04 子供の教育

2008年11月20日 (木)

小論文対策・・・

 1年3ヶ月後の、子どもの大学受験に備えて、のんびりと勉強をみている。
 そのなかの一つの取り組みが、小論文対策である。

 文章って、じっくり指導されることが少ないし、癖もある。若手公務員が書いた文章を読む機会があったのだけれど、同じ試験に合格した人たちなのだろうか、と思うくらい、文章力に違いがあったりする。やはり、高校生のうちにじっくりと文章修行をさせるのがいいと思われる。

 書かせてみて、いつの間にか、そこそこの文章を書くことに少し驚いた。ただ、まだまだ論理のたどり方が甘いし、言葉の使い方も下手だし、明晰さにかけるところも多い。

 とても指導のし甲斐がある。

| | コメント (0)

2008年11月16日 (日)

子ども孝行

 子どもの中学受験のとき、「中学受験は、最後の子ども孝行だから」と言われた。そんなもんかな、と思い、算数の解き方のパターンを類型化し教えたり、文章の読み方を指南したり、と奮闘した。
 そう思っていたら、どうも大学受験も子ども孝行が必要らしい。とりあえず、勉強の進行管理やコツの伝授を行ったり、といったことをしている。少しずつ指導が本格化しつつあり、仕事もある中、体力的にもつのか、少し心配だったりする。 

| | コメント (0)

2008年11月 5日 (水)

受験・・・

 高校2年生の子供は、医師を希望している。あーだのこーだの考えても仕方がないので、早々に志望校を絞らせた。学校選びのポイントのひとつは、『家から通える』である。
 第一希望は、国立で、「かなりがんばらないと難しい」、第二希望は、私立の第2グループくらいで、「がんばればなんとかなるかもしれない」、第三希望は、私立の平均以下グループで、「普通にやっていれば大丈夫」という感じである。

 子供は、「塾に行きたくない、パパに教えてもらいたい」と言っていて、ちょっと普通じゃないのだけれど、少し付き合うことにした。やれやれである。

| | コメント (2)

2008年10月28日 (火)

うんち・・・

 小学校2年生の子供が、2回目の模擬試験を受けに行った。
 以前の模擬試験では、3分の2しか書かず、書いたものはほぼ正解、というパターンだった。時間がなくて、3分の2しかできなかった、ということだった。のんびりしているのは、兄とそっくりであり、その兄が受験のときに、スピード勝負であることを教え込むのに苦労したのを思い出した。

 模擬試験が終わり、「どうだった。」と聞くと、「全部解いた!」と元気に言っていた。のんびり屋のはずなのに、どうしたんだろう、と不思議に思っていたら、「うんちが出そうだったから、慌ててやった。」とのこと。
 試験が終わる時間は一緒なのに、うんちが出そうだったから慌ててやる、というのは、なんだか子供らしい。

 それにしても、小2は早いと思う。塾は3年生が週1、4年生が週2、5年生が週3、6年生が週5(土曜日が入る)、というような感じになっており、心配性な親たちのために、2年生で模擬試験が行われている。
 ただ、こういうイベントでどういう行動をとるのか、というのは子供のことを知る上で大変有益な情報でもある。さらには、子供も嫌がらないどころか、むしろ、楽しんでいる。まあ、早すぎると、そんなに心配することもないだろう。

| | コメント (0)

2008年10月14日 (火)

ドッジボール

 小学校低学年の子供たちがドッジボールをしているところを眺めていた。
 それぞれの個性がみてとれて興味深かった。眺めているうちに、だんだん、私の周りにいる人たちと重ねて見てしまった。

 相手がボールをぶつけてくるときの行動の観察結果を分類してみると・・・

・ボールを積極的にキャッチする子
・相手がボールを投げるときにわざと前に出て標的になりつつ上手によける子
・ボールをキャッチしようとはしないがこぼれ球を拾う子
・ボールをとろうとせずひたすら逃げることを楽しんでいる様子の子

などである。 

 また、ボールをとってから、すぐに投げる子がいれば、いつまでたっても投げない子もいる。味方同士でボールを奪い合う場合もある。ちょっとまずいのは、満足にボールを投げることもできないのに、味方の「エース」から無理やりボールを奪い取る子がいたりした(将来が心配・・・余計なお世話だけれど。)。

 ドッジボールは、小学校低学年に限っていえば、それぞれの性格がよく出るし、同じ条件なので、比較しやすいスポーツだといえそうである。

| | コメント (0)

2008年6月18日 (水)

エチャット?

 「えちゃっと」というのがあるらしい。
 絵を書くためのパッドを利用して、同時に6人くらいが、絵を書きながら、チャットをする、というものらしい。
 うちの高校二年生の子供が、この「えちゃっと」を楽しそうにやっていた。見知らぬ人とやっているのだけれど、交わされるのは、絵についてのコメント、描くときの苦労などであり、チャットしたくなければしなくとも違和感がない。とても気楽である。
 また、他の人がどれくらい時間をかけて、どういう技術で描いていくのか、みていてよくわかるので、絵を描く技術情報を交換していることにもなる。

 子供たちのIT技術の利用の仕方に驚かされることが多い。

 

| | コメント (0)

2008年3月27日 (木)

子供の社会の変化

 私の小学一年生の子供は、休日に友達と遊ぶにしても、事前に電話をかけて、習い事や外出がないか、何時から何時まで遊べるかを子供同士で(親の助けを借りながら)確認している。
 公園で遊ばせるにも、親が付いていく場合とそうでない場合があるけれど、どうも親が付いていくことが一般的になってきている(安全の問題もあるしね。)。子供にしてみれば、親と遊ぶのもいいけれど、子供同士で遊ぶ方が楽しくなってきている。
 結局、子供同士で遊ぶ時間の調整が必要になる。

 一方、小学校一年生の子供のクラスメートに、日本人の父とフィリピン人の母をもつ子がいる。その子は、予告なく別の友達のうちに行き、そこで遊ぶことがある。
 「いきなり来られて大変」ということになるんだろうけれど、私の子供の頃はそれが当たり前だった。多分、フィリピン人のお母さんにとっても当たり前なんだと思われる。

