぎると戦争へのためらいがなくなるかもしれんぞ」というのが違和感の所在だったかもしれない。
 ベトナムと湾岸の二つの戦争について考えた際、民主国家であるアメリカでさえ戦争に対する評価の振れが大きいこと、また、戦争の評価を、「徴兵された19歳」までが引き受けなければならなかったことの二つが気になっていた。
 話は変わるけれど、もう10年も前のこと、公務員の給与について色々調べていたら、生命を賭した仕事をしている人たち(消防士、警察官、自衛官)の給与や殉職したときの保障が、消防士、警察官、自衛官の順で良いというのがわかった。給与・保障制度は、いろいろな経緯・理由があって定められているけれど、給付額からみると、消防士と自衛官との比較では、自衛官の殉職の重みが低いと評価されていることになる(現在はどうなっているのか知らない。)。
 給与は、勤務の強度などで格差があるのがむしろ妥当であるが、公務である以上、殉職への保障については、格差を設けないことが適当かと思われる。「自衛官を貶める」という目的でもない限り、差をつける理屈が見当たらない(理屈があったら教えてほしい。)。
 戦争に関わることについての評価により、立場の弱い誰かが矛盾を引き受けることが多いように思える。これでいいのだろうか?

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2005年11月17日 (木)

中国のメッセージ

 2005年9月4日、抗日戦勝60周年記念大会において、胡錦涛総書記が行った演説のテキストを読んだのだけれど、とても興味深い内容だった、というか意外だった。
 かなり長い演説で、中国人民の栄光を十分に讃えた後、最後の辺りには、「政冷経熱」とは思えない内容が並んでいた。ポイントは次のとおり。
・日本の侵略戦争では、日本人も大きな被害を受けた。
・侵略戦争は、一握りの軍国主義者が始めたものである。
・日本人の多くは、中国での残虐行為を強く非難している。軍人の多くも戦争犯罪を心から悔いている。彼らの良識と勇気は高く評価すべき。
・歴史をしっかりと記憶するのは、憎しみを継承させるためでなく、歴史に学び、未来に目を向けるためである。
・中日友好協力関係を発展させるという中国政府の方針に変わりはない。
 このほかにも、中国と日本との友好を努力して発展させたい、ということを縷々力説している。
 ただし、当然といえば当然だけれど、侵略戦争の美化をしようとすることに対しては批判を行っている(ただし、あまり激しくない・・・。)。
 胡錦涛総書記の演説をみる限りは、中国から「日中友好」を進めたい、という気持ちがヒシヒシ伝わってくる。無知蒙昧をさらすようだけれど、この中国の態度が私にとっては意外だった。

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2005年11月16日 (水)

高杉晋作の上海

 司馬遼太郎の歴史小説の中に、吉田松陰と高杉晋作を主な登場人物とする「世に棲む日々」というのがある。その中に高杉晋作が上海に行ったときのことを扱った章がある。晋作が無数の「黒船」に圧倒されるさまを描いていたりするが、全体として実にそっけない書かれ方をしている。
 研究者によると、晋作は、上海でキリスト教宣教師が出版した中国語の新聞「上海新報」を買い込んで日本に持ち帰ったとしている。当時、キリスト教の宣教師は、西洋文明の素晴らしさを伝えることでキリスト教への改宗を進めようとしていた。このため、「上海新報」には、西洋の近況が記されていたとみられる。つまり、「上海新報」は、どのような西洋に関する知識を晋作が得ていたかを考える材料になると考えられ、極めて重要な史料だと主張する人もいる(しかし、上海新報の内容を調べ論文にした人はいないそうだ。)。
 ついでにいうと、晋作が上海に滞在していた頃、キリスト教の一派が参加している「太平天国の乱」が起きていた。さらについでだけれど、ジャーナリストだったマルクスは、はるか彼方ドイツから「太平天国の乱」を批判していた。
 また、晋作は上海で、陳汝欽という中国人に出会う。「世に棲む日々」では、このことに関しても、実にそっけない。偶然会って訪問し筆談して国を憂えた、といったことが書かれている程度である。
 しかし、晋作は、帰国に際し、陳に硯を贈っているし、次のような別れの漢詩さえ作っている。筆談とはいえ、大変熱い議論が交わされたことが想像できる。
陳汝欽ニ留別ス
敵ニ臨ンデ勉強ス武ト文トヲ
他年応ニ勲功ヲ建ツル有ルベシ
孤生千里ノ帰郷ノ後
患難ニ遭ウ毎ニ又君ヲ思ワン
 晋作が上海に渡った際の状況、得ることのできた情報、陳との交友は、そっけなく書くにはとっても勿体ないような気がする。
 何が言いたいかというと、司馬遼太郎は文学者であって、歴史研究者ではないので、歴史研究を下敷きにして物語に仕上げていく他ない(歴史研究をする時間はなかったろう。)。仮に歴史研究がもっとしっかりしていれば、司馬遼太郎の書く物語が、もっと面白いものになっていたのではないかと思う。歴史研究がもっと充実して欲しいと願っている。

・・・・・・・・・
追記 「上記のようなことを書いておきながら何事だ」と言われそうだけれど、基本的には、歴史小説を好きになれない。「イメージを掴む」「常識的なところを確認する」ためにはいいのかもしれないけれど。
 私としては、歴史上の人物が残した文献や緊張感のある論文を読み、年表を眺める方がずっと楽しく思える(だからオタクと言われてしまう。)。

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2005年11月15日 (火)

中国認識

 友人Pと詩について話していたら、「詩を理解しない」というので、わかりやすいと思われる「漢詩」について、解説しつつ、その成り立ちを説明した。
 中国語を習った人や学校教育以外で漢詩の本を読んだことがある人には常識だと思うけれど、次のような説明をした。Pが知らなかったのでとりあえず書いておく。
・日本の漢字の音読みは、遣唐使などが到着した先(おおむね南の方)で聞いた音をそのまま再現しようとしたものであり、古い時代の中国語に近い音が残っている(客家の言葉には、古い時代の中国語が残っているものがあるとされるが、これは日本の音読に近い場合がある。たとえば、一部の客家の言葉では、「春眠不覚暁」を「しゅんみんぷうかくぎょう」に読んでいるように聞こえなくもない。)。
・漢詩は、韻のルールが厳格である。韻を踏むことになる語のグループが明確に定義されている。なお、かつて韻のグループが200余りあったけれど、そのグループ内で言葉を組み合わせるのが大変なので、元の時代に100余りに整理し直して、一つの韻のグループに含まれる漢字を増やし漢詩を作りやすくした。
・漢詩は、とりあえず、日本語の音読みで読んでみると楽しい。
・対句の美しさを楽しもう。
・主語が誰かわからないときには、可能性のある主語を入れてみて味わおう。訓読では、無理やり一つの解釈を押し付けているときがある。
 こんなことをムキになって説明してもしょうがないのだけれど、書きたいことは漢詩のことではない。
 漢詩に見られるように多くの日本人に中国の古い文化についての一定の知識がある。しかし、よくよく考えると、我々は現代中国の文化にあまり知識も興味もないように思われる。
 一方、中国での村上春樹ブームやアニメの流行、中国の人たちが嬉しそうに我が家の近所のサンリオピューロランドに向かうのを見たり、日本の観光地として北海道が好まれる(京都に興味が集中しているわけでない)なんていう報道があるのを見るにつけ、中国の人たちは、古い日本の文化にはあまり興味を示さず、現代日本の文化に興味があるように思える。
 まとめると、「中国人は現代日本文化に、日本人は古代中国に」という風に興味の対象にすれ違いがあるわけである。
 こう考えると、中国も日本も、それぞれの古い時代と現在に興味を持ち合うことが、相互理解に必要かと思われる。
 少し中国の現代文化を勉強してみようかな。

