道路特定財源の議論って、もう少し整理して欲しい。
現在の議論の中心は、次のようなものである。
1.「マッサージチェアを買ったのはひどい。寮のために税金を使うのはおかしい。」などの批判
2.利権の温床となっている。
3.無駄な道路が多い。
4.天下り
それぞれ議論すべきだとは思うけれど、道路特定財源の一般財源化とか暫定税率の廃止とはあまり関係がない。
1.「マッサージチェアを買ったのはひどい。寮のために税金を使うのはおかしい。」などの批判について
予算があり、そのごくごく一部を福利厚生費に充てることができる、というルールがあり、それを例えば法人契約しているディズニーランドの割引チケットにするのはよくて、マッサージチェアにするのはよくない、というのは気持ちとしては分かるが、問題にすべきはルールの方だろう。「使って良い」というルールがあって、それを少々拡大解釈して使った人を「悪の権化」扱いするのは間違いだろう。会計検査でスルーしているのはルールがあってのことである(なお、厚生労働省は、1970年代当時から年金保養施設について会計検査院から強い指摘を受けていた。それを無視し続けていて大問題となった。これはあきれるばかりであるが、マッサージチェアはこれとは違う。)。
また、寮については、国家公務員の性格上、辺鄙なところに職場があったりするし、やむを得ずの転勤が多いし、また、勤務地が遠いからといって公務員になることを結果として制限することにならないように配慮する必要がある、といった要因を考慮すべきだろう。寮自体、民間企業とのバランスも考慮した職員に対するサービスということになっている。
こうした説明さえ「非常識だ」と一斉に批判を受ける状態がいいとは思えない。ちゃんと説明した上で、必要ないということなら、「ではやめましょう」で済む話である。
道路特定財源が存在することとは関係のない話である。国会の監視が及ばない、という指摘もあるけれど、これも国会が監視するよう仕組みを変えればよい。
ついでに、ミュージカルも、予算編成でOK、会計検査でOK、政治もこれまで黙認だったのを、今回の問題が持ち上がってはじめて問題にされるのは違和感がある。
少し視点を変えると、例えば、外交は責任体制は一元化すべきだけれど、全府省がそれぞれ取り組むべき問題だし、実際、全府省が外交にかかわる活動をしている。文化振興も文化庁と地方公共団体だけでなく、全府省でできるところはやりましょー、という性格の問題だろう。批判するのはいいけれど、それならば、批判に先立ち、文化庁と地方公共団体しか、文化振興はやってはダメ、という政治的意思決定が欲しい。
2.利権の温床となっていることについて
国土交通省は、政治的な圧力を排除したり、そこが汚職の温床にならないよう、呪われたように計画を立てる。国全体、県単位、町村単位、区域単位で計画を立てる。国土交通省だけで計画を立てたら、官僚である以上、極めて合理的な計画を立てることができる。そこに人の息づかいを入れていくのが政治であり、一部逮捕されるような政治家や役人は、そういうところにつけ込んでいるわけである。
こうした悪意に基づく犯罪行為は取り締まればよいし、現在犯罪行為とされていないがやるべきでないことは、刑事罰を科すようにすればいい。これは刑事政策の問題であって、道路特定財源の問題ではない。
3.無駄な道路が多いことについて
単純に言ってしまえば、道路財源があるのに、無駄な道路ができ、東国原知事がいうように必要な道路ができていない、という意思決定がどうして行われているのか、を検証することにまず取り組むべきである。同じ税金を使うなら役に立つ道路を造りたい、と道路担当者は考える。無駄な道路を造る身になってみるくらいの想像力は必要だろう。
いずれにせよ、役に立つ道路を造りたい、という意味で道路担当者と東国原知事との意見は一致する。もっといえば、道路担当者がどんなに悪人であったとしても、「無駄な道路を作りやがって」なんていう批判を受けるくらいなら、役に立つ道路を造りたいだろう。さらにいえば、無駄な道路をつくる手間と役に立つ道路をつくる手間は、前者の方が大変である。無駄な道路を役に立つと説明するための作業たるや、膨大である。悪人でさえ、そんな手間をかけるくらいなら役に立つ道路を作ったほうがまし、と考えるまずである。
これに関連し、農道と国道が並行して走っていて、無駄である、という主張がある。これはそのとおりである。
農水省と国土交通省のセクショナリズムの問題とされるけれど、それだけでなく、農林族と道路族がそれぞれに結びついているというのは多くの政治学の本にも書かれている。
セクショナリズムの弊害の一つの例は、二つの組織が、同じ分野で別々の指示を受ける場合である。この場合、農水省は農業者に便利な道路を造れ、と言われ、国土交通省は生活・産業の基盤になりうる道路をつくれ、と言われている。この二つの指示は、農地と都市が近接している場所のいたるところで矛盾が生じる。こうしたセクショナリズムを批判するのはたやすいけれど、最も嫌な思いをしているのは、農水省と国土交通省の担当官である。
ついでに、どうして農道ができたのか、振り返ってみて欲しい。ウルグアイラウンドで農業の輸出入自由化が求められ、一定の自由化の見返りに、膨大な「ウルグアイラウンド」対策予算が組まれた。しかも、「ちゃんと使え!」という命令つきで、である。当時の農水省はお気の毒としか言いようがないけれど、それをさせたのは政治であり、それ以上に国民の総意であることは忘れない方がいい。
本気で批判するのであれば、道路行政を農水省と国土交通省に分けてしまわずにひとまとめにすることを主張すべきである。これも道路特定財源とは関係ない事柄である。
4.天下り
天下りをなくしたいから、道路を造らない、というのは筋が通らない。天下りは役所の人事管理の問題であり、道路特定財源の問題ではない。
ただ、関連団体が9000万円の受託費でインターネットの丸写し、というのは言語道断である。これはひどい。問題点を明確にすべきである。そのついでに、官庁がコンサルタントに発注する成果物をすべてチェックして欲しい。ひどいものをいくつか見せられたことがあるので、この際、なんとかして欲しいと思う。もっというと、地方自治体がつくる開発計画は、なんとか総研などのコンサルタントに丸投げしたものが多く、その記述が地方公共団体間でそれぞれそっくり、という問題もあったりする。これもしっかりチェックして欲しい。
「道路がどれだけ必要か」「無駄な道路をつくらないようにするにはどうすればいいか」ということから議論を始めて欲しい。