 子供が小学校一年生になってから、休日、家族と「だけ」遊ぶ、という状態が続いていたため、子供同士で遊ぶ時間の調整をするように仕向けることになったわけである。
 ないものねだりだけど、かつてのように小学校1年生でも(幼稚園児でも)、公園に飛び出していくような地域コミュニティが取り戻せないか、と考えたりもすることがある。 

| | コメント (0)

2008年1月10日 (木)

子供の政治思想・・・

 15歳の子供は世界史「のごく一部」が大好きである。
 ローマ帝国、日清戦争から文革までの中国、ビザンチン帝国、ファシズム、共産主義など。
 一時期、ハプスブルグ家にはまっていたけれど、いろいろ本を読んだ末、「あんまり面白くなくなった」とのこと。

 ずっと前に、「カタロニア賛歌」を読んで感動し、UNESCOのかつての事務局長がスペインの独裁者フランコの閣僚だったといった話を聞いたりして、ちょっと気になっていたので、スペイン内戦についての本を読んでみた。外国から共和国軍に参加した唯一の日本人ジャック白井のエピソードもあって結構面白かった。そこで子供に勧めてみたところ、「スペイン内戦?あんまり興味ない。」だと。

 スペインは先進国だけれども、ほんの30年前くらいまで独裁政権だったという話をしようと、「フランコはいつまで生きてたか知ってる?」と聞いてみた。そうしたら、「1975年。蒋介石と同じ年に亡くなった。」という返事。「何で知ってるんだ?」「ドイツとイタリアのファシズムに関する本を読んでいたらスペインへの介入とかでフランコも出てくるから。」

 「ぐうたらにもほどがある」というくらいぐうたらな子供だけれども、興味のあるところには熱心であり、よく覚えているようだ。
 歴史への偏った興味ではあるけれど、こういう学びを通じて、国内政治的には、「民主主義」「社会的連帯」「貧困削減」が大変重要である、という認識を深めて行っているらしい。そのくせ、国際政治的には、「リベラリスト」よりも「リアリスト」寄りである。逆らえない流れ、を強く感じているらしい。

 こういう観察って面白い。

| | コメント (0)

2007年5月29日 (火)

空飛ぶ富士山

 しばらく前、6歳の子供が、富士山の絵を描いた。
 宙に浮かぶ富士山だった。UFOの「アダムスキー型」のような感じである。
 お兄ちゃんの方が、「空飛ぶ円盤みたいだ。」とか、「富士山が宙に浮くわけない。」とかからかっていた。私も内心、そう感じた。

 と、思っていたら、富士山を遠望できるところに行ったところ、麓に霞がかかり、雲の上に姿を現していたのが見えた。確かに子供の目には、「宙に浮かぶ富士山」に映っても不思議でない。

 あとで確認したら、どうもそういう状況を描いたらしい。なるほど。子供のやることには、子供なりの根拠がある場合が多い、ということを改めて認識した。

|

2007年5月 8日 (火)

パパ&ママ

 高校1年生の息子は、「パパ」だの「ママ」だの、私がおよそ自分の両親に使ったことのない言葉を使う。

 ただでさえ、「パパ、ママ」と呼ぶのは、少数派である。また、たとえそのように呼んでいても、小学生くらいのときに、「僕は大きくなったから、『おとうさん、おかあさん』と呼ぶ」と宣言するのが日本の当たり前らしい。
 ただ、マザコンでないであろうことで安心はしている。

 いつまで、このような呼び方をするのだろうか。身長170センチ超のニキビ面の高校生に、「パパ」と呼ばれるのも面白いけれども、転換点が来るのが楽しみである。

|

2007年5月 1日 (火)

子どもの夢

 小学生の頃、あまり夢をもってなかったと思う。
 後に(ほとんど今でも)プロ野球などで、子どもたちに夢を与える、なんてことを聞いても、「気持ちはわかるけれど、なかなかピンとこない」って気分だった。

 それはさておき、小学校1年生の息子の夢は明快である。
 -大きくなったら何になりたいの?
 「野球選手!!!」
 -ポジションは?
 「ピッチャ-。アキトはバッターで、リョウもバッターが好きだから、オレはピッチャー。」
 -野球の選手ってパパくらいの年齢になったら選手をやめないといけないよ。どうする?(大変意地悪な質問)
 「うーーーんと・・・、あ、野球の審判になる。」

 夢があって、子ども同士、仲良く、楽しく野球をやっているわけである。自分の子どもの頃になかった経験かもしれない。

 子どもは、小学校4年生になってリトルリーグに入ることを楽しみにしている。一方で、中学受験をするなら、その頃から塾に通わせることになる。
 小学校は環境がいいのだけれど、中学校は荒れていたりして、「中学受験やむなし」と考えている身からすると、いろいろ考えてしまう

|

2007年4月 9日 (月)

初登校

 小学校1年生の息子は、今朝、初めて一人で登校した(はず)。
 両親は、仕事等の関係で早く家を出ないといけないので、息子一人でドアにカギをかけ登校することになる。親としてはドキドキである。前日、何度もカギかけのリハーサルを行った。小学校に通う練習もした。カギかけについては手際良いとはいえないし、カギをかけずにエレベーターの方に走っていったりもした。まあ、家には盗まれて困るようなものはないので、カギがかかってなくてもまあいいかな、なんて考えている。

 今朝、出勤途上、警察官が交通安全の黄色い旗を持って交差点に立っている姿をたくさん見かけた。初登校を無事済ませるために、警察官には動員がかけられているらしい。昨年は気にもとめなかったのだけど(そもそも記憶がない。)、今年はとってもありがたく思えた。

|

2006年12月26日 (火)

進路・・・

 今年は、赤点を連発、4泊5日の野宿の家出までして、わが家を混乱に陥れていた中学三年生の息子だったけれど、無事エスカレータで高校に行けるらしいことが分かり、真面目に進路相談をした。