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2005年11月14日 (月)

文字・筆記具など

 当たり前だけれど、文字や筆記具の世界にも歴史がある。
 江戸時代には、毛筆が当たり前だったけれど、1871年(明治4年)に、初めて鋼ペン先が輸入された。1897年になるまで、国産は開始されなかった。技術力がなかったのね。
 1876年 公文書で西洋インキの使用禁止。
 1884年 米国から万年筆輸入。「針先泉筆」として発売。「万年筆」よりも英語に忠実な訳をしている。1901年に国産開始。
 1866年 消しゴム国産。
 1877年 鉛筆の工業化に成功
 1902年 文部省「外国地名人名読方及綴方」発表
 1904年 シャープ・ペンシル国産。まともな出来とは到底思えない・・・。
 1908年 公文書にインキの使用許可。
 1948年 完全文盲率1.6%
 1955年 サインペン発売
 1958年 左横書き運動
 アニメ「サザエさん」で、ワカメちゃんが、絵が上手な近所のおばあちゃんに宿題のポスターを描いてもらうというズルをしたところ、おばあちゃんが描いたポスターの文字が右横書きだったことから、先生にズルがバレてしまった、というのがあった。
 1958年の左横書き運動というのをみて、「そういうことだったんだ」と納得してしまった。

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2005年11月11日 (金)

勝ち組・負け犬

 北海道と京都に行ってきた。北海道では、国家公務員の人事の話をした後、混乱しながら、国連の人事について話した。京都では、2回、国連人事の話をした。
 国連人事の話をするのに、給与のことを取り扱わないわけにはいかない。その場合も、制度を説明するよりは、どんな人がどれだけもらっている、という話をするのがてっとり早い。
 そこで、国連で働く30前半の女友達に、別件があって電話した際、年収を聞いてみた。手取りベースでみると、結構たくさんもらっている。しかも年金がとってもいい(5年勤務で年金権が生じる。)。
 そこで、冗談まじりに、「勝ち組じゃん!」と言ってやったら、「負け犬だけどね。わおーーん」と叫ばれてしまった。
 講義で、給与の額を説明する際、このやり取りを紹介したら、教職員は笑っていたが、学生にはちっとも受けなかった。学生は、「負け犬の遠吠え」なんて本を知らないのね。そらそうだ、まだまだ若いからね。

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2005年11月 8日 (火)

フェミニズム

 大学生の頃、フェミニズムに興味をもった。分析の仕方がとても新鮮で、別な角度から世の中をみる視線をもらった気がした。なんとなく、学問として発展する分野かな、と思っていた。しかし、その後のフェミニズムは、力を持つどころか、混乱・弱体化の道を辿っているようである。
 先日、フェミニストが中心になって仏教の聖地で女人禁制の山に入ったニュースをみて、「末期症状」の様相さえ呈しているように思えてきた。やれやれ。
 
 社会理論の一つに過ぎないフェミニズムが、正義を主張しつつ、宗教のしきたりを破ることへの違和感がある。
 信者の気持ちを踏みにじることがやむをえないと正当化できる程度に、「宗教のしきたり」がフェミニストの人たちに損害を与えているか、相当に怪しい。また、仮に損害を被っているとしても、たとえば訴訟などの対応を行うことも一案だろう。いずれにせよ、フェミニズムは社会理論なのだから、とことん議論で勝負をしてほしいと願う。
 フェミニズムへの悪口を書いているけれど、既存の秩序、権威などなどに対する批判のために有効だと考えているので、本当のところはフェミニズムを応援している。
 ただし、このフェミニズムへの応援というのは、「元気」を「そこそこ」取り戻して欲しい、といった若干ひねくれたものである。仮に、「元気」を取り戻し過ぎたら、また別の意見を持つかもしれない。

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2005年11月 7日 (月)

帰省した(近くのお寺)

 子供の頃、近くのお寺でよく遊んでいた。お寺の広間に地域の小学生が泊まりこむようなイベントもあったし、朝のお勤めにも参加することがあった。おばあちゃんたちがボランティアでお寺の掃除をしたりもしていた。
 そのほか、いろいろな地域の活動の中心だった。
 しかし、前回も今回も、帰省したとき近くを散歩したけれども、勝手口は開いていたものの、門は閉ざされたままだった。今回は覗いてみたけれど、子供たちが遊ぶような場所ではなくなっていた。両親によると、地域活動の中心ではなくなっているようである。
 地域活動の中心にならないお寺は、地域の住民からありがたがられないだろう。よくお寺が幼稚園や保育園を経営しているけれども、もちろんこのお寺はそういうこともやっていない。
 残念ではあるけれど、地域コミュニティの崩壊を象徴しているような気がする。
 さして地域に貢献しているとは思えないのに、お寺からはことあるごとにお布施が求められるので、あまり評判がよろしくない。わざわざ別な町のお寺にお願いする人も増えているとのことである。
 お寺の世界でも、値段の釣り上げ又はサービスの低下がなんていうことがあったら、改革者が登場して、価格破壊又はサービスの向上が起きる、ということになっているようである。
 町には、お寺の標語が掲げているような掲示板がところどころにあるのだけれど、「占いで運命を決めるのは良くない」という趣旨のことが書かれてあり笑えた。「細木和子にはまるよりも、お寺に来なさい」といいたいらしい。しかし、あの敷居の高さだとお寺に行こうという気がしないだろう。そう、細木和子をテレビで見ている分には、タダだけれど、お寺に行ったら後々いくら要求されるかわからないし・・・。
 このお寺の活動は、このまま縮小均衡を突き進んでいくように思う。推移にとても興味をそそられる。

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2005年11月 6日 (日)

帰省した(土地争い)

 帰省中、母から実家の土地の図面を見せられた。
 両側の民家が境界線を越えていた。特に片方の民家は、両家の間にあるはずの町有地を越えた上で、私の実家の敷地にまで建物の一部がある、という形になっている。両親とも「ま、いっか」という様子である。ま、いっか。
 初めて知らされたのだけれど、知らせるのにはそれなりの理由があった。
 隣の民家との間に、私の実家専用の上水道が設置されているのだけれど、しばらく前、町役場の担当者が、水道かなにかの工事の下調べかなにかでやってきて、我が家の上水道の部分を指し、「ここは町の土地だから、上水道を動かしてもらわないといけない」と言われたのである。
 「自分の土地に引いている上水道を動かすための工事をさせられる」というのは、たまったものでないので、図面を見せて説明したら、町役場の担当者は、すぐ納得し、引き下がるだけでなく、私の父母に同情を寄せた。
 しかし、町役場の担当者は、隣の民家に町有地を占拠していることを申し入れていない。「文句は言い易いところにしか言わないのかい?」といいたくもなるけれど、町役場としても、面倒なことをしたくないに違いない。
 母によると、少しくらい土地を取られるのはいいけれど(どうせ安い土地だし)、取られたことによって、上水道の移動といった工事をこちらが負担しなければならない、ということは許せない、とのことである(そりゃそうだ。)。そうならないために、「経緯を覚えておいほしい」ということだそうだ。
 しゃーない。覚えておこう。町有地も占拠しているので町も被害者だから、そんなに心配する必要はないと思うけれど。
 私が「家を買おう」という気持ちになれないのは、実家での、隣家とのいろいろな嬉しくない経験が積み重なっているからではないかと思う。帰省するといろいろ思い出したり、わかることがある。

