2011年6月21日 (火)

キーツの詩

 ときどきご一緒する元総務次官が、東村山市役所の新人に、自分が訳した(つまり私訳)、ケント・キーツの詩を送った。その内容は次のとおり。

 「それでも」

人々は、道理をわきまえないし、つじつまの合わないことを言うし、自分のことばかり考える。
それでも人々を愛しなさい。

あなたが良いことをしても、人々はあなたのことを腹に一物があるからと言う。
それでも良いことをしなさい。

あなたが出世すると、あなたには見せかけの友と本物の敵ができる。
それでも出世しなさい。

あなたが今日する良いことは、明日には忘れられるだろう。
それでも良いことをしなさい。

正直で率直だと、あなたはすぐに傷つくことになる。
それでも正直で率直でありなさい。

人々は敗者をひいきにするが、勝利者に付き従う。
それでも敗者のために戦いなさい。

あなたが歳月かけて築き上げたものも一晩で壊されることもある。
それでも築き上げなさい。

人々が実際助けを必要としているのに、あながた助けるとなると、あなたを非難することがある。
それでも人々を助けなさい。

あなたが持っている最善のものをこの世に捧げると、ひどい目に遭うこともある。
それでもあなたの最善のものをこの世に捧げなさい。

・・・・
 こうはなれないな、と正直なところ思う。

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2011年6月16日 (木)

こどもの受験指導体験記(2010:国立医学部)

 記録のため、こどもの大学受験の指導について、ひとつにまとめてみた。

「20110615.pdf」をダウンロード

 D、E判定を、半年間でひっくり返すのは痛快だった。

 仕事でいつも問題解決に頭を使っている大人が本気になって取り組めば、特定の狭い分野の学力だったら急速に伸ばすことはできる。どうしてみんな応用しないんだろう、と思っていた。

 実際にやってみて、思っていたとおりだった。

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※写真は、過去問を除く使用した参考書ほぼすべて。


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2011年4月21日 (木)

ダム技術者の背中

ダム技術者の背中
 元・国土交通省河川局長 竹村公太郎

(ダムの現場へ)
 35年前、建設省(現・国土交通省)に入省し、栃木県鬼怒川上流の川治ダムの現場に配属された。土木職だったので現場に出る覚悟はあったが、まさか山奥のダムとは思いもしなかった。
 ダム現場で勤まるのかという不安を抱えて赴任した。そのダムは建設省最大のアーチダムで、本体工事を前に活気が満ち溢れていた。
 私はそのダム現場で、技術者として行政官として生涯の師たちと出会うこととなった。
 ダム工事事務所の所長や課長は、いくつものダムを経験してきたダム建設のプロであった。私は懸命にダムの専門用語と技術と事業の進め方を先輩たちから学び取っていった。
 生活する寮も、単身赴任の先輩と我々独身者は一緒であった。彼らは酒にもめっぽう強かった。毎晩、愉快な酒の飲み方を学び、酒席の礼儀も学び、世の中の仕組みも学んだ。

(先輩の背中)
 ところが、酒に強い所長や課長が深く酔う時があった。それは、水没者との会合から帰ってくる深夜であった。当時はすでに補償交渉は妥結していた。代替地で彼らの生活をどのように再建するか、の打ち合わせが中心であった。厳しい対決の場ではなく、和やかな雰囲気で打ち合わせは進んでいたはずであった。
 会合は公民館や水没者の自宅で、深夜まで酒を飲みながら行われていた。その会合から帰ってきた所長や課長が、酔いを醒まそうと、洗面所で冷たい水を飲んでいる疲れた背中をなんども目撃した。
 酒に強い先輩達が、何故それほど深酔いしてしまうのか、不思議に感じていた。
 ある夜、寮で所長と酒を酌み交わしているとき、私はそのことを聞いた。「地元の人と飲むのは、苦痛なのですか?」
所長は少し考えて「苦痛じゃない。しかし、辛いよ」とぽつんと言った。
 何が辛いのか、私は調子にのってさらに聞いてしまった。

(思い出の喪失)
 所長は少し座り直し、話をはじめた。「我々は水没者たちに、ダムの必要性を説明した。彼らはダムの必要性に納得して、補償金額にも合意した。代替地での新しい生活も次第に具体化してきて、未来の希望も見えてきた。でも、彼らは寂しいのだ。
 何が寂しいか。それは、自分達の思い出が消えてしまうことだ。生まれた家、育った学校、遊んだ小川、初恋の丘。全ての思い出がダムの底に沈んでしまう。
 国は水没者の家屋や土地には補償する。しかし、家族の思い出や村の思い出の補償はできない。その思い出の喪失を償うため、現場の我々が水没者の話を聞き、水没者の相談にのっている」という。