 「とにかく悩め」「自分がどう生きたいのか考えろ」ってな風で、この社会に対する考え方や自己に対する考え方を深めるようし向けていたが、そろそろ限界である。私の「お気楽極楽」「能天気」「ぐうたら」を見ているのが原因なのか、息子は、世の中を舐めきっていて、あまりにのんびりし過ぎている。

 時間をかけて話した末、方向性は定まった。というより、「やっぱりなりたいものはこれだった」ということを再確認した感じである。とりあえず、この方向でしばらく考えてみて、違和感が生じなかったら、やっぱりそうすればよかろう、ということになった。

 小学校6年生のとき、息子の質問に対して、「勝ち組と負け組」について説明をしたのだけれど、そのとき、息子は「僕は引き分け組がいいな」と面白い反応をしていた。でも、なんとなく、そういう生き方ってやりにくい世の中になりつつあるのかねえ、と思う。「引き分け組」な生き方ちょうどいいと思うのだけれども。

|

2006年12月10日 (日)

自転車記念日

 かつて家庭教師先のおばさまに、自転車の乗り方を教えたことがあった。
 彼女が自転車に乗れない、ってことを知り、「お節介」をしてしまったわけである。それはそれは本当に「お節介」だった。最初は恥ずかしがっていたし、本当に嫌がっていた。
 何度か付き合っったけれど、そのたびに汗びっしょりになった。苦労の甲斐あって、しっかり乗れるようになった。駅まで遠かったこともあって、結果的にはとても喜んでくれた。

 年齢が半世紀分下って、6歳の息子は自転車が好きである。
 いつも補助輪をガタガタ言わせながら走っている。
 そろそろ、と思い立ち、補助輪を外してみた。
 結果からいうと、ほんの45分間のレッスンで、フラフラするものの、補助輪なして乗れるようになった。よかった。
 子どもは本当に楽しそうだった。なぜか足よりも腕が疲れた、と訴えていた。
 当然ながら、私は汗びっしょりになってしまった。疲れた。

 とりあえず、今日の日を記念日として記憶しとこう。

|

2006年12月 4日 (月)

いじめ

 小中学校では、ずっといじめられっ子だった。
 かなり激しくいじめられていたこともある。
 ただ、とにかく運動も勉強もできたので、「そのうちなんとかなるだろう」とか、いろいろ考える余裕があった。逃げ場があったわけである。恵まれた(?)いじめられっ子だった。
 
 一方で、足に軽い障害がある女の子とか、若干言葉が滑らかでない女の子とか、運動も勉強も得意でない男の子がいじめられているのをみて、もの凄く心が痛んだ。
 いじめられた記憶とどのようにして付き合っていくのか、と思ってやるせない気持ちになった。

 足に軽い障害がある女の子と言葉が滑らかでない女の子とは、仲が良かった。というか、仲良くしようと努めた。今にして思えば、「可哀想だ」と思ってのお付き合いだったのだけれど、そういう態度を出さないくらいには大人だった。とても偽善的だったことが、時々思い出されて、心が痛かったりする(大人になってからも、自分が偽善的であるところが嫌でたまらなくなるときがある。)。

 ただ、二人とも、気立ては良かったし、私の意図が何であれ、私とおしゃべりしたり一緒に窓の外を眺めていたりすることを本当に楽しんでくれていた。勉強も教えてあげていた。後者とは、社会科で満点を取ってみんなを驚かせてやろう、と取り組んだりしたこともあった。結局、満点は取れなかったけれど、彼女はクラスの最高点だった。偽善的にはじめた付き合いであっても、本当に楽しかった時もあったわけである(と、自己弁護する。)。 

 一方で、男の子の方は、私が関わろうとすると、粗暴に振る舞い手がつけられなかった。「もう知らない!」ということになり、疎遠になってしまった。
 いじめられて、性格がねじ曲がり、さらにいじめがエスカレートし、という経過を辿るように思えたし、「あいつ、まともな人生送れない」と友達に毒づいたこともあった。結局、彼は高校を卒業後しばらくして、車で暴走の末、大事故を起こして亡くなった。いじめと事故との因果関係というか、意味の連なりのようなものが見えてしまい、心が痛い。

 私にとっての「いじめ」に関わる嫌な記憶は、自分がいじめられていたこと以上に、救いがほとんどない中でいじめられていた同級生の記憶である。「救いがほとんどない中でいじめられる」というのは、むごい、と思う。もっと言えば、圧倒的な不公正だと感じる。なんとかならないか、なんともできない、と考えが行ったり来たりして、イライラしてしまう。

|

2006年11月24日 (金)

子どもの勉強2

 子どもの通う中学は理科系重視である。中学3年生で高校1年生の数学を終わらせることになっているし、教科書も妙に難しい。

 とはいいつつ、数学の考え方のようなものを教え込みつつ、個別の問題を解かせるのは、なかなか楽しい。
 「おまえの人生において必要なのは、数少ない前提から、この公式を導き出すような思考ができるようになることだ。ただし、目の前で必要なのは、とにかくこの公式を覚えて当てはめることである。そういう場合、とにかく公式を覚えるということをするのが近道かもしれない。しかし、それではだめで、公式の導き出し方を常に念頭に置いておくように。」なんて説教くさいことも平気で言える。

 あとは、プラトンの著作「メノン」で、ソクラテスが数学の知識のないメノンの召使いに対して、質問を繰り返していくことで、数学の問題を解かせる場面があるけれど、その方式をできるだけ応用している(「想起説」式教授法???)。
 「こう解くんだよ」と教えるよりは、質問による誘導があるとはいえ自分が答えを見つけることができたことの方が身に付く、と思っているから、そうしている。少し忍耐は必要だけれど、効果は上がっているように思う。

 子どもも、理解できると嬉しそうである。ちゃんと問題も解けるようになってくる。
 そう、最初にちょっとしたつまづきがあるだけなのだ。つまづきがつまづきを呼んで、全く分からなくなる、という悪循環に陥っているに過ぎない。この点、私の子どもは恵まれている。親によるフォローがある。「勉強しなさい」と言いっぱなしでもない。