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2005年11月 5日 (土)

帰省した(石灯篭)

 11月上旬、帰省した。
 庭先でボケッとしていたら、なんとなく石の灯篭が気になったので、「どうして置いたの?」と母に聞いてみた。
 「あったらなんとなく落ち着くから」ということだったが、「いい石を使っている」とも。
 いろいろ聞いてみたら、石の灯篭にとっていい石というのは、苔が生えやすい石だそうである。出雲が名産だとか。確かに、雨の少ない瀬戸内気候で、かつ、南側の明るい庭であり、さらに、置いてからそんなに時間は経ってなさそうにもかかわらず、苔が生えている。
 意外な「よい・わるい」の基準であるが、日本人の庭に対する美意識に合ったものといえそうである。

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2005年10月30日 (日)

お節介

 アメリカ在住時、ゲイに対して拒否感・偏見をほとんど持っていないためか、よくゲイに間違えられ、ときどき迫られた。迫られたときは、「私はストレートです(ゲイではありません。」と返事をしていたけれど、中には、「君は自分の本当の姿が分かっていない(ゲイである自分に気がついてない。)。」なんて主張し始める人がいるのには閉口した。大変なお節介ぶりである。
 お節介といえば、アメリカの安全保障に対する考え方はとてもユニークだとされる。
 アメリカ以外の国では、国境を接する近隣諸国のことで頭が一杯であるけれども、アメリカは、本土を防衛するのではなくて、アメリカの潜在的脅威となりうる国まで行って紛争の種を抑えようとしている。
 かといって、アメリカに一国平和主義になってもらっても困るような気もする。
 「適度なお節介」というのはバランスが難しいのだろうか?

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2005年10月28日 (金)

袋叩き

 国際機関人事の仕事を始めて間もなく、職務を離れて国際機関人事に関する情報提供やネットワーク作りに取り組み、ズルズルと続けて早7年である。
 開始当時、国際機関人事の担当者であることが明らかだったこともあってか、メールで「袋叩き」に遭った。
 国際機関人事に関しては、あまり親切な行政サービスが行われておらず、人事という事柄の性格上「恨み」を買っている部分もあった、ということを思い知った。「こんなに恨まれているのー!」と叫びだしたいくらいだった。
 仕事柄、袋叩きはよく経験しているけれど、これはこれでいい勉強になった。公務員は一定期間袋叩きに遭う経験をするのもいい、と思う。少なくともニーズはわかるし、行政サービスの受け手が何に不満を持っているかもよくわかる。
 若干話しは変わるけれど、市場主義一辺倒の経済政策を主唱する人たちは、そういった経験がなく、恵まれない人たちの痛みに向き合ったことがないのではないかと私は疑っている。 

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2005年10月27日 (木)

企業の倫理

 ハンセン病に関する政策について、マスメディアにおいて行政が強く批判されている。
 当のマスメディアの一角を担う新聞が過去に「ハンセン病患者を野放しにしている」と強烈に行政批判して対応を遅らせた、とか、いろいろな経緯があったとしても、行政に対する批判は妥当な線に落ち着いているように思う。
 一方で、アスベストの被害に関するマスメディアによる行政批判を見ていて、ハンセン病の場合に感じなかった違和感をもっている。多分、それは次のとおり整理できると思う。
 ハンセン病問題においては、行政が、「個人の人権を著しく侵害した」「偏見を助長しないまでも維持した(啓蒙しなかった)」というもので、「行政対個人」という構図になる。
 一方で、アスベスト問題では、行政が、原因企業に規制を加えなかったため、個人の生命が脅かされる、というもので、「行政、企業及び個人の3者関係」という構図になる。
 アスベストの有毒性は、行政も原因企業もほとんど同じ時期に承知していたとされる。
 有毒性の認識があったのにもかかわらず、「使用を続けた原因企業」と「使用を規制しなかった行政」の両者を比較して、「『特に』行政が悪い」ということにはならないように思う。企業倫理というものがあるとすれば、倫理に反する行動を取る企業の方が批判されてしかるべきではないか。それにもかかわらず、行政がマスメディアの批判の中心になっている。
 以上が私の違和感の所在である。
 この問題は、行政と企業の責任の分担が明らかでないことが原因かと思われる。
 しばらく前までは、「規制しない行政が悪い」ということに異論を差し挟む人は少なかったと思うけれども、「官から民へ」「規制緩和」「事前規制から事後監督へ」の流れが進めば、「原因企業が悪い」という人が多数派を占めるようになるかもしれない。
 企業倫理、経営倫理、コンプライアンスなどなどが声高に叫ばれるようになってきている。
 「アメリカの影響だ」と説明する人が多いが、それだけでなく、上記のような理由から、企業も倫理を意識せざるを得なくなってきているという日本固有の背景があるように思う。

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2005年10月24日 (月)

時代精神について

 19世紀の終わり頃というと、社会主義が時代精神だったと言っていい。
 歴史の本を読むとそのように書いている。マルクスの説明も説得力をもっていたし、彼以外にも社会主義思想家はたくさんいた。
 経済史の本を見てみると、1873年にウィーンで株が大暴落し、1896年まで大不況が続いている。それが人々を社会主義に向かわせたのだと推測される。
 そうしたなかで、1891年、ローマ法王レオ13世は回勅(レールム・ノヴァルム)を発出した。そのテーマは、「資本主義の弊害と社会主義の幻想」である。当時の時代精神を「幻想」としたわけである。
 結果的にみると、ローマ法王(庁)は、奥の院から、社会の動向を冷静にみていた、ということなんだろう。
 さて、それから100年後、20世紀の終わり頃というと、象徴的事件として、社会主義の崩壊があり、時代精神といえるのは、「資本主義・市場主義」だろう。時にそれは熱狂的でさえある。
 そうしたなかで、1991年に、百年ぶりにローマ法王ヨハネパウロ2世が回勅を発出している。テーマは、「社会主義の弊害と資本主義の幻想」である。百年前と言い回しが逆転している。
 ここでも時代精神を幻想としている。
 私は共感している。激しく少数派なんだろうけど。

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2005年10月21日 (金)

小さな親切

 昭和38年6月13日に発足した「小さな親切運動」というのがある。
 昭和38年3月、茅誠司東大総長が、東大の卒業式において、「『小さな親切』を勇気をもってやっていただきたい。そしてそれがやがては、日本の社会の隅々まで埋めつくすであろう、親切という雪崩の芽としていただきたい」 と発言したことがきっかけで始まった。
 これを受け、政府でも、9月6日の閣議で、「官庁の窓口の親切化運動を広め、同時に公務の能率をはかること」が定められ、9月30日の事務次官会議で、「公務員の親切運動」の実施要領が申し合わされた。
 「小さな親切」という考えが、当時の国民の気持ちを捉えた結果だと思う。
 同実施要領には、「各職場に『親切箱』を置く」とか、「とくに親切な公務員は表彰する」といったことが盛り込まれている。今にして思えば、少々気恥ずかしいような気持ちになる。
 実施要領に従い、公務員の職場には、親切運動にふさわしいポスターが貼られることになっていて、その一つの標語が、「小さな親切大きな『奉仕』」だった。
 これを絶妙に言い換えたのが、「小さな親切大きな『お世話』」ではないかと推測する。
 「奉仕」と「お世話」は、意味内容が類似しているけれど、置き換えると、文の内容が全くといっていいほど反転する。なかなか興味深い置き換え例である。
 当時、運動が盛り上がるのにしたがって、しらけてしまった人たちも多かったのではなかと思われ、そういう人たちが発明した言葉ということだろう。
 小さな親切が必要な人はいるし、そういう人たちのために恥ずかしがらずに小さな親切を実行することも必要である。
 しかし、運動として取り組まれた場合、実行することの「気恥ずかしさ」が高まるタイプの人もいるし、これが、自発的な親切を阻害する面もある。
 一方で、使い方にもよるけれど、「小さな親切大きなお世話」とまで言ってしまうことにも抵抗がある人もいる。
 「『運動として実行する人』と『運動にシニカルに対応する人』の中間くらいにいることが不安定だけれど安心できる」と思えるがどうだろう?