(豊かで、深く、強靱な)
 公共事業は公共性が高ければ高いほど、事業地の人々にとってメリットは少なくデメリットばかりだ。
ダムがその良い例である。ダムの洪水効果や水道用水や発電の利益を受けるのは、下流の都市の人々である。それに対して、ダム水没地の人々は家屋、土地のみならず、自分達の思い出を全て奪われてしまう。
 巨大な国家事業の公共性の前に、押しつぶされそうになる水没者。その一人一人の心情を支えるのが、ダム現場の技術者の役目となる。代換地の造成、道路、水道、道路斜面の緑化の図面を示す。それをもとに、意見を交わし、修正していく。具体的な将来設計の議論の中で、水没者たちは水没する寂しさを自分自身で乗り越え、希望の将来に向かって歩いていく勇気を得ていく。
 そのためには、現場の技術者は水没者たちに、信頼されなければならない。信頼を得るためには、自分自身の全人格を晒さなければならない。会合では酒も入り和やかに進む。しかし、心の緊張を弛緩させてはいけない。
 ダム現場の技術者たちは、途方もないほど豊かで、深く、強靱な人間性を要求されてしまうのだ。
 その後30年間以上、私は公共事業の行政で何度も何度も苦しい局面に立った。その私を励ましてくれたのが、山奥のダム現場で、重い荷物を背負っていた先輩たちの後姿であった。

(以上)

 直接は関係ないけれど、東日本大震災の対応に取り組んでいる方々に読んでいただければと思い、編集しました(企画担当者だから許されるでしょう。)。
 人事院のHPからの引用です(http://ssl.jinji.go.jp/hakusho/h17/jine200602_2_052.html)。

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2011年4月18日 (月)

被災による就学困難の記事をみるにつけ

 被災による就学困難についての記事をよく見かける。小さな政府って、こういった類の不幸を見捨てることを決断した政府じゃなかったっけ、などと考えてしまう。

 念のため、アメリカは自助努力を促し、たまに篤志家に救われる人がいるかもしれないが、こういう不幸をどんどん切り捨てている。日本はそのアメリカよりも高齢化が進んでいるにもかかわらず、租税負担率はアメリカと並んでいる小さな政府である(公務員は人口比にしてアメリカの半分)。つまり、日本は、こうした不幸をアメリカ以上に切り捨てないと持たない財政になってしまっている。これは、小さな政府を指向する人たちに国民が合意してしまったことと言ってよいだろう。

 参考までに、2006年6月28日の朝日の4面の記事掲載された小泉首相の発言を引用する。「歳出をどんどん切り詰めていけば『やめてほしい』という声が出てくる。増税してもいいから必要な施策をやってくれ、という状況になるまで、歳出を徹底的にカットしないといけない。」

 「やめてほしい」(助けてあげて)と言い増税に同意するのか、「ほっとけ」と言い危機的な財政のため歳出をさらに削減するのか、そろそろはっきりさせた方がよい。

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2011年4月15日 (金)

町工場めぐり・・・

 来週土曜日は、3回目の町工場巡りを企画している。自分の趣味に、友人を巻き込んでいる状態である。

 企画の趣旨について表向きは、「日本の良さ、底力を実感しよう」などと言っている。ただ、そういう明るいことばかりではない。訪問するたびに、何かしら考え込まされることがあった。ひとつ例を挙げてみる。

 ある工場では、行政からの要請に応じ、知的に障害があるAさんを採用した。同僚に支えられ、Aさんは定年を迎えるまでまじめに勤め上げた。Aさんは、定年になる前に、ご両親を亡くされ、一人暮らしをしている。ご両親も知的な障害を抱えた一人息子を置いて先立つのはさぞ無念だったと思う。

 Aさんは、仕事をしているときには、生活のリズムもあるし、同僚をはじめとする人たちのサポートを受けことができる機会も多く、なんとか一人暮らしができていた。仕事を辞めるとそれが難しくなる。一人で家にいると、たとえば訪問販売などでパニックになり、しかも、すぐに相談できる人がいないなど、さまざまな問題が起きる。実のところ、そうしたAさんのような方のサポートに、決定的に人数が少ない行政が手を回す余裕はほとんどない。