 逆に、ちょっとしたつまづきがきっかけで数学嫌い、勉強嫌いになっている子どもたちのことを想像する。ものすごく勿体ないと思う。なんとかならないか。

|

2006年11月21日 (火)

子どもの勉強

 中学3年生の子どもがいる。私立の中高一貫校に通っている。極めて成績不良である。
 特に、古典と数学が不得意である。どちらも私が好きだったし、得意な科目である。このままでは、高校に進級させてもらえないので(放校の危機!)、ひさびさに少しずつ勉強を見ることにした。
 中学受験のときは、NY帰りで日本語が壊れたまま、急に進学することになり、約120日間、子どもの勉強に付き合った。毎朝5時に起きて国語の問題が解けるように鍛え、算数の問題をパターン分けして教え込んだ。子どもも「いじめ」から逃げるという目的があったので必死だった。そうして入った中高一貫校なのに、成績不良で放校されるのは残念である。一方で、私としては、高校なんかいかなくても、立派に社会人として働いている人もいるし、本人の心がけ次第かな、と考えたりもしていたりする。

 それはさておき、教えはじめて、すぐさま、「これじゃあ、点は採れないな」と感じた。原因が直ぐに分かったりした。
 数学についていうと、字が汚い、整理して書いてない、そのため、計算の過程でどこかで間違いが生じる、とう風である。「字は汚くていいが、字と字と識別がつくようにしろ。「3」と「≧」と「}」の区別がついてなーーい。」とか。
 中学入試のとき、算数で、とにかく上手な解法を見つけるように教え込んだのに、そういうことを忘れてしまっている。「100階建てのビルがある。目の前に非常階段がある。お前はそこを登るか?体力に自信ないだろ?どこかにあるエレベータを探しなさい。」とか。
 古典では、無理やりテキストを暗誦させた。謙譲語や尊敬語を意識しないために間違えたりするので、「待ってました」とばかりに、「そこは丁寧語だからそうはならない」とか指摘しながら、そこで描かれている状況や人間関係を意識させるようにしている。でないと永遠に古典文法を理解できないだろうし。

 子どもと一緒に中学受験に取り組んだとき、「これが最後の子ども孝行だ、できるだけ寄り添って頑張ろう。」と考えていた。この裏返しで、中学に入ってから思い切り放任になってしまった。
 結局、この考えは間違いだったと思う。子どもが成長途上にある以上、そこかしこに親のアドバイスなり支援が必要であり、中学生くらいの年頃と小学生とでは、そのやり方や性格が変わっていくに過ぎないという当たり前の事実に気がついた。

|

2006年10月 4日 (水)

子供と道徳?倫理観?

 子供に、道徳や倫理観を身につけさせるにはどうしたらいいか、ってことを考えてみる。もちろん、自分のことは棚に上げている。

 欧米では、宗教がその役割を相当程度果たしている、と思われる。

 日本ではどうだろう。共同体での濃密かつ長期的人間関係が、道徳を培ってきたといえるかもしれない(息が詰まりそうなのはこのせいか。)。
 それはともかく、日本での道徳や倫理観を身につける方法の主流はそうだったかもしれないけれど、古典を読んで、精神修養をする、という伝統は確かにあった(寺小屋を想定している。)。
 この場合の古典は、主に中国のものである。四書五経といわれるものが中心だったといえるだろう。そう考えると、孔子の教えって、儒「学」よりも、儒「教」と呼ぶ方がしっくりくる。

 日本では、濃密な共同体もなくなり、それだけでなく、古典を通じた精神修養といった伝統もなくなっている。そういった中で、子供の教育、ってことを考えると、仕方ないので「古典を通じた精神修養」なんて方策で対応しようかな、なんてことを考えている。

|

2006年9月30日 (土)

教育方針?

 お金に興奮する人が苦手である。
 余計なことをしてみんなに迷惑をかけないことを願うばかりである。
 世の中には、刃物を持ったら振り回す人と、刃物を持っても振り回さない人がいるけれど、お金という刃物をもって、平気で振り回す人が少なくなることを、特に金融機関などに望む(無理だけど。)。
 せめて、お金を扱う人は、モノを作って売って稼ぐよりも、お金を使ってお金を稼ぐことの方がはるかに簡単だ、ということくらいには、思いを致すべきである(無理だけど。)。

 同様に、イデオロギーに興奮する人が苦手である。
 余計なことをしてみんなに迷惑をかけないことを願うばかりである。
 世の中には、・・・(以下中略)

 さらに同じく、安易に周囲に同調する人が苦手である。
 余計なことをして・・・(以下中略)

 もっといえば、命令に簡単に服従できる人が苦手・・・(以下中略)


 以上のような考えは、教育方針に如実に反映して、困ったことになる。

 中高一貫の中学生の子どもが勉強をするとすれば、おおむね次の理由からだろう(他にもあるかもしれないけれど)。
(1)中学生は勉強しないといけない、と言われているから。しないと、先生や親に怒られるから。
(2)みんなしているから
(3)いい大学に入ったらたくさんお金がもらえるところに就職できる可能性が高いから

 以上、子どもSによる観察結果である。
 それに対して、ついつい次のようなことを言ってしまう。
(1)どうして勉強しないといけないか、考えてみろ。怒られるからといって、勉強するのはよくない。
(2)みんながしているから、なんて行動を取るな。
(3)お金があれば幸せになれるかというと違う。

 そうすると、とっても勉強嫌いな子どもに仕上がる。
 まずい。

|

2006年9月 7日 (木)

教育方針?