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2005年10月16日 (日)

外国人がみた明治の日本

 明治維新の頃には、相当数の外国人が来日し、日本に関する印象を記した資料残してくれている。
 ある学者が、それら資料に共通する内容として、次の3つの疑問が挙げられる、と指摘していた。
1.日本人は、どうしてこんなに優しいのか
2.日本人は、どうして自己主張をしないで譲ってしまうのか
3.日本人は、どうしてこんなに心のゆとりがあるのか
 もう一つ加えるとすれば、「どうして日本の子供たちは、こんなに笑っているのか」だそうだ。
 これらがどんどん失われる方向に社会が動いているように思える。
 フーコーではないけれど、こういう社会を守って欲しいとと思う。

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2005年9月30日 (金)

老人介護

 Aさんが、老人介護施設を研修のために訪れたところ、有名大学の名誉教授で、かつてフランス文学の第一人者といわれたZさんが、デイケア・サービスを受けていた、と話してくれた。
 ちょっと待て、私はZさんの教科書でフランス語を勉強したぞ。
 Zさんは、頭脳は明晰だが、運動機能が衰えているため、デイケア・サービスを受けているとのことだった。Aさんに対し、「介護をしてくれる人が私の話しについてきてくれなくて、面白くない」といいつつ、最近読み直した夏目漱石や永井荷風の感想や、漢文学の素養と彼らの文体との関係などなどを話してくれたそうだ。
 なお、Zさんは、「コンフリクトがないとボケる」とも言っていたそうで、文学などの教養が十分でない人に当たったときには、わざとコンフリクトを起こしたりしているのかしら、などと余計な心配してしまった。
 
 さて、Aさんによると、その頭脳明晰なZさんが、痴呆の進んだ老人たちに混ざって、幼稚園児が歌うような「お歌」を歌わされているのは、とても悲しい光景で、心が痛んだ、とのことだった。
 こういうフラストレーションは、サービスを多様化すれば解決できるかもしれない、とか、フランス語を学ぶ学生に介護をさせつつ、勉強を教えてもらうのもいいかも、などと考えたりした。

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2005年9月27日 (火)

時差ぼけ

 くだらない話をひとつ。
 先日、国際保健協力分野の人材育成に関する会合に参加した。20人くらいいたけれど、大半は医師だった。
 某国連機関の日本事務所長のKさんも参加者リストに入っていた。Kさんは、日本事務所長として、世界各地を飛び回りつつ、日本でもたくさんの人と会ったり、講演をしたりと大忙しの毎日を送っている。ニューヨークにいた頃、彼女とはよく食事に出かけていたのだけれど、日本に帰ってきてからは1度しか会っていない(会うと仕事を押し付けられそうでなんとなく避けていた。)。
 私は早めに会場に着いて、ロの字型に並べられた机の角の席に座って資料を読んでいた。
 そこへKさんがやってきた。Kさんは、私の直ぐ目の前に座り、話しかけてきた。
 「元気~?」「元気ですよ。お疲れのようで。」「そうなのよ、タンザニアから帰ってきたばかりで眠いのよ。」「いろいろと忙しそうですね」・・・・
 Kさんは、おもむろにメガネを取り出し、配布資料に目を落とした。参加者のリストを確認していたかと思ったら、
 「××さん(←私の名前)がいるじゃない!」と周りがびっくりするような大きな声で叫び、顔を上げた。
 先ほどから話していた相手が、私であることは、気がついていなかったのだった。
 「時差ぼけで・・・。」とKさん。
 「天然ぼけでしょう。」と私。
 「痴呆症状では?」とX教授。
 「その痴呆症状は、進行性ですかね。」とY教授。
 「少し早いがその可能性もある。」とまたまたX教授。
 ああ。。。

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2005年9月25日 (日)

経済学を学ぶ

 大学のとき、専攻ではないけれど、経済学を相当勉強した。
 経済学により、社会を理解する一つの方法を身につける人は多いし、私もその一人だった。分析のためのツールがなかなか洗練されていて、なんとなくそれを振り回したくなる。
 ということで、経済学を学んでいた頃は、世の中のことをなんでもかんでも、そのツールを使って分析してみようとしていた。なお、物理を習ったときにも、マルクスにはまったときにも、カントに一瞬はまったときにも、それぞれのツール(もしくは方法論)でもって、なんでもかんでも分析しようとしていた。
 
 話は少しそれるけれど、国連は、期待に答えるための十分なリソースを与えられていない、とよく言われる。そしてそれを、日本は借金漬けだし、アメリカは国連嫌いだし、といった理由で説明しようとする。
 一方、経済学の知識があれば、多分、次のとおり考えると思われる。
 「国連は国際公共財であり、国際公共財も公共財である以上は、経済学の教えるとおり、その供給が十分でない状態で均衡する。したがって、国連に十分なリソースが与えられていないのは各国の合理的な行動の結果かもしれない。なにか相当うまい仕組みでも作らないと解決はできないだろう。」
 誰か知恵者が、「なにか相当うまい仕組み」を作って欲しい、と願う。

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2005年9月19日 (月)

時短

 かつて、「時短」という言葉が流行った。
 平成元年当時の新聞をみると、「時短が国を滅ぼす」なんていう強硬な主張をする経営者が結構いた。当時のチェーンストア協会の会長の発言が目立っていた。彼らは、週休二日制に大反対だった。
 立派な経営者もいるけれど、経営者の多くは短期的で狭い利益しか考えてないんだろう、と思う。
 今は社員に終身雇用を保障することは大変難しい。そういうこともあり、仕事をしながら、能力開発のため大学院に通う人も増えている。こういうことって、週休二日制でなければほとんどできないのではなかろうか。
 当時、社会人になるかならないかという時期だったのだけれど、企業は社員を奴隷的に拘束しているようにしか見えなかった。また、あれだけ社員を働かせるのであれば、経営者は、ビジョンやリーダーシップがなくても務まるのではないか、と考えていた。現在では、務まらないと思うけれど。

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2005年9月18日 (日)

広告代理店

とある大手広告代理店は、「かつて」次のようなスローガンを持っていたそうです。
「PR戦略十訓」
もっと消費させろ
捨てさせろ
無駄遣いさせろ
季節を忘れさせろ
贈り物をさせろ
コンビネーションで買わせろ
きっかけを投じろ
流行遅れにさせろ
気安く買わせろ
混乱を作り出せ
 環境団体が激しく批判したのは当然だろう。
 改めて読んでみると、今言ったりしたら大変なことになるなあ、と思う。そういうところに、「時代は変わったなー」と感じる。 

