本を読む能力
高校生の頃、難解に思えた哲学書を読む人をなんとなく尊敬していた。
自分も読んで理解できるようになりたい、と思った。
今でも、「本を読む能力」が高い人を尊敬する気持ちがある。
ホッブズ、ロック、ルソーなどは、何度読んでもわからないところは残るし、解説書を参照してやっとわかった気にになれるところもある。そのような本を自分だけの力で読んで理解できるというのは、すごいことだと思う。
この能力は、行政にせよ、国際協力にせよ、意思決定に関わることに携わる人に求められる知的能力と共通する部分は大きいだろう。こうした能力をもっている人は、難解な行政や国際協力に関する論文を比較的たやすく、自力で読む能力があるであろうことを想像すると明かである。
こうした能力に対する尊敬を欠く人というのは、どう考えたらいいのかわからない。
尊敬がないくらいなら、まだいい。「くだらない」とか、「役に立たない」(確かに役に立たない場面も多いだろう)と決めつける人もいたりする。スポーツ新聞を読みふけっているような人ほど、そういう傾向が強い。
なんとかならないか。