 お金に興奮する人が苦手である。
 余計なことをしてみんなに迷惑をかけないことを願うばかりである。
 世の中には、刃物を持ったら振り回す人と、刃物を持っても振り回さない人がいるけれど、お金という刃物をもって、平気で振り回す人が少なくなることを、特に金融機関などに望む(無理だけど。)。
 せめて、お金を扱う人は、モノを作って売って稼ぐよりも、お金を使ってお金を稼ぐことの方がはるかに簡単だ、ということくらいには、思いを致すべきである(無理だけど。)。
 同様に、イデオロギーに興奮する人が苦手である。
 余計なことをしてみんなに迷惑をかけないことを願うばかりである。
 世の中には、・・・(以下中略)
 さらに同じく、安易に周囲に同調する人が苦手である。
 余計なことをして・・・(以下中略)
 もっといえば、命令に簡単に服従できる人が苦手・・・(以下中略)

 以上のような考えは、教育方針に如実に反映して、困ったことになる。
 中高一貫の中学生の子どもが勉強をするとすれば、おおむね次の理由からだろう(他にもあるかもしれないけれど)。
(1)中学生は勉強しないといけない、と言われているから。しないと、先生や親に怒られるから。
(2)みんなしているから
(3)いい大学に入ったらたくさんお金がもらえるところに就職できる可能性が高いから
 以上、子どもSによる観察結果である。
 それに対して、ついつい次のようなことを言ってしまう。
(1)どうして勉強しないといけないか、考えてみろ。怒られるからといって、勉強するのはよくない。
(2)みんながしているから、なんて行動を取るな。
(3)お金があれば幸せになれるかというと違う。
 そうすると、とっても勉強嫌いな子どもに仕上がる。
 まずい。

| | コメント (0)

2006年8月13日 (日)

反抗期

 中学3年生の子どもがいる。反抗期である。
 しかし、私にはあまり反抗しない。反抗しない方が身のためだと知っているからである。一方で、パートナーには反抗する。基本的に、パートナーを馬鹿にしている。
 子どもは、私に対して、「パパのせいで、ちゃんとした反抗期をもてないので、僕は人格がゆがんでしまうかもしれない。」などと訳のわからないことを言っていたりする。
 夏休み、いろいろ話す時間はたっぷりあったので、私からパートナーの「立派さ」について話した。正直言って、パートナーは立派すぎて、私も子ども扱いである。
 これまで、パートナーがやってきたことなどを丁寧に話していったら、子どもも感銘を受けた様子で、ぽつりと「全然しらなかった」と言い、しばらくの間黙って考えていた。
 そこへパートナーが帰ってきた。
 私は子どもに対して、「『ママ、これまでありがとう』でも、『ママってすごいね』でもいいから、ママの目をみて何か言ってみろ。」と囁いた。
 しかし、子どもは、パートナーの方に向き直ることができずにいた。「いいから、ママの方を向いて何か言ってみろよ」と私が促したら、子どもは言った。
 「反抗期の子どもに、そんなむごい要求をするなー!」
 これまで反抗の対象であり、馬鹿にする対象だった「ママ」に、とても「ありがとう」とか「すごいね」といったことは言えないらしい。

| | コメント (0)

2006年7月26日 (水)

中学受験7(国語4)

 しばらく前に、子供が、戦争などの悲惨な話が問題文に出ると、解けなくなる、という話を書いた。
 つまり、悲惨な話を読むと感情が高ぶって、問題を解くどころの話ではなくなる、ということである。
 それに気がつかずに、「どうしてこんな問題が解けないの?」と叱責しそうになっていたのだけれど、理由が判明したので、受験する学校をよく考え直す、という方法で対応した。
 白状すると、それに気がついたのは、子どもを観察したのもそうだけれど、実は、自分もそうだったから、である。もっといえば、自分もそうだったことを思い出したから、である。
 要するに、同じような経験をしているから、子供を理解できたわけである。本を読んでは涙を流していた小学生の頃の自分を思い出したりした(今は、全く涙を流したりしなくなったけれど。感情をコントロールするテクニックを身につけたのかもしれない。)。
 子どもは、私と同じように悩みながら社会に適応していくのだろうか?と考えると心配になる。
 アルコール依存症になりかかったり、対人恐怖に陥ったりするのだろうか?それを乗り越えられるのだろうか?
 余計な心配ではあるけれど、子供に対してできることはしておきたい、とは思う。

| | コメント (0)

2006年7月 6日 (木)

小学校1年生

 小学校1年生の頃、小学校5年生と6年生の近所の姉妹と一緒に小学校に通っていた。私の前に可憐な6年生、後ろに象が踏んでも壊れそうにない5年生(二人は姉妹だったけれど全然似てなかった)というように、一列に並び、芥川の支流である女瀬川(にょぜがわ)の高い堤防を越えて通った。「この辺りは鬼がでてたんだよ」なんて話をしてくれていた。
 小学校1年生のときのいい思い出というのは、通学路で話したことくらいである。あまりいい思い出はない。
 小学校は、如是(にょぜ)小学校といい、私が1年生のときに、6年生に辻本清美議員がいたはずである。辻本議員は、先生にとっても可愛がられていたらしい。
 一方で私は、よく廊下に立たされていた。隣の暗い理科室に閉じ込められたこともあった。問題児だった。担任がヒステリックな人だったことが災いした。
 先生のヒステリーの直撃を受け、パニックになっていた。人並みにかわいい小学1年生だったけれども、当時は、自分の容姿のひどさにより、先生やクラスに受け入れてもらえなくなっていると信じていた。コンプレックスはどこに生じるかわからない。
 何かの理由でお姉さんたちが学校に連れて行ってくれることができなかったときには、校門からどうしても入れなくなり、校門の手前でおろおろし泣いていた。そういうときには、たまたま通りがかった近所のおばさんや用務員さんが、職員室まで連れて行ってくれていってくれた。ほとんど登校拒否である。
 そういうことがあっても、相変わらず廊下に立たされ、電気を消した理科室に閉じこめられた。
 「こういうことだけは子どもたちに経験させたくない」とか、「人のコンプレックスはどこに生じるかわからない」とか、「昔の小学校に人権はなさそうだ」とか、いろいろ教訓はあるけれど、書きにくいのでこの辺にしておきます。

| | コメント (0)

2006年6月28日 (水)