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2005年9月17日 (土)

19歳

 毎朝、通勤途上にミスタードーナッツに寄って、ブラックコーヒーを飲みながら、ハニーディップを食べる。締めて200キロカロリー強。
 ミスタードーナッツは、ときどきBGMを変える。最近、朝にふさわしくないような、「Nineteen」という80年代のダンス・ミュージックのリメイクが流れている。
 この曲は、ベトナム戦争をテーマに作られた曲で、「Nineteen」の由来は、ベトナム戦争時の米兵(多分新兵だと思う)の平均年齢である。第二次世界大戦の26歳と比較する形で戦争の悲惨さを訴えている。
 そういうシリアスなことを、ダンスミュージックにするものだから、当時、物議を醸した。論争が起きた。大学生だった私にとっても、やりすぎかも、と思った。
 今では、明るいイメージで売っているドーナッツ屋さんでも流すのね、戦争に悲惨さを想像できなくなっているのかもしれない、政治的なセンシティビティがないのだろう、などとつらつら考えた。

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2005年9月14日 (水)

燃えないゴミ

 「燃えるごみ」(生ごみなど)と「燃えないごみ」(ペットボトルなど)を比べた場合、「燃えないごみ」の方がよく燃える(ビン・缶などは、資源ごみです。念のため。)。
 焼却施設で、燃えにくい「燃えるごみ」は、時に石油をかけたり、「燃えないごみ」を少々混ぜたりして燃やしているそうだ。高性能の焼却施設では、そんな面倒なことをせず、まとめて燃やしているそうだけれど。
 ダイオキシンは、塩素がなければ発生しないし、塩素があっても一定の温度が確保されれば発生しないので、脱塩ビ及び焼却炉の高性能化のため、「燃えないごみ」からはほぼ発生しない。むしろ燃えるごみの方が危ないとも。
 「燃えるごみ」と「激しく燃えるごみ」にしたりするわけにはいかないでしょうが、現在のネーミングでいのかな、と思う。

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2005年9月10日 (土)

モアイ

 常識に属することかもしれないけれど、次のような話を聞いた。
 「イースター島には木といえるものがほとんどない。原住民はいるのだけれど、モアイ像は、「ひとりで歩いてきて、海をみている」と説明している。イースター島には、古い文字が残ってはいるけれど、原住民は読めない。モアイ像は、日本でいうと、奈良時代くらいにできたものなのだけれど、その当時の植生をボーリング調査等でしらべたら、島は森林で覆われていた、とのことだった。したがって、丸太があって、引っぱって巨像を運ぶことは可能だったと推測される。」
 要するに、モアイ像を作った当時の社会・経済システムが壊れて現在に至っている、ということだろう。
 イースター島に栄えた文明には、「持続可能な開発」を行うためのメカニズムは備わっていなかったわけだ。

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2005年9月 9日 (金)

朝鮮戦争前後

 朝鮮戦争前後に学生だった老教授に何度か話を聞く機会があった。
 朝鮮戦争が勃発したときには、憲法はあったものの、まだ日本は占領下にあり、学生たちは、大真面目に「徴兵制が復活するかもしれない」と考えたそうだ。「多くの学生が赤い旗を振っていた。」とも。
 当時、大学進学率もまだまだ低く、大学卒はエリートだった。運動の動機は切実だったのだろうけれど、なにぶん少数だったから、社会的影響力が大きくなかったと推測する。
 後々の学生運動は、大学が大衆化し、「自分がエリートのつもりだったのだがエリートでは決してなかった」という個人レベル不満がバネになっていたように見えてしまう(失礼!)。
 老教授が、朝鮮戦争当時の学生運動では、学生たちが「米帝侵略阻止」といったことを叫んでいた、という話をしていたときに、私が「(戦時中の)『鬼畜米英』と見分けがつかなーーい。」と、きわどい感想を述べたら、老教授は、「あっはっはっ」と笑ってくれた。でも、目は笑ってなかった。ああ。。。

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2005年9月 6日 (火)

歴史教科書

 外務省は、日本の中学の歴史教科書を、「英」「中」「韓」訳にして発表した。まあ、これは穏当な対応の範囲に入るだろう。
 それはさておき、中国には国定教科書があるのだそうで、知り合いの大学教授がゼミの中国からの留学生に調べてもらったところ、歴史の教科書に次のことが書かれていない、とのことだった。
 ・毛沢東の粛清
 ・中越紛争
 ・日本の対中ODA
 ・天安門事件
 さもありなん。
 実は、「外務省が中学の歴史教科書の英訳版を作成した」という記事をインターネットでちらりとみたとき、「中国の歴史教科書を英訳して発表した」と勘違いして、びっくりした。
 結局勘違いだったわけだれど、勘違いでよかった、とも思う。

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2005年9月 5日 (月)

悪魔の代弁者

 元ローマ法皇を聖者に列するための手続きが進んでいる。
 最終的には、聖職者たちの会議で決定されるわけであるが、その会議には、「悪魔の代弁者」という役回りを指定される人がいるのだそうだ。要するに、聖者にすべき理由が示されたら、とにかく反対する、聖者候補をけなす、という役割を割り当てられた人である。
 聖者に列するための説得力のある理屈をしっかり考えていくための仕組みといえるだろう。
 ローマ教会ならぬ国連や日本の役所は、「自発的」悪魔の代弁者が多すぎ、である。悪魔の代弁者が半分以上いたら、どうみたって何も決定できない。
 ある経営学者が、重要な決定をする場合には、何でも反対する人を入れておいた方がいい、というような趣旨のことを言っていたが、「自発的」悪魔の代弁者の意を強くするだけで、はなはだ迷惑である。

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2005年9月 2日 (金)

腕を組む

 高齢者介護施設や心身障害者施設で入所者の世話をする際、「腕を組んで話をしてはいけない」というのは鉄則だそうである。高圧的に見え、相手が萎縮してしまう、というのが理由とのことである。
 ものの本には、コミュニケーションにおいて、言語により伝わるものが35%、非言語により伝わるものが65%などと書いてあったりするけれど、非言語の部分をなめてはいけない、ということだろう。
 先日、親戚を訪ねた。ラブラドル犬と子供が遊んでいるのを見ていたのだけれど、ちょっと試してみようと思い立ち、犬と子供が遊んでいるところに行った。犬は、しっぽを振りながら近寄ってきた。そこで、思い切り高圧的に腕を組んで、犬を見下ろしてみた。身長182センチ、体重92キロににらまれた、人なつこいラブラドル犬は、とっとと逃げ出してしまった。
 考えてみると、犬のコミュニケーションに非言語部分が占める割合は、人間なんかよりもずっと高いと思われる。その分、メッセージを正しく受け取るのだろう。
 そう、人間の場合は、バイアスが沢山ある。例えば、私が腕を組んでいると、人によっては、「寒いの?」などと聞いてくる場合があったりする。まあいっか。

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2005年8月25日 (木)