 そこで、社長と古手の総務部長が相談して、仕事ができるうちはAさんを雇うことにした。ただし、その総務部長さんももう70近くで、Aさんの行く末を案じているという状況だった。

 ある意味では、市井に生きる人たちの良心という、日本の良さ、底力を実感する経験でもあったのだけれども。

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2011年4月11日 (月)

「日暮硯」

 親しくお付き合いしていただいている大先生に、「日暮硯」について講義してください!とお願いしたところ、「さすが」のお話をしていただけました。そこで、その講義の概要をまとめました。

 日本のすごさの一端が示されていると思います。
 是非、ご一読ください(↓)。

  「no42_p1521.pdf」をダウンロード

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2011年3月20日 (日)

政治主導、官僚の消極性、パフォーマンス・・・(読売社説)

 3月20日朝刊の読売の社説が乱暴で面白い。

「菅政権は、形ばかりの「政治主導」に固執するのもやめるべきだ。今の危機克服には政治家と官僚が一丸となることが欠かせない。

 首相や閣僚は、まず官僚や専門家の意見に冷静に耳を傾け、巨大な官僚組織の能力を最大限引き出すことに心を砕くことが大切だ。官僚が「政治主導」を言い訳に積極的に仕事をしない状況こそ、避けねばならない。

 首相が自ら東京電力本店に乗り込んだり、蓮舫行政刷新相に節電啓発担当を兼務させたりといったパフォーマンスはもう不要だ。」

 これを機に「政治的パフォーマンスは、そこそこに」という政治文化を作って欲しい。。。

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2011年3月19日 (土)

散歩だけど

 息子二人と一緒に、ご近所の「耳をすませば」のロケ地(笑)巡りの散歩をしてきた。
 帰り道は、「とある科学の超電磁砲」のロケ地(笑)に行って喜んでいた。

 散歩をすると、下の息子が地域に根付いていることを実感する。
 どこでどんな遊びをしているのか、いろいろ説明してくれる。いろいろなところで友達に会う。友達のお母さんに挨拶していたり(大きなマスクをしているのによくわかるよな)。最後には、友達に誘われ、一緒に遊びに行ってしまった。

 どのタイミングで引っ越そうか、と考えていたけれど、もはや、そうはいかないらしい。。。

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2011年3月18日 (金)

震災:韓国からの手紙

 韓国のカウンターパートの局長さんから私宛に日本語で手紙をいただいた。内容は次のとおり。素直にうれしい。

「このたびの東北関東大震災で犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表します。

 地震と津波という厳しい自然災害のなかでも他人に気を配り、冷静かつ沈着に秩序を守り、困難を克服している日本国民の皆様に敬意を表するとともに、心からの尊敬を表したいと思います。

 日本に最も近い国である韓国は李明博大統領をはじめ全国民が、日本が早期にこの困難を乗り越え立ち上がることができるよう、最善を尽くして支援していく考えです。私も本日、大韓赤十字の募金運動に参加しましたが、職場の同僚はもちろん周辺の多くの人々が日本の方々への励ましのメッセージや日本を助けられる方法はないかなどを話しています。

 私も個人的には日本に8年も滞在した経験があり、日本に多くの友人がいることもあって本当に心が痛みます。これ以上被害が広がらないことと一日も早い復興を心より願っております。日本が現在の厳しい状況を必ず乗り越えられるようお祈りいたします。

 早期に日本が安定を取り戻し、活気溢れる国として一層発展されますことと、皆様と笑顔で再会できますことを心より祈願致します。

がんばれ日本!

2011.3.18」

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2011年3月14日 (月)

文書管理の奥深い世界

 地震の夜、帰るのをあきらめたわけだけれど、午後3時から午前0時までの間のかなりの部分を、「文書管理の適正化と業務効率の向上」について、たまたま居合わせたその筋の大家からレクチャーを受け、議論を行った。

 「文書管理」にも奥深い世界があると、目を開かれた。
 おおざっぱにいって、文書の管理は、3種類くらいにわけられる。
 ①図書を管理する人:司書
 ②公文書を管理する人:アーキビスト
 ③現用文書(現に使っている文書)を管理する人:???

 文書管理の世界では、①と②が重視されるけれど、日々の仕事で重要なのは、③であり、これを担当するのは、自分自身だったりする。特に、役人にとっては、現用文書の適切な管理が、政策形成に資すると考える必要があるだろう。

 いろいろ実践的なコツも教わったので、これから生かしていこうかと思う。

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