高等教育の担い手

 日米の高等教育は、1960年から2000年にかけて、4倍のサイズになったのだけれど、日本では、それを私立大学が担った(吸収した。)。
 アメリカもそうかな、と考えたら間違いで、アメリカでは、公立大学が吸収した。
 アメリカの私立の大学は、授業料が高い分、教育サービスも高い、ということで、なんとか上手く行っているように思われる。
 一方で、日本の私立は、国立よりも授業料は高く、教育サービスは、国立と比べてトントン、というイメージだろう。バリュー・フォー・マネーの観点からいいのかな、と思う。
 それはさておき、知り合いのアメリカの公務員は、どうしても官が担わないといけないものに限って、官が担当している、と胸を張って言っている。しかし、教育サービスに関しては、日本の方が圧倒的に「民営化」が進んでいるわけである。
 アメリカでは、教育サービスは、民営化していくことが適当でないもの、と判断されているようである。こういう個別の分野ごとの判断がなされているのをみると、「一律民営化!」という主張よりも見識があるように思える。

| | コメント (0)

2006年6月27日 (火)

高等教育・中学浪人

 1960年から2000年にかけて、各国で高等教育の規模は拡大したけれど、意外なことに、日本、ドイツ、アメリカが4倍だったのに対して、フランスが7倍、イギリスが16倍になった、ということである。
 イギリスやフランスにおいては、高等教育は、一部のエリートのものだった、ということだろう。
 話は変わるけれど、先日、磐城の温泉に行ったとき、そこの出身者から、ある高校に進学するために、中学浪人する人が多い、という話を聞いた。彼が在籍していた頃には、その高校の在籍者の4分の1とか3分の1とかが、中学浪人経験者だったとか。
 田舎の場合、高校が学歴の終着点だったからかもしれず、そのため、中学浪人をしてまで進学しようとしていたのかもしれない。しかし、高等教育が一般的になった現在もその伝統が残っているとすると、うーん、と考えてしまう。
 これは、私が育った広島では考えられないことである。
 広島市の場合、総合選抜というのがあって、市内の6つの普通科の高校には、一定の希望を考慮しつつ、基本的には籤で振り分けられることになっている。市の端っこに住んでいたら、目の前に高校があるのに、なくなく1時間かけて通う、なんてことが起きていた。
 当時、すごく非合理な制度だと思ったけれど、もしかすると、中学浪人を出さないための工夫だったのかもしれない。
 今度調べてみよう。

| | コメント (0)

2006年5月30日 (火)

初心など

 公務員になったばかりの若者に、「どうして公務員になったのか」という話を聞くと、立派な、しかし、本音の答えが帰ってくる。10年経っても、20年経っても、そういう気持ちを失って欲しくない、と思う。というよりも、職業生活を送っていきながら、「初心」を磨いて欲しい。
 子供が戦争ものの試験問題の文章を読んで涙を流し、全く解けない、ということを書いたけれど、仮にそのとき、じっくり観察せずに、「なんでこんなのができないのか!」なんてことを言っていたら、子供のトラウマになってしまっていたかもしれない。そういう感情を抑圧して生きていくことになるきっかけになっていたかもしれない。
 「そうではないんだよ」「そういう気持ちを大切にしてほしい」ということが、言葉ではなくて、態度で伝えることができたのは、良かったと思っている。
 ひるがえって、公務員の先輩として、「初心」を大切にするように、若い人たちと接しているか、ということが気になったりする。もっといえば、役所は、「初心」を見失わないように、むしろ、育てるようにできているか、というと大変に心許ない。残念である。

| | コメント (0)

2006年5月12日 (金)

中学受験6(ブレークスルー)

 子供に中学受験の指導していて、各科目で、ブレークスルーが観察された。この場合のブレークスルーとは、問題を解くためのコツをつかむなどして、成績に大きな向上が見られること、くらいの意味である。
 何か障害となっているものが取れたり、新たに発見があったりしたのだろうと推測する。
 受験の指導をしていたとき、進捗状況を確認したり、子供の状況を客観的に理解するために、日記(日誌?)のようなものをつけていた。
 「これこれこうしなさい」と口で説明しても子供はそのとおりにできるわけではない。そのため、なんとか「気づかせる」ための指導をすることになる。日記(日誌?)は、そのための参考資料であるが、12月4日には、「国語にブレークスルーが起きかかっている」という記述があったりする。
 
 しかし、プレークスルーはいいのだけれど、ブレークスルーが起きたことにより何かを失っていないか、ということが気になっていた。文章の読み方を例にとると、多様な読み方があってしかるべきなのだけれど、この場合のブレークスルーは、直線的な読み方を身につけてしまった結果ではないか、と考えたりする。
 聡明な人にも二種類あって、結論に一直線に向かう人と、大いに迷う人がいる(優柔不断とは別!)。私は聡明ではないけれど、迷うことが好きである。単なる趣味だ、と言われそうだけれど。

| | コメント (0)

2006年5月10日 (水)

中学受験5(育成?)

 子供の中学受験指導をしていて、仕事上で部下を指導する在り方を学んだような気がする。
 つまり、部下の仕事が上手く行かない理由をしっかり見つけてあげる、OJTを行う、といったことを、仕事の場所以外で学ぶことができたような気がする。
 ただ、よくよく考えると、中学受験の指導がなんとか上手くできたのは、それに先立つ経験も影響しているようである。テニスで散々似たような経験をしたことを思い起こした。
 今でこそ、そういうことはなくなっているけれど、若かりし頃は、テニスを教えるとき、「こいつ、どうしてこんな簡単なことができないの?」なんてことを考えていた。そうすると、相手の立場に立てなくなるし、指導もおざなりになるか、過剰に言葉で説明してしまうことになる。
 あるとき、それでは上手くいかない、と思い直し、相手の立場に立って、ボールがどのように見えるか、どういう困難に直面しているのか、ということをじっくり観察し、ごく最小限の言葉のみでポイントを伝え、同じ動作を繰り返し行わせるようにした。
 相手がどんな風に考えているのか、どこを修正すればいいのか、どういう球を出せばいいフォームで打てるのか(最初からできるだけ良いフォームで打たせることは、クセを付けさせないために重要)、なんてことを考えていたら、頭がそのためにフル回転する。そうすると、「こいつ、どうしてこんな簡単なことができないの?」と考えている暇がいつしかなくなっている。
 要するに、相手のことをじっくり観察している時には、イライラする暇もない。逆にいうと、相手の観察を止めた時に、イライラが生じているのではないかと思う。これは、なんとなく人間関係一般に応用できそうな考え方に思える。

| | コメント (0)