立地

 日本の原子力発電所の約半数は、日本海側にある。
 このため、テロにさらされる危険性が高い、なんてことがあるかどうかわからないけれど、テロなどにより放射能が漏れた場合、偏西風に乗って放射能が本州を横断することになり、被害が大きくなりかねない。原子力発電所の建設に当たっては、こういったことも考える必要があろう。
 しかしながら、原子力発電所などいわゆる迷惑施設の立地は、「とにかく受け入れてくれるところに立地する」という方針にならざるを得ない。
 さて、国連には、「UNハウス」という考え方があって、各国ごとに同じところに国連関係機関を集めよう、ということになっている。現在、日本では、国連大学が「UNハウス」ということになっている。
 しかし、地方自治体の誘致合戦もあって、ハビタットは福岡、UNITARは広島、WHO、OCHAは、神戸、UNEPは大阪、滋賀、UNCRDは名古屋、WFP、FAOは横浜というように、国連機関は広く分散している。このことは、大変な非効率を生んでいるように思う。
 少し恥ずかしい。

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2005年8月17日 (水)

知ったかぶり

 先日、あるジャーナリストが「聞くは一時の恥、聞かぬは末代までの恥」と、若者をたしなめていたのを見た。
 この言葉、15年ぶりくらいに聞いたような気がする。長く役人をやっている間に、「知ったかぶり」が身に付いてしまい、しらずしらずのうちに謙虚さが失われてしまったようだ(反省、反省)。
 
 「知ったかぶり」と書いたけれど、本当によく知っている役人も多い。また、そこそこの役人の「知ったかぶり」は、まあ許容の範囲だろう。
 問題は、なんの見識もない役人の「知ったかぶり」の醜さ、ということか。気をつけよう。
 さて、役人は、対外的には「しったかぶり」を決め込むけれど、役人同士では、馬鹿を競い合うようなことをしていたりする。若い人たちに多いけれど、そういうのを見ていると、「勉強ばかりしてたんじゃないよ」ということを必死に訴えているようで、情けなくなったりする。

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2005年8月13日 (土)

物理と数学、経済学

 高校生のとき、物理(力学)の勉強をしていて、その美しい体系が頭のなかにできあがったとき、ドキドキしたのを覚えています。また、数学(特に微積分)との関係が理解できたときには、もっと興奮しました。
 その勢いで、大学で使われる相対性理論の入門書を独学しましたが、これにも感激しました。その後、量子力学の本を囓り始めたとき、大学受験の勉強をしないといけない時期がやってきて中断し、再開しないまま、現在に至っています。なぜって、私はもとから文系志望だったし、大学では、マーケティングや経済学なんかを勉強していたわけですし。
 大学では経済学が必修でした。必修というと面白くないのが相場でしたが、近代経済学の美しい体系が頭のなかで完結したとき、やはり感激しました。
 その後、経済学が数ある社会科学の一つに過ぎないし、あまりに人間を単純化し過ぎている、と思えるような本とたくさん出会いました。その過程で体系の美しさは、決してその体系の正しさを保障しないことを知り、経済学への興味をほとんど失ってしまいました。
 ただし、一つの社会の見方ができるようになったことは大変よかったと思います。また、公務員試験は経済区分で受験するのが楽だったので、この意味では経済学にお世話になりました。
 ひとそれぞれに上記のような経験があると思いますが、現在の中学・高校の教育課程がこのような知的興奮の経験を演出するように工夫しているかというと心許ないと思いますが、いかがでしょう?

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2005年8月10日 (水)

ビジョンとサクセスストーリー

 「Let America be America again」なんていう詩集をもらった。大真面目な詩集で、ケリー元大統領候補の推薦文なんかが入っている。大真面目な分、笑える。
 読んでみて、アメリカって、国家のビジョンがないともたない(壊れる)国なのではないか、と考えたりした。
 翻って、日本政府にはビジョンがない、と批判されるけれども、さまざまな理由があろうかと思う。思いついたのを挙げてみる。
①ビジョンがなくても決定的には困らない。
②ビジョンを作り出すシステムが機能していない。
③ビジョンが出来上がっても、尊重されない(無視される。)。
 これくらいでしょうかね。
 話は変わるけれど、ビジョンと並び、共有されたサクセスストーリーというものも必要だろう。
 アメリカン・ドリームと言われるものは、サクセスストーリーの集合体を示すものといえるけれど、それがアメリカ社会を活性化させる機能の一端を担っていると思う。
 日本についてみると、結構最近まで、勉強を頑張れば、いい企業に入れ、そこで出世できる、というような組織を前提としたサクセスストーリーがあった。けれども、現在、このストーリーは、社会を活性化させるまでの力を持っているように思えない。
 現在のサクセスストーリーは、「起業」ということなのかもしれないけれど、ドタバタ劇をみるにつけ、社会を活性化するよりも距離をとろうとする人を増やしているような気がしてならない。余計なお世話だろうけれど、これでいいのかな、と心配になったりする。

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2005年8月 9日 (火)

帰省した(おかやまー)

 広島県庁に勤めている人から、「道州制になったら色々大変。しかも岡山市は、中四国州にして、州都になりたがっており、頑張っている。」などという話を聞いた。
 確かに中四国州になったら、岡山市も勝ち目があるかもしれない。ただ、政治・行政都市となることで一機に発展を目指すのは、どうか、と思わないでもない。
 岡山市は、四国へのアクセスがいいし、国の管区機関が多く所在する高松市へも近い。ちなみに人口は、岡山市:67万人、広島市:113万人程度である。
 ただ、高松市(人口36万人)に国の管区機関があるのは、松山市(人口51万人)が受けるべきところを、いろいろ事情があって、高松市が受けた由である。現在、普通に競争して決定することにしたら、松山市が優位かと思う。
 そうなると、仮に中四国州ができる場合、州都の位置を巡って、「岡山・高松」対「広島・松山」の興味深い争いを見ることができるかもしれない。

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2005年8月 8日 (月)

帰省した(インフラ)

 わが町の道路の狭さといったら、大変です。
 広島と呉を結ぶ国道や自動車専用道路、埋立地故計画的に整備がなされた道路を除き、自動車がすれ違うのに難儀する程度の幅しかありません。道が一本しかなかったりするので、一方通行にもできません。想定外の「モータリゼーション」が「段々畑」に訪れて、インフラ整備が追いついていないわけです。
 子供の頃、実家近くで道路脇の小川に車が脱輪していたのを見る機会がたびたびありました。今では暗渠になった(蓋をした)けれど、それでも自転車とすれ違うことさえできません(民家の庭(!)など少し広くなっているところで待ってもらうほかない。)。
 そんなものだから、女性の多く(というかほとんど)は、軽自動車に乗ります。男性は普通車に乗ろうとするけれども、最初は多大な迷惑をかけることになります。
 このようにわが町の住人は、自動車に関して不便をかこっているわけですが、しばらく前までは、広島県は高速道路の総延長が最も長い都道府県でした(北海道に抜かれたはず)。狭い住宅密集地での区画整理が必要な道路整備は進まない(進められない)一方で、人の住んでいない山地を通す高速道路は整備される、というのは、わかりやすい図式だと思われます。
 今回は、車で帰省しました。その際、狭い道路で対向車が来ても、向こうが必ず譲ってくれました。譲り方も、とても不自然なくらい親切でした。
 しばらくして理由が判明しました(鈍感!)。私のでっかい車には、故あって初心者マークが貼ってあり、これが対向車をして譲らせていたようです。意図的にやったものではないけれど、よろしくない行為ですねえ(反省。。。)。

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2005年8月 7日 (日)

帰省した(大学話)

 わが町に大学があったりする。
 わが町は、湾に面し埋め立て好適地が多く、埋め立てが進んでいる。その埋立地に、大学を誘致した。しかし、全国でも最も早いといえるタイミングで潰れてしまい、近隣の大学に吸収された。
 わが町がニュースになることはほとんどないのだけれど、NHKの全国ニュースで「大学淘汰時代の本格化」というようなテーマで取り上げられたときは、ちょっと驚いた。
 帰省途中、広島国際学院大学という見慣れない大学を見つけた。かつての広島電機大学だそうだ。「広島学院」という有名進学校があるし、「広島国際大学」という大学があるしで、ネーミングに苦労があったように想像する。また、女子大が共学化して4年制になったものもある。
 東京に住んでいると「大学淘汰」という話を聞いてもあまり実感はないけれど、地方都市では相当の切迫感がある。特に地域活性化を期待されている大学ほど切迫感の度合いが高いような気がする。

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2005年8月 6日 (土)

帰省した(合併、選挙話)

 帰省しました。合併に関する話をちらほら聞きました。
 広島市に隣接し、人口が一万人余りというわが町で、広島市に合併するかどうかの意見調査をしたところ、合併希望派が多いという結果になりました。しかし、町長、町議会議員は、合併の動きを封殺していることです。自らの失職を避けたい、というのが主な理由とのことです。
 町議会議員選挙は、地域の支援、特に親戚の人数で決まる、と言われるような政治風土なので、選挙をしても、合併か否かということが争点になりにくいということも背景にあるようです。
 中学から高校にかけての頃、ある選挙の終盤、他陣営からの切り崩しを防止するため、地区の中心にあるお寺でかがり火を焚いて、棒を手にして徹夜で警戒する、なんてことが行われていました。子供心にも、情けない、などと思いました。
 これに限らず日ごろから地域のボスといえるような連中が我が者顔で闊歩するのをみて、高校を出たらこの町を離れよう、などと決意を固めていました。
 さて、余計な話ですが、上記のような経験もあり、「コミュニティ=悪(をのさばらせる装置)」というように考え勝ちでした。
 しかし、社会人になってからコミュニティの重要性を認識するようになり、地域の活動に積極的にかかわるなどしてきています(今はちょっとお休みモード)。
 このように気が変わった理由ですが、宮本常一の著作を読んだことでした。特に「家郷の訓」は、原風景に重なりがあり、とても共感したのを覚えています。単純でしょう。

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2005年7月26日 (火)

コミュニケーションの量

 コミュニケーション(主におしゃべり)の飽和量は、男性に比べ女性が圧倒的に多い、という研究結果があるそうです。
 そうなると・・・
 夫婦のケースについてみると、仕事をしている夫は、仕事場でのコミュニケーションの量で飽和し、あんまり喋りたくないと思いつつ帰宅する。迎え撃つ主婦であるところの妻は、満たされていないコミュニケーションの消費を夫に期待する ・。しかし、残念ながら、妻のその期待は裏切られ続ける。結局、夫に期待しなくなり、夫が妻の視界から消える・・・。
 夫婦関係に関する不幸の多くをこのモデルで説明できそうな気がする。
 夫婦とも仕事をしている方が、バランスがとれるのかもしれません。
 ついでですが、「おしゃべりそのものを楽しんでいる度合い」から推測すると、男性は、コミュニケーションを手段として捉え、女性は、目的そのものと捉える傾向があるかなあ、などと考えたりします(あくまで、傾向です。個人差の方が大きいと思います。)。
 コミュニケーションを手段として捉える者と目的と捉える者との対話を継続的に成立させるためにはいろいろ工夫が必要だと思います。これも男女のすれ違いの原因かもしれません。

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2005年7月17日 (日)

中国の友達

 NYで知り合った中国政府職員2人が、そろって来日したので、3人で夕食を共にしました。
 彼らも私もそれぞれ外務省へ出向して、NYでカウンターパートとして仕事をした後、それぞれ北京と東京の基本的にはドメスティックな出向元官庁に戻り、そこでも仕事上のカウンターパートになってしまった、というつながりです。
 ずっと外務省にいるならまだしも、この世界の狭さはなんなんだろう。
 久しぶりに英語でたくさん話をした。NYでは、なんとなくプライベートな話を控えていたけれど、今回は、生い立ちから現在の仕事まで、いろいろな話ができました。
 中国は、ごく最近公務員法を初めて制定し、細則などの整備をしているところでもあるので、中国の公務員制度の今後の展開や、公務員法制に関する日本との比較が話題になりました。これらはとても興味深いテーマでした。じっくり研究してみたら、いい論文が書けそう。誰かやってくれないかな。。。

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2005年5月18日 (水)

またまた帰省した。

またまた帰省した。
 母方の従兄姉が6人いるが、うち4人の従兄弟姉妹に会った。それぞれ地元志向が強い、善良な人たちで、特に2人の従兄弟は、優秀なんだけれど上昇志向の弱く、決してお金持ちではないけれど、なんとなく満たされた雰囲気をもっている。
 従兄弟姉妹4人のうち、子供が4人いる従姉を除き、各家族とも、共働き。4人とも母親の就労意欲の強い家庭に育った。なんとなく、共働きが一族の文化として定着しているような気がする。
 さて、私の地元では、国立大学付属と私立の2つの進学校が、学力面で次に続く公立高校を大きく引き離している状況だった。こうした中、年長の従兄は、私立の進学校に合格したのだけれど、迷わず公立高校に進学した。また、彼は、大学進学に当たっても、共通一次試験(当時)の成績からして、いくらでも選択肢がありそうなのに、地元の国立大学に進学した。さらに、就職に際しても、地元を動かないことを前提に選び、就職後20年以上になるけれど転勤を経験していない。
 こういう、上昇志向の限りなく弱い生き方は、今でこそ多くなってきていると思うけれど、かつては少なかったのではないかと思う。彼はいたって常識的で努力家といえる人なのだけれど、「わしゃ、「へんくー」じゃけん」(方言。「偏屈」の意)などと言いつつ、偏屈者を演じて、「もっといい高校へ」「もっといい大学へ」「もっといい就職先を」などという周囲からの圧力をかわしていた(なお、両親からの圧力はなかっただろうと推測する。)。
 私は、中学生から高校生にかけての頃、彼の行動が気になって仕方がなかったし、彼を基準に自分の進路や生き方を考えた。昭和ヒト桁生まれの親は、やはりロールモデルになりにくかったのだろう。
 
 従兄弟姉妹たちと近況を報告しあっていたら、誰ともなく、「よういちくんの周りには、上昇志向の強い人が多くて大変じゃろう」という思いやり一杯の声が聞こえたりした。こういう思いやりは、ひねくれ者の私でも嬉しかったし、「この人たちとある種の感覚を共有している」という気分が心地よかった。
 自分自身を顧みて、上昇志向が強いのか弱いのかよくわからないけれども、私は、年長の従兄弟の行動に大きな影響を受けたし、いまでも参照基準の一つになっている。久しぶりにゆっくり話してみて、そのことを改めて確認したような感じだった。ただし、彼はそんなことを露とも知らないのだろうけど。

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2005年5月 7日 (土)

草サッカー?