2006年5月 9日 (火)

中学受験4(国語3)

 子供が、戦争などの悲惨な話が問題文に出ると、解けなくなる、という話を書いた。
 それに対して反響があった。その内容は、子供のことを、「かわいい」とするものだったけれど、現時点では「かわいい」と言ってられる代物ではない。難しい年頃である。
 それはさておき、頂いた意見で、印象的なものがあった。
 それは、「戦争などの悲惨な話が問題文に出て、冷静に4択に答えることができる方が問題だ。」というものである。
 賛否はあろうけれども、私は、どちらかといえば、この意見を支持したいところである。

| | コメント (0)

2006年5月 4日 (木)

中学受験3(国語2)

 子供に国語を教えるため、色々考えた。
 (1)日本語能力を向上させること、(2)問題の解き方を教えること、の二つのアプローチが必要だと考えたのだけれど、具体的には、次のような方法をとった。
 まず、NHKの高校の倫理のラジオ講座などのテキストを持ってきて、ストップウォッチで時間を計って、速く読むための訓練をした。速く読めないと、問題を解けないからである。読ませたら、概要を口頭で言わせ、ポイントを確認する、といった作業を行った。それに関連させつつ、国語の問題の背後にある基本的な考え方を説明した。
 その次に、実際の試験問題文を読ませ、解いていくという作業を行った。その際、正答までの思考プロセスを一々納得するまで話した。
 当然といえば当然だけれど、一般に子供は、文章に対し、大きな誤解・独断・偏見を持っている場合が多かったりする。それをひとつひとつ解きほぐしていく作業が有効だと思う。
 話は変わるけれども、「若者に常識がない」という人がいるが、子供の教育に少しでもコミットした経験があったら、そういう発言はしにくくなると思う。子供とのかかわりを通して「子供の非常識さ」を知ったら、しっかり常識といったことを伝えてこなかった親たちの責任、ということがすぐに見えてくるからである。

| | コメント (0)

2006年5月 3日 (水)

中学受験2(国語)

 子供は国語が苦手だった。書置きをするのも、英語だったりした。
 国語を何とか鍛えることにしたのだけれど、私自身、国語は得意だったので、どう教えるか、コツは分かっているつもりだった。
 毎朝のトレーニングのおかげで、子供の国語の成績は順調に上がっていった。
 しかし、ときどき、大きく点数を下げたり、問題によっては白紙に近い場合があったりした。塾からも、「やる気があるのか?」という添削コメントをもらったりするときもあった。
 まあ、小学生の成績なんて、浮沈は激しいのは仕方ないと気に止めなかったのだけれど、十分に国語の能力が上がってからも、たまにひどい成績を取ってきていたので、「おかしい」と思い、いろいろ調べてみた。
 中学受験の国語の出題には、「戦争で子供がひどい目に遭う」というパターンの出題がある程度の割合で存在する。ためしに実験(?)してみたところ、そういう出題になると、感情が高ぶって、問題が解けないのだった。
 そういえば、ひどい成績を取ったときの問題文に、何故か水でふやけた跡があったのだけれど、どうも問題文を読みながら、涙を流していたらしい。これでは、試験どころではない。
 そのため、国語の試験に、子供が悲惨な目に遭う、悲しい話を出さない中学校を選んで受験させることにした。実質的な第一希望だったその中学校は、過去問で悲しい話を出さず、論理的な文章が中心だった。受験日は、そういう出題が出ないよう、祈っていたのだけれど、受験後、私が「戦争とか悲しい話が出た?」と聞くと、子供は「なかったよ。できた。」とのことだったので安心した(結局、この中学校に進学した。)。
 子供のやさしさが、「つまづきの石」になっていたわけである。そういう事情も分からず、イライラして子供を叱咤していたとしたら・・・なんて想像すると少し怖い。「やさしさ」は、長期的にみたら「成長のためのジャンプ台」になるべきものであって、決してネガティブに捉えるべきものでない。
 話がついつい国際協力のことになるけれど、国際協力を志す、能力があり性格もよい人たち(要するにとっても素敵な人たち)が、何か「つまづきの石」があって、ストレスを感じたり、堂々巡りをしていたりするのを見かけることがある。しかも、その「つまづきの石」が、その人の美点から生じている場合もあったりする。
 そういうとき、なんとかして、「つまづきの石」を「ジャンプ台」に変えることができないか、と思案する。私自身の力不足でなかなか上手くはできないけれども。

| | コメント (0)

2006年4月17日 (月)

中学受験

 もう2年以上前、中学受験に付き合った。
 秋になろうかとしているときに、「僕は公立に行きたくない」と子供が言いはじめた。
 大手の中学進学塾に通わせていたものの、①学童保育の代わり、②不自由な日本語の回復を早めること、③学校以外に居場所を作ること、の3つを目的としており、成績は大変悪く、中学受験どころでなく、高校で受験をさせよう、と考えていた。
 なので、中学受験をしようとする子供たちが夏期講習を受けているころに、のんびり与論島を満喫していたりした。
 「公立に行きたくない」という話を聞き、早々に決断し、一気に受験モードに突入した。受験まで120日しかなかった。
 それから毎朝5時半に起き、子供の勉強に付き合った。
 とにかく、促成栽培で成績を上げる必要があったので、例えば次のようなことに取り組んだ。
①国語
 子供の日本語が壊れていたので、模試などでは0点に近い点数を取ることもしばしばだった。受験のためには、国語をなんとかすることが最優先課題だったので、力を入れた。
 問題を解かせ、どの部分に理解が届いてないかを観察し、答えの根拠を示させた。私自身も必ず解き、納得の答えを得た上で、正答の根拠を丁寧に示した(どうみても間違った模範解答を示している問題も多かった。)。
②算数
 問題を解法パターンごとに整理し、60のパターンで1題ずつ問題を厳選した。その上で、それらの問題文を読ませて、15秒以内に解き方を口頭で言わせる、という訓練を繰り返し行った。
 実際に解いていく、という作業は塾でいやいうほどやらされるので、問題を読んだ瞬間に解法が思いつくように訓練した。
③社会
 社会の本をあらかじめ読み込み、雑談の機会をとらえて、私から詳しく話して覚えさせた。
 