 ゴールデンウィークの最終日、仕事をしないといけないのに、町田にある競技場にサッカーを見に行った。
 関東2部の試合であるが、草サッカーを少しバージョンアップしたくらい、などと考えてはいけない。
 スポンサーもついていたりするし、応援団も組織されていた。試合もなかなか見ごたえがある。
 社会人関東2部→社会人関東1部→JFL→J2→J1というような序列があると思うけれど、なかなかサッカーの層が厚くなっていると思わせてくれる。
 当然、町田のチーム(ホーム・チーム)を応援していたのだけれど、応援団のマナーもいいし、楽しく応援しているしで、楽しめた。

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2005年4月13日 (水)

帰省した。

 春先に帰省した。
 実家の玄関のドアを開けるとき、そういえば、うちでは鍵を閉めることがないことを思い出した。そもそも鍵を閉めるという習慣がない。新聞配達の人が困るから、道に面した台所の引き戸の鍵も閉めない。裏の勝手口の鍵も閉めない。
 海外旅行など長期間、家を空けるときは、鍵を閉めるようだが、鍵がなかなか見つからなかったりする。
 この家で、引き戸の鍵は、隙間なく閉まっているかどうかを確認する道具になっている。鍵が閉まれば、すきま風が入らないということの証明になるので、一旦鍵を閉め、また鍵を開ける。
 そういえば、実家に住んでいた頃、両親は共働きで、いわゆる「鍵っ子」だったけれど、鍵をもった記憶がない。
 世間では、治安の悪化が問題になっているけれども、ここはそういう心配がない。

 実家には、泥棒は出ないけれど、子供の頃、猿が出ていた。猿がいなくなったと思ったら、最近では、狸が出るようになった。この狸は、家族連れなのだけれど、若者を恐れても、老夫婦を恐れず、庭の決まったところに糞をして困っていたそうだ。これに対し、母が一計を案じ、糞をする場所に狸の水飲み場を設け、毎日きれいな水に替えることにした。そうすると、狸は水を飲みにくるけれども、糞をしなくなったとのことである。狸としても、水を飲むところと糞をするところを分けているのだろう、と推測している。
 私にはとても思いつかない技だと思った。

 実家は、尾根伝いに立っていて、眺めがいい。小さな湾を挟んで、テレビ塔のある山を眺望できる。実家からテレビ塔まで、直線距離で4キロメートル程度なのだが、冬至の2日前と2日後の朝、太陽の光がテレビ塔の窓に反射し、我が家を照らす。子供の頃、太陽の動きの規則正しさにちょっぴり感動した記憶がある。

 実家のある尾根を一旦下り、川沿いの長い坂を上っていくと、車がなんとかすれ違える程度の幅のトンネルにたどり着く。このトンネルを抜けると、目の前に大小さまざまな島が点在する瀬戸の美しい風景が広がる。実家に帰るとほかにすることもないので、このトンネルにひとりで歩いて行く。
 帰省する前に、霞ヶ関のいわゆる若手キャリア12名と話す機会があった。彼らの中に、地方について体験的知識、理解がほとんどない者も多い。かつては、地方出身の秀才たちが霞ヶ関にも多かった。現在では、首都圏出身者が大半を占めるに至った。政策形成の衝の当たる人たちのバックグラウンドが地域的に首都圏に偏ることは、政策のあり方にも影響があるだろう。それはあまりいいことではないような気がする。実家に帰り、東京と違う風景に触れて、そんなことを考えた。

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2005年3月 1日 (火)

発達障害について

2月16日に、興味深い話を聞いたので、記録がてら日記にしてしまいます。
 発達障害者支援法が議員立法で成立し、17年4月1日に施行されます。障害者基本法の特別法という位置づけです。障害者基本法における障害者の定義は、身体障害、知的障害又は精神障害がある人のことを指しますが、国会の附帯決議で発達障害も「障害」の範囲に含まれることとされています。基本法では、身体障害、知的障害、精神障害の3つを限定列挙しているので、発達障害は、「障害」であっても、発達障害者は、「障害者」かどうかあいまいだった、という風に理解すればよろしいかと思います。そのため、これまで発達障害者については、様々な誤解を受けたりするなど、十分な対応がなされてこなかったといえます。
 発達障害の定義ですが、広汎性発達障害(自閉症等)、学習障害、注意欠陥多動性障害等、通常低年齢で発言する脳機能の障害、とされています。
 発達障害の分類は、広汎性発達障害として、自閉症とアスペルガー症候群が挙げられます。このほか、注意欠陥/多動性障害と学習障害があります。
 知的障害との関係でいえば、自閉症と注意欠陥/多動性障害の一部が知的障害に分類されます。自閉症にも高機能自閉症とそうでない自閉症があり、前者は、映画「レインマン」の登場人物(ダスティン・ホフマン?)をイメージされればよかろうかと思います。一方、アスペルガー症候群と学習障害は、知的障害を含まない概念です。
 それはさておき、発達障害者支援法は、これまで様々な誤解をうけたりしながら、十分な対応がなされてきたとはいえない、発達障害者への対応を本格化させる上で大きな意味があります。米国では、連邦レベルでなく、州法レベルでの対応が一般的で、カリフォルニア州のランターマン発達障害サービス法が有名だそうで、日本の法律もこれを参考にしたと考えられます。
 この発達障害支援法のねらいの一つは、発達障害に関する啓発なのですが、日本の場合、国及び地方公共団体が障害者週間にキャンペーンをしたり、パンフレットを作ったり、鉄道事業者など公共サービス系の企業にガイドラインを示したり、マニュアルを作成したり、といったメカニズムを発動させることができます。
 開発途上国で、HIV/AIDSの啓発に取り組んでいる人の話などを聞くにつけ、「やっぱ、先進国はそういうメカニズムが発達しているのね」と感心してしまいます。
以下、余談として聞いたことを中心にまとめました。発達障害へ取り組んでいる専門家等の所見・個人的な見立てが中心です。
○発達障害を適切に診断できる専門家(主に医師かと思われます)が、日本には、100人程度しかいない。このため、発達障害について、十分な理解が進まなかったり、家族(主に母親)が悩みとして抱え込む原因となっていると考えられる。
○乳児に対する児童虐待はともかく、幼児期の児童虐待の原因を個別に見ていくと、発達障害を母親が訳もわからず一人で悩み抱え込んだことが引き金になっていたりする場合も多く、啓発は必要である。
○発達障害者は、障害への無理解から、学校で格好のいじめの対象になりやすく、孤立し、又は精神的に不安定な状況に置かれ、その結果、事件を引き起こすパターンもみられる。学校や地域コミュニティでの支えがあれば、不幸な事件の防止につながるだろう。
○神戸や長崎の事件などでは、心無いマスコミが特定の症状(アスペルガー症候群など)に言及することがある。障害を理解され、コミュニティに受け入れられていれば、問題を起こす可能性は一般の人と比べて、大きな違いがあるとは考えにくい。こういう報道は、発達障害への偏見を助長するもので、問題である。
○自閉症の場合、特定のパターン(模様)に執着を示すことがあり、たとえば、網目のストッキングが気になって仕方がなくなり、痴漢扱いされる、という事件が鉄道などで頻発している。鉄道事業者への啓発は進んでいるが、「網目のストッキングは注意」なんてことはいえない。
○電車の中で奇声や嬌声を上げる人をときどき見かけるけれども、自閉症である場合が多く、基本的には、危険と認識する必要はない。しかし、全くないとは言い切れないので、どう説明してよいか難しい。あるとき、幼稚園児が、自閉症の人に橋から投げ落とされたといった事件がありましたが、その人には、目の前に障害物があり、それを取り除いた、という意識しかなく、全く犯意はなかったそうです。こういった形での危険もあるといえ