 なお、理科は、得意分野だったので、放っておいた。
 結果はというと、上々だった、というか、これくらい合理的にテーラーメイドで実施したら、やっぱり、上手く行くと思う(冷や冷やした場面もあったけれど。)。
 仕事上の部下だって同じようなもので、上司の指導がよければ伸びるしパフォーマンスも上がるけれども、そうでなければ伸びないしパフォーマンスも下がる、と考えるべきである。部下の無能を嘆く上司の7割くらいは、上司に原因があると考えた方がいい、とさえ思う。

| | コメント (0)

2005年11月13日 (日)

政治家になる訓練?

 アメリカの小学校での教育をつぶさに知る機会があった。子供が通っていたし、親の参加を求められる場面が多かったからである。
 そのときの印象では、授業は参加型、実習型で、子供たちはとても楽しそうだった。日本の教室に比べたら活気があるので「とてもよい」と思ったが、違和感のある部分もあった。先生は、とにかく、意見を言わせようとする。先生は、子供であってもなんらかの意見をもたないといけない、と考えて、授業に臨んでいるように思えた。
 小学校の廊下に張られた学級新聞に、「ブッシュとゴアのどちらがいいか」というような記事を書いていたのには驚いた。とにかく間違っていてもいいから意見を言うことが求められているようだった。
 アメリカでは、みんながみんな、政治家になるための訓練を受けているように思えた。自分のこととして考えると、「疲れるからいやだな」というのが率直なところである。
 子供は、そういう学校で鍛えられた後帰国し、日本語が若干不自由なのにもかかわらず、授業中、どんどん手を挙げて発言していた。しかし、日本になじむに従って手を挙げなくなったとのことだった。
 先生を含む色々な人たちからの話を総合すると「どんどん手を挙げる」エキセントリックな行動が、いじめのきっかけになり、だんだん元気を失ってしまった、と推測された(救出作戦は機会があったら書く。)。
 アメリカと対比した場合、日本の小学校では、クラスの秩序・文化をよく理解し、我慢強く先生の話を聞く、という訓練を受けているように思える。これは、官僚になるために適当な訓練という気がする。これもあまり嬉しくない。

| | コメント (0)

2005年9月15日 (木)

リア王

 子供の夏休みの宿題の感想文に付き合った。
 無理矢理「リア王」を読ませた。私自身は、中学の頃に読んだのだけれど、よく覚えている。
 改めてリア王のストーリーを思い出したのだけれど、リア王は、娘たちへの領土の分割譲渡は当たり前と考えていた。その前提として、彼は、国を私有財産と捉えていたのだと想像した。
 私有財産である遺産の場合、分割譲渡するのはよく理解できる。一方で、特定の財産が、ひとまとまりとして「みんなのもの」であるという意識があれば、分割譲渡という発想にはならないだろう。その場合、誰か一人に引き継ぐことになろう。その際、その一人は、跡継ぎである子供とする場合が多いというのも理解できる。
 もっというと、「みんなのもの」という意識が十分に強ければ、民主的に優秀なリーダーを選ぶのが妥当だと考えるだろう。
 しかし、民主的に選んでも、リーダーの資質が保障されるわけでない。ヒトラーのような例もあるし。。。
 うーん、「リア王」は、文学史上の傑作と言われているのに、感想が世知辛くなっている。

| | コメント (0)

2005年8月15日 (月)

中学受験ほか

 しばらく前、身近な人から、中学受験に関する面白いエピソードを聞いた。
 ある大手の中学受験を専門にしている塾では、毎年春、保護者を対象としたオリエンテーションが行われているが、そこでは合格までの道のりを示した短いビデオが上映される。
 そのビデオの上映が始まる際、司会者から、「皆様、ハンカチをご用意ください」という発言があるそうだ。
 ビデオの概要はこんな風。
 子供:僕は××中学に行きたい!
 先生:今の成績では相当頑張らないと難しいよ。
 子供:でも僕は行きたいんです!
 で、その子は努力した結果、念願の中学に合格し、歓喜の場面(ノンフィクションらしい)を映して終わる。
 気の早い母親は、「でも僕は行きたいんです!」というところで涙を流す。最後の歓喜の場面に至っては、オリエンテーション会場は、涙涙。。。確かにハンカチは必要だったそうだ。
 ひねくれ者の私でも、中学受験勉強をしている子供たちを笑うなんてことは絶対できないし、心の底から頑張って欲しいと願う(親たちの狂騒は笑えるが。)。
 話は変わるけれど、「FAME」という25年くらい前の映画が好きで繰り返しみている。NY在住時には、映画の場面を訪ねる散歩を楽しんだりもした。音楽、ダンス、演劇でスターを目指す若者を描いた映画なのだが、若者たちの素直な上昇志向(無い者もいる)が、輝いてさえ見えたりする。
 社会人になると、無理のある上昇志向を持った人たちから迷惑を蒙る機会が多い。「見苦しいにも程がある!」と言いたくなる経験も一再ではないだろう。
 やっぱ、上昇志向が輝いて見えるのは、高校生くらいまで。その後は、出世欲を上手にコントロールしつつ精進するのがよろしい、ということなのだろうか。

| | コメント (0)